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城内の噂


 ボクをなめちゃいけない。ボクにはいろんなことができるのだ。どうやってかって?それはキギョウヒミツ。

 ともかくボクが主張したいのは、ボクは王妃サマとは違って鏡の中に引きこもってる根暗なんかじゃないってことだ。


 だから、城内の噂なんかもボクにはわりかし聞こえてくる。たとえばドコソコのダレが堀におっこちただとか、ドコカのダレとダレが中庭でいかがわしいコトをしてただとか、それからたとえば――


「王妃様、最近調子がよさそうだよな」

「ああ、確かに」


 こんな井戸端会議だったりとか、だ。


 カノジョの噂をしていたのは、城の警備兵だった。身分は高くはないが、公務をこなしたり、中庭をえっちらおっちら散歩したりする王妃サマの姿を立場上よく見かけるのだろう。

 というか、そもそも中庭で見かけること自体が、カノジョの調子が良くなった証か。今までは「王に愛されず、継子を憎み、部屋にひきこもって継子を呪う陰険で邪悪な王妃サマ」だったのだから。


「少し前までは暗くって不気味だったけど、最近はそんなに悪いってわけじゃないよな」

「おい」

「いいだろ、俺ら以外にはだれもいないぜ」

 不敬罪にとられかねない発言をもうひとりが咎めても、若いケーハクそうな警備兵はにやりと笑うだけだ。確かに人気のない場所だから人はいない。まあ、実際はボクがいるんだけどね。


「まあ……というか、婚姻の時は綺麗だったよ。お前はいなかったんだっけ。姫様みたいな華やかな感じじゃないけど、落ち着いた美人って感じだったな」

「ふーん。まあ、環境って人を変えるよな。俺が女だったら絶対王様には嫁ぎたくないね」

「お、おい」

「大丈夫だって。だってそう思わね?いい王様だとは思うけど、正直何考えてるかわかりにくいし、怖いし。それに前の王妃様はめちゃくちゃ美人だったし、その娘の姫様も国一番の美しさ。そんなとこに後妻だなんてキツイだろ」

「……まあ、実際まだ王様の訪れはないみたいだしな」

「だろー?愛されなくて、世継ぎも産めないんじゃ、そりゃ調子も悪くなるって」


 噂が単なる噂でしかないことを、ボクは知っている。その正誤は半々だ。実際カノジョはシラユキに引け目を感じてはいても、憎んだり呪ったりなんかしていない。

 だが、だからと言って言わせておけばいい、ってモノでもない。温厚で素晴らしいシンシと評判のボクだって、腹が立つことくらいあるのだ。


 ちょっとくらいイタズラでもしかけようか、とにやりと笑っとき、軽薄そうな男が発した言葉に手が止まった。


「王様に愛されてないとなると、じゃあなんで王妃様、綺麗になったんだろうな?」

「え?そりゃ化粧とか、食事とか、運動とか」

 的をはずしたもう一人の答えに、じれたように男が叫ぶ。

「そーじゃなくて!なんでそうなろうと思ったかってことだよ。女が努力すんのなんか、きっかけがあるに決まってんだろ?」


 なんでって、きっかけはボクだ。じゃなきゃあのうじうじ根暗な引きこもり王妃サマが毎日散歩に出かけたりするものか。

 しかしそれを知らない警備兵は、にんまりと下卑た笑みを浮かべた。


「恋をすると女は綺麗になる」

「はあ、なら王様が」

「いや。俺、聞いちゃったんだよね。結構信憑性高い噂だぜ」

 男は同僚の耳元に顔を寄せると、いっそう小さな声で囁いた。


「実は王妃様さ……」


 いくら小声にしたってボクには無駄だ。ボクをなめてもらっちゃ困るのだ。


 ボクはそのシンピョウセイの高い噂とやらを聞き終えると、ボクは手に持ったグラスを床に落とした。ぱりん、と乾いた音が響いたのが聞こえたらしい。この世の終わりみたいな顔面蒼白になっていく警備兵の姿を見て、溜飲が下がる。


 噂は噂だ。

 だが、それが時として誰かを、そして誰かの大事なものをめちゃくちゃに壊してしまうことを、ボクは知っている。


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