舞踏会のお触れ
「舞踏会?」
「そうなの、かあさま!楽しみよね!」
ある日、白雪が嬉しそうな顔でわたしに舞踏会の開催が近いことを教えてくれた。この国では、年に何度か城で大規模なパーティを開くのだけれど、そのうちの一つだ。今朝、正式にお触れが出たらしい。
「新しいドレスを仕立てなくちゃいけないわよね。ね、とうさまに一緒にお願いしましょ」
「そうね」
「舞踏会にはロッシュも来るんですって、とうさまに聞いたの。この間も会ったけど、また会えるなんて嬉しい」
頬を紅潮させてはしゃぐ白雪はとてもかわいかった。華やかな舞踏会は、年頃の娘にとって特に楽しみな催しだ。でも、彼女の喜びはそれだけではないみたいだった。
ロッシュ――白雪の幼馴染だという、隣国の皇太子。少し照れたように笑う白雪は、子供には思えないほど綺麗な顔で、わたしはなんだかうらやましかった。
***
「舞踏会?」
部屋に戻ってカガミに何の気なしにそれを告げると、彼はおうむ返しにそう言って、そして珍しいことに少し真剣な表情で黙り込んでしまった。
おかしい。いつもなら「それはジュンビしないとね!」とか言って嬉々としてお化粧だの新しいドレスだのを指示してくるところだ。そもそもそれ以前に、わたしより先に――どういった手を使ってるかは謎だけれど、舞踏会の開催の話を仕入れてくるくらいのことはするはずなのに。
「なによ、調子狂うわね……」
思わずそうぼやくと、カガミはさっきまでの深刻そうな顔を一転させ、ぱっといつものようなにやけた笑みに変えた。その表情に少し安心するけど、いったいなんだったんだろう。
けど、そんなことを心配している場合ではなかった。彼はにやにやとこう言ったのだ。
「ってことはだよ、王妃サマ。新しいドレスを仕立てないといけないよね?それに、最近散歩をサボり気味なのもちゃーんと知ってるんだからね」
「え」
「綺麗なスタイルで新しいドレスも着たいよね。舞踏会まで時間がないよ。急いでジュンビしないと!」
決して日課の散歩をサボっていたわけではない。ただ、ちょっと、城の外庭をひたすら歩くのはつらくって、時々内緒でそれより距離の短い中庭にしてみたり、長めに休憩をとってみたりしただけだ。というかなんでばれたんだろう。
わたしの訴えをすっかり無視して、カガミはてきぱきとわたしに指示を出し始めた。まずはストレッチからだそうだ。
「あ、いたたた」
「ちょっと!やっぱり真面目にストレッチしてなかったでしょ!そんなに体硬くなって!」
「そ、そんなことはないわよ!」
ひいこら言いながら柔軟を続けるわたしは、その時、カガミの顔を見ていなかった。
「悪いヨカンが、当たらなきゃいいけど」
真剣な顔で、そう呟く彼の顔を。
***
突然の知らせは、舞踏会の開催まであと3日という日に入った。
白雪が、階段から落ちて怪我を負ったというのだ。
その日ドレスの最終仕上げをしていたわたしはその知らせを受け、慌てて白雪の部屋へ向かう。そこには医師と数人の侍女、それからザルツがいた。
「白雪!」
ベッドに横たわる彼女に駆け寄ると、白雪はかあさま、と微笑んだ。
「心配かけてごめんなさい。なんてことないのよ。ちょっと足をひねっただけ」
その割に彼女の顔色はあまりよくない。雪のように白い肌は、白を通り越して青ざめていた。振り返ると、長年城に勤める老医師が眉を寄せて苦笑した。
「まあ、確かにひねっただけではありますが……ひねり方があまりよくない。無理はいけません。1週間ほどは歩かれない方がよろしいでしょう」
その言葉に、白雪が小さく悲鳴をあげた。
「で、でも3日後は舞踏会なのよ!」
「舞踏会への出席は禁止だ」
低い声でそう告げたのは、ザルツだ。絶対に否を言わせないような、冷たく威厳のある声。もちろん彼も白雪を心配してそう言っているのは、ここにいる誰もがわかっていた。
しかし、白雪だけは声を荒げた。
「いやよ!いや、とうさまお願い。楽しみにしていたの。新しいドレスも出来上がるの。お願い、無理はしないわ。だから、どうか」
「舞踏会はこれで終わりではない。今回は大人しく部屋にいることだ」
白雪の懇願をそう断ち切って、ザルツは踵を返して部屋を出た。
「だって、約束したのよ」
白雪がそう涙ぐんで小さく呟く。わたしはどうしたらいいかわからず、彼女の頭をそっとなでると、ザルツを追って部屋を出た。




