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腹部に軽い衝撃。
ウトウトと微睡んでいたところに突然の邪魔が入り、わけもわからぬまま跳ね起きた。
腹の上には鍵の束。元の世界の高技術で作られたコンパクトでスリムなものではなく、頑丈さと簡素なことが売りですみたいな無骨なやつが金属の輪にごろごろついている。こんなもの寝てる人の腹に落とすなよ。
顔を上げれば覆い被さるように立っている態度のでかい少年。
「起きたか?」
「じゃねーよ。マジでびっくりしたし」
俺の抗議を意に介さず傍若無人に同行を命令される。
まったくこいつは………。ぶちぶち言いつつ、鍵束片手についていく。
ロクサウは誰でも遊びに連れまわす。唯我独尊なきらいはあるが、というか不器用なんだろう。仲間外れを作らないように、子ども衆の中で最年長である自覚から行動しているのかもしれない。
それは好ましく思うがひとの昼寝を邪魔するのはいただけない。絶対にだ。
やってきたのは倉の前だ。民家とちがって扉が両開きで大きい。
誰のだかは知らないが子どもに用があるところではない。錠が付いてるし………なるほど、鍵はこれのか。
扉の前で、手を突き出してくるロクサウ。
俺は眠いのもあって表情があまり動かず、半眼でたっぷりと眺めやった後、鍵束を渡した。叱られてもしらんぞ。コレ前振りな。
「来いよ。面白いのがある」
とは言うものの、なかなか扉は開かなかった。正しい鍵を探すのに苦労し、ついに突破に成功したときだ。
「こるぁああ! なにしとんじゃあ!」
雷が落ちた。
どすどすと肉迫するおやっさんを待つ。万引きをいつも捕える人とか、こういう気配に敏感な人物はいるものである。
阿吽像みたいな形相で、さらに太い腕を振り上げている。おやっさんとはそれなりの仲でまだ殴られる段階じゃないと思っていたが、ちょっとびびった。予感がしてロクサウの方を見れば一目散に逃げ出していて、その後頭部に飛来したしめ縄が激突する。おやっさんの持ち物のようだが、この人縄投げて鳥を落とせるかもしれん。
頭から土に突っ込んだロクサウは襟首を掴まれて、容赦なく連れ戻された。俺も含めて逃がす気はまるでないらしい。
「鍵を勝手に持ち出しよって、あほんだら! もしもが起きたら痛い思いじゃすまされん。なんのことかわかるか? 鍵がなくなっても倉の物がなくなってもえらいこったぞ!」
ロクサウは口を尖らせて、なんとかの毛皮を俺に見せるつもりだったと言い訳した。側で怒鳴られても動かない俺も大概アレだが、こいつもなかなかである。でも怒声しか返ってこないし、おまけで拳骨ももらう。
「アホかっ! お前はなあ、下の者に示しがつく行動しないかんのだ。いつまでもガキの気分でおったらいかん! また木を折りよって馬鹿もんが」
藪から棒だがこの前の石当て遊びの件だ。やっぱりばれてしまっている。
「お前らは若いからしらんだろうが、かつて土地はもっと荒れ果てていた。木など一本もなく、生き物の影もなく………」
おもむろに始まる昔話。
なにやら暗澹たる雲行きに、ロクサウが俯いたままおやっさんの顔色をうかがう。
青い天幕の彼方を眇めるようにしていたおやっさんは大儀そうにひとつ吐息すると、目線を戻す。ロクサウは慌てて首を垂れる。
「大地はひたすら厳しかった。みんな優しさを知らずにおった。争ったり殴り合ったり敵意をぶつけるばかり。お前らはよく可愛がられているがな、子は押さえつけるもの、親は押しのけるものだった。もちろん力づくでな。誰もがその物差しで測れた。思えば単純な世の中だったものよ」
なんというか抽象的だな。昔話なんだろうけど、いつ頃かさっぱり思い当たらない。
暴力が社会を構成するっていう、ネフィリムの設定により近いようだけど……。
いちおう前世というべきモノがあるものの、知らないことのほうがずっと多い。
あの朝から以前のことは、ぼんやりとした記憶だし―――それでもゲーム時代のことをキャラクターの視点からも覚えていたのはとても助かったものだ。どうしてそんなものがあるのかなんて、考えてもドツボにはまるだけである。
「かの方の治世により、世の中はややこしくなったが争う必要はない。争わずにすむ道が用意された。それを王の民として守らねばならぬ。破壊はネフィリムの本分だが、そのままに壊しとってはいかん、わかるか!?」
ビシィ。ロクサウは背筋を伸ばしてもっともらしい顔をしている。すくなくともそのつもりの顔だ。
というかこの説教、どこへ行くんだろう。なんか動悸がしてきた。誉めてるんだろうけど、俺に向かって言ってるわけじゃないし、なにか感じたり考えたりするのは違うよね。そういうことにしよう。
「……王は我々になにが必要かわかっておられた。そこで数人の精霊と話し、他の者にはうかがい知れぬようなお言葉で、あの形の定まらぬ蒙昧な精霊どもに忠誠を誓わせたのだ……」
うすうす感じてたことだけど、この種族は精霊たちと反りが合わないようだ。
拳で語り合ったりするのがまっとうな手段と認められるのに、相手を殴れないのがコミュニケーションにおいて問題なのかもしれん。脳筋はネフィリムの代名詞だ。それは認める。
精霊たちは自然環境を変えることができるので、頼んで土地の生産力を上げてもらう………という行政カードがあった。それを行政と言うのかは知らないけど。
「人々はかの偉大さを称える。だが何が偉大なのかを知っているか? 国を造ったこと、人々をまとめ上げたこと、さらに勝るのが民に新たな道を示したことだ! 守ることは壊すよりも難しく、初めからできるものではない。人はそれを教えられるまで、それを知らぬのだからな………」
いやいやいや。
そんなこと露とも思っちゃいなかったから。
民衆レベルで国の上層部が話題に上ることなんてないし、忠誠なんてうっすら程度だと思ってたのに。
とんだ伏兵だ。本当に誰だよその偉人。
というかやめて。お願い、もうやめて。
「……木や草花は、精霊と王が交わした約束の証。緑はもたらされ、授けられたものなのだ。その木を壊すというのはな、ロクサウ、聞いとるのかっ!」