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夢のような時間


「ザルツ……ザルツ!」

 まっすぐに前を向き、長い足で廊下を進む王に声をかけるけれど、ザルツは返事もしなかった。わたしは小走りで追いかける。

「ねえ、ちょっと待ってちょうだい、ザルツ!白雪、泣いていたわ。せめて座っているだけでも、舞踏会に参加させてあげたらどうかしら。ねえ、そのくらいならいいでしょう」

 彼が止まってくれないので、追いかけながらわたしはザルツに提案した。白雪の大きな瞳からこぼれる涙が脳裏に浮かぶ。


 舞踏会。その華やかな響きに、女の子はいつだって胸をときめかせるものだ。きらびやかな衣装、豪華な食事、荘厳な音楽、楽しい出会い。

 だけど、それだけじゃない。わたしには、白雪の気持ちがなんとなく理解できた。


 約束をしたのだと、彼女は言っていた。おそらく、幼馴染である隣国の皇太子、ロッシュのことだろう。彼と白雪は、幼馴染とはいえ、そう頻繁に会える間柄ではない。この前のような狩猟会や舞踏会といった催しがなければ、会いたいと思って会えるような立場ではないのだ。


 わたしにも、覚えがある。


 わたしも昔は、舞踏会を楽しみにしていた。大好きだったザルツに会えるから。白雪ほどではないし、遊び相手として城に訪れることも多かったけれど、それでもこの国の王子と会える機会はそう多くはない。あの華やかな場所で好きな人と過ごせる舞踏会は、夢のような時間だったのだ。


「わたしも気持ちはわかるもの。会いたい人に会える、大切な時間なのよ。少しくらい、たった一時でも」


 たった一時でも、あの人と会いたい。

 ただ純粋に恋をしていた時、わたしもそう思っていたから。


 だからそうザルツに告げると、彼は突然ぴたりと足を止めた。その勢いについていけず、小走りだったわたしは大きな背中にぶつかりそうになる。

「ご、ごめ」

「……お前もか」


 低い声だった。いつもより数段冷たいその声に、ぞわりと身が震える。この前の晩餐の後、ザルツとの仲はそれなりに改善されたと思っていたけれど、まるでその前に戻ったかのようなくらい声だった。

「……え」

「お前も、会いたい人間に会えると、そう思っているのか」


 ザルツの問いは、わたしには理解ができなかった。彼はいったいなにを言っているのだろう。よくわからず、わたしは声に困惑を宿したままで問いに応える。

「え……ええ、だから舞踏会は、大切な時間で……」


 返答はなかった。ザルツは振り返り、わたしを見下ろすと、ただ冷たい瞳でわたしをにらんだ。暗い、青い炎を宿したような目。

 どのくらいその瞳に射られていたのか――わたしもザルツもその場から動くことなく、無音の時間がいくばくか過ぎた後、ザルツがふっと視線をそらし、再び踵を返した。


「ザル」

「白雪を参加させることは認めない。部屋に入れておけ」


 にべもなく言い放つと、彼は去って行った。わたしは追いかけることもできず、ただそこに立ち尽くしていた。


***


 3日はあっという間に過ぎた。今夜はいよいよ舞踏会。

 わたしの部屋は、朝から戦場だった。


「あのさあ!その髪飾りじゃだめだって言ったよね?ボクそう何度も言ったよね?聞いてた?王妃サマはあれかな!うじうじしてるだけかと思ったら人のハナシも聞けない暗愚だったのかな!」

 新しいドレスの着付けを終え、侍女に化粧を施してもらったわたしが鏡の前に立つと、その向こうの少年からは矢のようなするどい指摘と指示と嫌味がずばずば飛んできた。あまりの多さにへきえきして、反論のひとつも出てこない。


「そう、髪飾りはソレ。首元はソッチ、ああ、目元はもう少し色づけてもいいかな……ちょっと、ため息つかない!セスジ伸ばす!」

 鬼だ。少年の皮をかぶった鬼だ。わたしはカガミをにらんだ。


 舞踏会は、久しぶりだった。この城に嫁いで来たとき、つまり結婚の時以来だ。そのあとも城では大々的ではないものの、舞踏会めいたことはあったようだけれど、わたしは例によって部屋に引きこもっていた。


 だから、本当は少し怖い。


 ザルツとも、3日前以来会話をしていない。ザルツは舞踏会の準備や公務で忙しく、白雪も部屋に閉じこもったままで、最近の日課だった晩餐も行われていなかった。


 舞踏会。引きこもりの王妃が、華やかな場に出る。人々の好奇の視線も、囁かれる噂も、何もかもが怖い。あの夢のような時間は、きっとわたしにはもうやってこない。

 ぶる、と身震いして思わず自分を抱きしめる。

 そんなわたしに、能天気な声がかけられた。


「王妃サマ。楽しんでおいで」


 鏡の中で、少年がにっこり笑っていた。真剣な瞳で。

「大丈夫、キミは綺麗だよ。とてもね。ボクが言うんだから、間違いない。だから、笑顔で楽しんでおいで。何があっても、だれがキミを傷つけようとしても、ボクは味方だから」


***


 会場の大きな扉の前には、ザルツが立っていた。無言でわたしを見て、そして前を向き直る。わたしは彼の少し後ろに並んだ。


 舞踏会が始まる。


 白雪のことも。隣に立つ夫のことも。それから、鏡の中の少年が言った、少し不穏な言葉も。

 全部が不安な要素のまま、夢のような時間の幕が上がる。


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