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彼は魔族の王  作者: 暗黒わらび
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3

楕円状の葉っぱを唇に押し付け、ふーと吹いてみる。

うーん、だめだな。どうやってやるんだっけ。

吹き続けてよれよれになった葉っぱをぽいと捨てる。


ふーふーふー。

小さな手で葉っぱを掴み、必死の形相のメメアは、いつかに砂遊びをしていた幼い少女だ。

顔が赤くなるまで吹いて、息を切らして俺を恨めしげに見上げた。


「これ、ほんとに鳴るのお?」


「鳴るんだけどなあ。鳴るはずなんだけど」


草笛というものがある、と知ってるだけなんだよね。

メメアはぷっくりした頬をさらに膨らませたが、再び草笛に挑戦をはじめた。なかなか粘り強い。


粘るといえば、となりで水を出したりぶちまけたりしているメメアのお姉さん、ネアである。どうも水を≪盾≫(シールド)の魔法で閉じ込めようとしているようだ。


≪盾≫(シールド)は、≪水≫(ウォーター)と同じくネフィリムが生得的に使える魔法の一つで、衝撃などを跳ね返す光る膜を喚び出す。すぐに消えるが受ける衝撃の大きさに関係なく一瞬は跳ね返すので、タイミングがものを言う術だ。

もちろん水を溜めるには向かず、流し込まれた水をほとんど弾いてしまって、皿のような膜の上には少ししか残っていない。少しでも水を留めようと≪盾≫を大きく湾曲させている技術だけでも、認められていいレベルだ。


今もまた、≪盾≫の効果時間が切れて落下した水が飛び散った。足にかかる水に構わず、ネアは仁王立ちのまま眉間にしわを寄せている。

近寄りがたいので、俺はメメアをつついて訊いてみた。


「おまえの姉ちゃん、なにをあんなに頑張ってるんだ?」


「わかんない」


と一言、草笛の練習に戻ってしまった。やれやれ、よく似た姉妹だよ。

しかし、俺たちの会話がネアの気を引いた。長くて重たそうなおさげがぐるん! と振るわれる勢いでこちらを向く。


「水が………どこかに行っちゃうのよ! 水を入れるには、穴が空いてないといけないのに、でもそこから飛んでっちゃう。形も、壺だったらいいのに、盾なのよ」


「≪盾≫だからな」


「もううう」


握りしめた拳が、ぷるぷる震えて持ち上がる。おっと、マズかったかな?

しかしネアは何もせず、肩を落とした。と思いきや、勢いをつけて足元の石ころを蹴り飛ばす。

八つ当たりを受けた小石は跳ねながら明後日のほうへ、広野に消えた。


「何をやりたいのか知らないけど、そんなに根をつめるなよ。今日できなくても、明日できるかもしれないだろ」


「今できなくても、次の瞬間できるようになるかもしれないでしょ。だんだん曲がるようになってきてるんだから、ほら」


ふんぬぁー、とネアは唸って、≪盾≫を出した。深皿になっているが、鉢未満である。それでも俺は拍手した。正直言うと、俺には何をどうしたら曲がるのかさっぱりわからない。


突然魔族として生き始めたとき、俺は誰に教えてもらうことなく魔法が使えた。こうして現実になったんだから、あんなことやこんなことができるかもしれないって、試してみたくなるだろ?

ところがゲームの枠を出るようなことは、なにひとつできなかった。他の種族も、みんなも同じだ。


魔法そのものは手足を動かすように理屈抜きで扱える。ただし手足と違って、自分の体ではないような違和感があって、それを苦手とするかは人それぞれだけど……。

型通りのこと以外ができないのは、この世界の住人にとって当然のようだった。すくなくとも今まで俺が質問してきた者たちは、新しい可能性を探ろうという考えすら浮かばない様子だったのだ。


それなのにネアは………彼女が特別なのだろうか?


「なあ、その曲げるの。だれかやってたのか?」


ネアはきょとんとした。特に心当たりがないようすで、首をかしげている。

葉っぱをばらばらに千切っていたメメアが急に声を上げた。


「できないのー? クシー兄ちゃん、できないんだー」


「なんでそうなるんだよ。何も言ってないだろ」


「あたしだってできるもーん」


「マジかよ……」


がっくりと膝をつくとネアに慰められた。尋ねれば「こ、こんな風に」と両手で何かを曲げる仕草をしてくれるのだが、そのなんとなくが絶望的に届かないんだって。


「まあいいや。シャムシャムのとこ行こう」


「なあに? 急に」


メメアも行くと言い出したので、ネアもついて来ざるを得なくなった。彼女の責任感の強さを知っているから利用しているようだけど、べつに悪いことをしようってわけじゃない。


シャムシャムは林にひとりで住んでいるゴブリンだ。近所の子供好きなおばあちゃんみたいな雰囲気で、よく遊びにいく。

木組みの家は、どこかしらかわいらしく、奇妙な印象がする。というのも住人の小さな体に合わせて、扉も屋根もみんな縮んでいるのだ。ゴブリンは成人しても、今の俺くらいの背丈にしかならない。

だから大人のネフィリムが来ても、家には入れない。その他もろもろの理由で、シャムシャムは子供たちとしか接点がないようだ。大人には見えない妖精みたいな在り方である。残念ながらメルヘンな見かけも性格も持っていないが。


ゴブリンたちは種族の王を持たない魔物という分類になる。ただし雑魚モンスターという位置付けではなく、機転と知恵の回る侮りがたい連中なのだ。言葉の駆け引きとはったりで大きな者(彼らからすれば他の種族はみんな大きい)をまるめこみ、財宝を頂いていくという笑い話があるのだが、彼らはこの話を誇りにしているようだ。

なぜだか馬が合って部下になったり、友達になったりして俺には縁深い。部下といっても、ときどきふらっと帰ってくる彼女の話を聞いたり駄弁ったりする、私的な面が強い関係だ。各地を放浪して集めた情報は身軽に動くことのできない俺には貴重だった。

もう寿命で、生きてはいないだろうが……。


あいにくシャムシャムの小さな家は留守だった。メメアが小枝を立てて、倒れた方向に進む。

どういう理由か知らないが、シャムシャムをみつけた。

編み籠片手に、だぶだぶのローブを着ている。赤ずきんちゃんならぬ緑ずきんちゃんだ。俺とメメアがわらわらと近寄ると、彼女は口元に手を添えて、ヒェッヒェッヒェと笑った。


「よくここがわかったねえ」


「あのねー木の枝倒した方向に進んだの、すごい?」


「すごいすごい、メメアは魔女の才能があるよ」


「やったあー」


と喜ぶメメアだったが、どうも魔女を知らなかったようだ。

「箒で空を飛んだり、人をカエルやガチョウに変えたり、大きな鍋をかき混ぜている」という説明を受けて、なぜか俺が鍋になり、青臭い草をぶっかけられてぐつぐつ言う羽目になった。

最近知ったことだが小さな子はごっこ遊びが大好きである。

というか、なぜよりによって鍋なんだ。そこはカエルやガチョウじゃないのか。


「うりゃー! 鍋から変ないきものが生まれたぞ。がおー」


「きゃー」


途端に始まったおいかけっこを、ネアはあきれたという態度で睨んでくる。

混ざりたいなら、そうしていいんだよ。


緑ずきんのシャムシャムは仕事の手を止めて、ヒェッヒェッヒェとまた笑った。


これを書き始めてから実際に草笛に挑戦してみました。

結構むずかしい。楽器をやってたら違うのかもしれないけど、まず音が出ない。

なにしろ1か月もあったもので、流石に上達しましたが(笑)

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