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報告、そして改めて


「酒臭い」

 開口一番、顔をしかめたカガミが言い放った。鏡の向こうにいるのに匂いがわかるものなのかしら。というより、量としてそんなに飲んだわけではないから、匂いだってそんなにないと思うのだけど。言いたいことはいろいろあったが、わたしが言えたのはただ一言。

「お願い、静かにしてちょうだい……」


 朝目覚めると、わたしは自分の部屋のベッドに寝ていた。

 記憶を探ってみると、晩餐会の途中に席を立ったところまでは覚えている。どうやらそこで気を失ったらしい。カガミは「王サマが運んできてくれたよ」と言っていた。「自分のオクサンに何もしないなんてまったくシンシな王サマだよまったく!」となにやらぷりぷり怒っていたが、わたしは二日酔いの頭痛と戦うのに必死だった。


 寝起きのわたしの状態はひどいものだった。正式な晩餐ではないとはいえ、昨夜は簡素ながらもドレスを身に着けていた。まさか脱がせるわけにもいかず、ザルツはそのまま寝台に転がせておいたのだろう。しわくちゃになったドレスとぼさぼさの髪、はげかけたお化粧を見て、わたしよりよっぽど美容意識の高いこの鏡の少年は悲鳴でもあげそうな悲壮な顔をしていた。


 だるい身体と痛む頭がようやく落ち着いてきたのは、カガミに言われるがまま浴場で身を清め、新しい服に着替え、侍女が持ってきてくれた果物をひとつふたつ食べ終えたころだった。


「あのさあ、ボクは思うんだ。女性が美しくいるためのヒケツはなにか。それは心持ちだと思うんだ」

 鏡の中で頬杖をついたカガミがぶつぶつと呟く。

「心持ちだよ。つまり、夜にはきちんとばら水で身を清めて、髪を丹念にとかし、清潔なベッドで眠り、朝はお日様をたっぶり浴びて散歩をしたあと栄養のある食事をとる。そういうコトをきちんとしようという心持ちだ。わかるかな」


 そんな少年の大き目な独り言をわたしは無視していたが、嫌味がちくちくと飛んでくる。とうとうわたしは観念して彼に向き直った。

「すみませんでした。以後気を付けます」

「次やったら中庭10周の刑だからね」

 じろり、とカガミはわたしをにらんだ。


***


「ふーん」

 わたしが昨夜の晩餐のことを報告すると、カガミは興味なさそうにそう言った。あれだけわたしにいろいろ指示を出していたくせに、なんて反応なのかしら、と少し腹が立って彼を見ると、カガミはぷっくりと頬を膨らませ、つんとそっぽを向いていた。


「ちょっと、なによその顔」

「ベツに。うじうじ王妃サマにしてはがんばったじゃん。気になってたコトひとつ聞けてよかったね」


 褒めてはいても、声音に棘があった。カガミの変化に戸惑うわたしを、しかし彼は気に留めない。

「じゃあ、次は告白でもしたらいいんじゃないかな。それがいいよ。たぶんうまくいくよ。よかったね、王妃サマ」

 なんて投げやりなアドバイス。カガミらしくないにもほどがある。

「もう、なんなのよ。あんたらしくないわよ、気に入らないことがあるなら、きちんと言いなさいよ」


 わたしはたまりかねて怒鳴った。

「自己完結してばかりで、言わなければわからないとわたしに教えてくれたのはカガミのくせに!」


 その言葉に、はっとしたようにカガミはこちらを向いた。じっとわたしを見たかと思うと、目を伏せて、小声でもごもごと話し始める。


「だってさ、今まで王妃サマのために、結構ボクだって一生ケンメイがんばってきたんだよ。なのにそんなに進展があった日に酒飲んで酔いつぶれて、遅くまで帰ってこないからコッチは結構心配したっていうか、野次馬根性もあったけど、なのに朝起きたって二日酔いでゼンゼン報告してくれないしさ……」


「……」

 わたしは言うべき言葉を失った。今のまとまりもないカガミの話を聞いていると、この少年が拗ねているように聞こえてならない。いやまさか、と考えて、けれどやはり思考はそこで決着した。


 そう思うと、急に笑いがこみあげてきた。

「ふふっ……やだ、なによカガミ、あんた拗ねてたの」

「拗ねてなんかない!ボクがなんで拗ねなきゃいけないのさ」

 頬を紅潮させて言いつくろっても無駄だ。今までわたしの鬼コーチで相談相手で美容アドバイザーだったこの大人びた不思議な少年も、見た目相応に可愛いところもあるらしい。

 

 わたしは笑い涙をぬぐうと、カガミに向き合った。

「そうよね。わたしが昨日頑張れたのは、今日が昨日より幸せなのは、あんたのおかげだもの。ちゃんと一番にお礼を言うべきだったわ。ごめんなさい、カガミ。ありがとう」

「……ベツに……王妃サマだって、頑張ってる、とおもうよ」

 カガミが小さく返す。素直に自分を認めてくれる彼の言葉がうれしかった。

「そうね。うじうじしてただけのわたしからしたら、結構頑張ってると思うわ。でもわたしには少し勇気がまだ足りないから、これからも、一緒に頑張ってくれるかしら」

 

 わたしの言葉に、カガミは表情の眉根を寄せて、口をとがらせて、すましたような顔をしようとして……そして、表情の作り方を失敗したみたいに、へにゃりと笑った。

 それは、すごく彼にふさわしいような、可愛らしい笑顔だった。

「こちらこそ、ヨロシク」



大変長らくお待たせいたしました。

カガミとのお話回でした。

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