酔い
本当に本当に、遅くなりました。
「し、白雪はどこへ出かけたの?」
無言が流れるふたりきりの晩餐会。ようやくわたしが言葉を発することができたのは、スープを飲み終えたころだった。そんなことは気にもとめていないのか、ザルツが何の感情もないような声で答える。
「北の別城だ。今日の狩猟会に隣国の皇太子も出席していたのだが、ヤツが今そこへ滞在している」
「隣国の、皇太子さま」
「ああ、そこで夕食を共にしたいと先ほど申し出があった……あいつらは、幼いころから一緒に遊んでいたからな」
隣国とははるか昔から貿易などで交流が盛んな関係だ。わたし自身は行ったことはないけれど、平和で豊かな国と聞いている。そして白雪と同い年の皇太子がいるということも、知識としては知っていた。
「わたし、ご挨拶もしていないわ」
王妃なのに。たとえお飾りでも、隣国の皇太子が来ているのにそれすら知らないとは、外交上まずくはないだろうか。そんな非難をこめてそう言うと、ふん、とザルツは鼻で笑って、冷たい笑みを浮かべた。
「ヤツが今日出席したのは私用だ。白雪が呼んだだけだからな。あまりおおごとにはしてくれるなと向こうからも言われている。お前が王妃として挨拶なんぞしたら、狩猟会が始まる前に挨拶大会が始まっていただろうよ」
確かに、今日の狩猟会には多くの貴族たちが参加していた。彼らが全員隣国の皇太子に挨拶を始めたら、きっと太陽がてっぺんにのぼっても狩猟は開始されなかったに違いない。
メインディッシュが運ばれてくる。ああ、今日はローストビーフなんだ。わたしの好物だけれど、白雪があまり好きではないからこの城に来てからはあまり食べていない。嬉しくなって、思わず頬が緩んだ。
「白雪と皇太子さまは仲がよろしいのね?幼馴染ということかしら」
好きな食べ物を食べると、機嫌がよくなる。昔からわたしは家族にそう言われてきた。まったくもってその通りだ。ローストビーフの美味しさにすっかり先ほどまでの気まずさを忘れ、わたしはザルツにそう話しかけた。
ワインを飲んでいたザルツも、酔いのせいなのか多少上機嫌のようだ。「ああ」と返事は短いながらも、声にいつもの冷たさはない。
「そうなの。白雪にそんなお友達がいたなんて知らなかったわ」
幼馴染。わたしやザルツ、アルノーもそう呼ばれる関係だ。決して悪いものではないと知っている。アルノーとは15年以上たった今でも何でも話せる、信頼のおける友人関係を築けているし、ザルツとだって、あの頃は本当に仲が良かったのだ。
思い出す昔の光景に、なぜか目頭が熱くなった。それを振り払うように一気にワインを飲む。久しぶりにアルコールを摂取したかもしれない。わたしの勢いにザルツが少し慌てた。
「おい……そんなに一気に飲むな。強いわけではないだろう」
「大丈夫です」
答えるけれど、自分の顔がどんどん火照るのがわかる。ザルツが侍女に水を頼む。ああ、この人は本当に優しくて気の付く人だ。わたしのことが気に入らないだけで、本当はその性格だって変わっていないのだ。昔から。
昔。ああ、そうだ。
「ねえ、ザルツ。覚えている?昔の話よ。わたしが5つをすぎたころだったかしら」
急に思い出した光景を、なぜかわたしは語りたくなった。ザルツも無言でわたしを見る。きっと聞いてくれるってことだわ。勝手にわたしはそう決めつけた。
「あの時も、わたし、ワインを一気に飲んでしまったことがあったわ。だってすごくおいしそうな色だったんだもの」
「……ああ、そんなこともあったな」
答えてくれるザルツに、わたしはうれしくなった。
「そうよ。それで、わたし倒れてしまって。目が覚めたら、お部屋のベッドで寝ていたわ。ザルツの手を握ったままね。ねえ、あの時あなたは、わたしの手をにぎってずっと横にいてくれた」
昔から、何かを雄弁に語る人ではなかった。気難しくて、言葉も少なくて、いつもしかめつらをしていたから、最初は怖い人でわたしのことを嫌いなんだと思っていた。
でも、本当はザルツはとても優しくて、小さなわたしとも嫌がらず遊んでくれた。根気よくいつも何かを教えてくれて、わたしの世界を広げてくれた。
「わたし、嬉しかったの。ザルツがずっと一緒にいてくれて。とっても優しくしてくれて、嬉しかったの」
「……」
酔っている。それはわたしが一番わかっていた。でも、そんなことはもう忘れてしまおうと思った。この酔いに任せて言えるのなら、そんなことは問題ではなかった。
「だから、あの時は本当につらかったわ。ねえ、ザルツ。なんであの時あなたはわたしに突然冷たくなったの」
酔っているからなのか。それとも、これもカガミの魔法なのだろうか。聞きたかったことのひとつが、わたしの口から滑り出た。




