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溶けたひとつのわだかまり


 どうしてお姫様と結婚してからあなたは冷たくなったの?わたしのことが嫌いなの?ずっと前から?それとも、わたしは何かしてしまったの?わたしを後妻にしたのはなぜ?あなたはまだお姫様を愛しているの?わたしはあなたを好きでいてもいいの?


 聞きたいことはたくさんある。そのうちのひとつを―カガミが言う「簡単なところ」を口に出したわたしを、ザルツは珍しくも驚いたような表情で見つめた。

 ああ、ばかなことを言ってしまった。その顔を見てすぐさま後悔した。酔いに任せた勢いとはいえ、失態にもほどがある。

 自分のあまりの愚かさを恥じて、マナー違反を承知の上で席を立とうとした時だった。

「あの時、は」

 ザルツが小さな声で言った。


「あの時は、悪かった」


 ……ザルツは、わたしの目をまっすぐ見ると、そう言って、頭を下げた。

「……あ、」

 謝られたら、わたしだって何か言葉を返さなくてはいけない。頭では分かっていたのに、今度は口から声が出てこなかった。まるで言葉が喉に張り付いたように、いえ、張り付く言葉さえ浮かんではいなかった。ただ、ザルツの言葉だけが、わたしに届く。


「あの時……俺が最初の結婚をした時。祝いの言葉をかけてくれたお前に、冷たく当たった。正直に言えば軽蔑されるだろうが、何を言ったかは覚えていない。だが、昔馴染みでもあったお前を邪険に扱ったこと、そしてその時のお前の傷ついた顔は覚えている」


 ザルツの告白はわたしにとって意外だった。わたしにとって忘れられない出来事ではあったが、ザルツにとっては些末なことだと思っていたのだ。きっと忘れているに違いないと。

「覚えていたのね」

「ずっと気になっていた」

 少しだけザルツが眉をしかめた。それから、またわたしを見つめて続けた。


「あの時俺はまだ子供で―政略結婚への戸惑いがあった。それを昔馴染みのお前に祝われて……」

 そこで、なぜかザルツは言葉を切る。少し迷ったように瞳をそらして、そしてまた視線を合わせた。

「祝われて、腹が立った。受け入れたくなかった。お前やアルノーといつものように会う機会はなくなり、俺は国のために結婚し、自由を捨てなくてはならない。子供の俺にとって、ひどくつらいことだったんだ」


 あの時、わたしは言わずもがなだけれど、ザルツもまた、彼が言うように幼い子供だった。この国の王族として決して結婚が早すぎたわけではない。しかし、だからと言ってすべて受け入れられるような年齢でもなかった。

 わたしはザルツをずっと年上の人間として見てきた。聡明で、すべてを理解して、落ち着いている人間だと。だから、こんな風に彼があの時考えていたことには少し驚いたけれど―でも、当然だとも思った。彼だってひとりのふつうの人間だ。10を少し越したような少年にとって、自分の未来が縛られていくのはどれだけ受け入れがたいことだったろう。

 もちろん、だからと言ってわたしを含め、誰かにひどい態度をとっていいということではないと思う。だけど、あの時のザルツの態度の理由を知ることができて、わたしは小さく笑った。最初から、あの時のことをずっと怒っていたわけではない。ただ、理由が知りたかったのだ。


「傷ついていたわ。本当に、ひどいと思っていた。でも、わたしもあなたをわかっていなかったのね。許します、ザルツ。そして、あなたの苦しみを知らなかったわたしを、許してください」

「お前が謝罪することではない」

 いつものように冷たく言い放つザルツ。しかしその声色にはどこか温かみがあった。


 ザルツは、少なくともあの時、わたしを嫌ってはいなかった。だからと言って後妻であるわたしを彼がお姫さまより愛することがないのはわかっている。それでもわたしはうれしかった。


 知りたかったひとつを知ることができて安堵していると、急に目の前がくらりと揺れた。ここにきて急に酔いがまわったらしい。思考がぼんやりとする。

 ああ、だめだ。まだ晩餐は終わっていないのに。


「酔いがまわったか。もう部屋に戻れ」

 わたしの様子に気づいたらしいザルツが言う。申し訳ないと思いながら、わたしはその言葉に甘えた。

「すみませ……ありが、とう」

 そこまで言って、席をたつ。足元がおぼつかなかった。視界が、暗くなる。


「ねえ、ザルツ、」

 最後に、わたしは何と言ったのだったっけ……


***


「ねえ、ザルツ、あなたがわたしを、あいすることは、なくても」


 ふらつきながら席を立った彼女は、ザルツを見て微笑むと、そう言った。しかし、その言葉の続きは彼女の口の中に消えた。ふらりと突然床にしゃがみこんだのだ。


「おい!」

 ザルツが慌てて駆け寄ると、彼女は気持ちよさそうに寝息をたてていた。それほど酒に強くないのに、度数の高いワインを一気に飲んだのだ。酔いも回るだろう。明日の朝、気分が悪くなければいいが。


 ザルツは彼女を抱えると、部屋へと送り届けるために歩き出した。

「俺を愛することがないのは、お前の方だろう。あの時本当は、俺は……」

 聞こえていない彼女に、小さく呟きながら。


反省ザルツ。しかしどうやらまだふたりはすれ違っているようです。


ようやく3分の2くらいまできました。たぶん。

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