予感
国王の挨拶が終わり、優雅な音楽の演奏が始まった。人々は思い思いに踊り、食事を、談笑を楽しむ。
わたしはザルツの後ろに控え、賓客がザルツのもとへ挨拶にやってくるのをひたすら眺めていた。「お飾り」の王妃にもみんな一言、二言ありがちな言葉をかけてくるけれど、わたしは微笑んでうなずいていればいい。
だから、というわけではないけれど、参加者が発する言葉もなんとなく耳に入ってきてしまう。
――やはり城の舞踏会は豪華で……
――まあ、あの方とても素敵な衣装だこと……
――今日は白雪姫はいらっしゃらないのだな……
――今日こそ姫と踊ろうと思ったのに……
白雪は結局舞踏会の参加の許可を得られず、今も部屋にいるはずだ。どうしても彼女のことが気になってしまう。白雪がいるだけで、きっとこの会場もより華やいだだろうに。
そういえば、ロッシュは。白雪の幼馴染はどこにいるのだろう。一言彼女のことを告げておいた方がいいかもしれない。
そう思って視線だけで彼を探そうと思ったとき、誰かの言葉が聞こえた。
――ああ、あれが王妃様だ
――あの噂の
――前の王妃様は本当にお綺麗だったが
――あら、比べちゃかわいそうですわ
くすくすというひそめられた笑い声がわたしの胸をえぐる。カガミはわたしを綺麗だと言ってくれた。実際、きっと少し前より見られる外見にはなっているはずだ。
それでも、あの人にはかなわない。きっとわたしは永遠にこうやって言われるのだ。国王に愛された美しい前王妃と比べられ、憐れまれ、嘲笑されるのだ。
今更、なのに。そんなことは、百も承知だったはずなのに。
心臓が苦しい。嫌な動悸が止まらない。
ボクは味方だと笑った少年の表情を思い出して、わたしも微笑を必死に作った。
***
賓客の列が少し落ち着いた頃を見計らい、わたしはザルツに断りを入れて、会場を抜けた。心無い参加者たちの会話にも、久しぶりに大勢の中にいることにも疲れたし、それに白雪のことが気になったのだ。
わたしが白雪の部屋へいったん見てくることを告げると、ザルツはああ、とわたしの顔を見ることなく一言返した。
少しだけ以前のようになれたと思ったのに、そうかと思うとこうして会話もままならない。いったいどうしたらいいのだろう。
鼻の奥がつんとしたような気がして、慌ててハンカチを取り出していると、後ろからぽん、と肩を叩かれた。
「大丈夫か」
「……アルノー」
王宮狩猟官である彼も舞踏会に参加していたらしい。栗色の髪の青年は、心配そうにわたしの顔を覗き込む。わたしはにっこり笑った。
「どうしたの?わたしは大丈夫よ。白雪が部屋にいるから、その様子を見に行くだけだもの」
「無理するなよ。泣きそうな顔してるぞ」
本当に昔馴染みは厄介だ。わたしは曖昧に笑うしかなかった。
「本当に大丈夫よ。この前、少しだけだけど本音も話せたの。まだどうしたらいいのか探り合っている途中なのよ。きっとそのうちなんとかなるわ」
彼に愛されることがなくても。どんなに辛くても。それでもわたしは彼の妻になることができて嬉しいから。だからこの先もがんばるのだと、あの日に決めたのだ。
アルノーに微笑むと、彼も理解してくれたようだった。
「無理はするなよ」
そういうと、アルノーも笑顔を見せた。
「今日はなぜ白雪姫は参加してないんだ?」
わたしが白雪の様子を見に行くのだと話すと、アルノーが質問を返した。白雪の怪我の話をしたところで、ふと思い出す。
「そうだわ。ロッシュ皇太子を見かけなかった?白雪と約束をしていたのだと言っていたの。一言お話をと思ったのだけど」
わたしがアルノーに尋ねると、思案顔になったアルノーはふむ、と顎に手を当てた。
「そういえばお見かけしていないな……あの方も目立つ方だから、参加していればわかると思うんだが」
隣国からは欠席の連絡もない。今回の舞踏会の隣国から公式の出席者は、皇太子一人だけだ。白雪の不参加が理由とも考えたが、外交の場でもある舞踏会に誰一人として皇族の人間を出さないということも考えにくい。
アルノーと顔を見合わせる。心に芽生えた嫌な予感が、当たらないことを祈るしかなかった。
少し前にPCが壊れてしまい、こんなに遅くなってしまいました。
本当に申し訳ありません。




