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大小さまざまな丘が地平の果てまで連なっている。まるで動かぬ大海だ。疎らに生え立つ木の形を覚えなければ迷ってしまう、とさえ思える。実際には、ここで遭難するのは至難の業で、そこの茂みや、あそこの花が群生する形に見覚えがあることを努めて忘れて、広い緑の海の、場所が言えないひと隅のような気になってみる。帰る家なんかどこに行ってもないし、俺はどこにもいない……。
「おい、クシーや。そんなところで、なにをしてるんだ」
父さんがこちらを見上げていた。距離があるのは、俺が木の枝に座っているからだ。宙ぶらりんな足を揺らして、俺は答えた。
「遭難ごっこ」
「なんだそりゃあ……面白いのか?」
「うちがどの辺かわからないような気になってみる」
「そうか。遊び終わったら、ちゃんとうちに帰ってこいよ」
枝から飛び降りると頭をわしわし撫でられた。
隣のお宅まで2Kmほど間があるここの感覚ではまだ庭先、家のまん前と言える木の上で遭難ごっこをしていたことに突っ込みはないようだ。
これから出かけるのであろう父さんの服をひっぱり、いっしょに行くとお願いする。
言動がこどもっぽいだと? 馬鹿言え、両親にとって間違いなく俺は子だぞ。
たとえいつか大人になっても、または未練がましく前世の記憶を持っていてもだ………甘えてなにが悪い。
ゆっくり歩く父さんのまわりをうろちょろしながら、いろんなものを拾っては捨てる。色のついた石とか、虫やら、野の花やら、遠くからでは全然気付かなかったのに、側に寄るとすごく鮮明で、手に取ると楽しい。ときどき父の元に戻ってそれらを見せたり、くっつけたり、あげたりする。
丘陵はただ広く、地味だが生命力はやたらとありそうな野芝に覆われて、人の気配が薄い。これがネフィリムの基本的な土地だ。設定にて荒野、と一言書かれていたものが現実化してこうなったようだ。それなりに緑があるが、岩のように固い地面が多くの植物を拒む。
ろくに作物が育たない土地でも、ネフィリムは生き延びる。いや、問題ないようになっている、と言うのが正しいのかもしれない。空腹も腹を満たす充足も感じ方が希薄で、食事は粗末なもので事足りる。そんな設定はなかったはずだけどな。
あるようにしたんだろう、ゲームの設定を成り立たせるために。
だれが、とは聞いてくれるなよ。ただ俺は、そう確信している。
岩山に着いた。大海の中にぽっかり浮かぶ孤島のようなところで、だだっ広いなかに唐突にそびえ立っている。白い鳥が群れで巣をつくっていて、フンが汚い。
父さんは親鳥たちにけたたましく騒がれながら岩の間に入り、卵をもらっていく。攻撃してくる勇敢なやつもいるが、手で軽くあしらわれてしまう。
この辺にはめぼしい肉食動物はいないから、俺たちが一番の天敵だな。
俺は岩山から離れたところで待っていた。
父さんは戻ってくると、落とすんじゃないぞ! と卵の入った袋を持たせた。それから手を繋いで、てくてく歩き出す。
自分の幼いころというのを、覚えているだろうか。
中には胎児の記憶を持っている人もいるようだが、俺は小学校の思い出からもう怪しい。修学旅行で紡績工場に行ったのは小だっけ中だっけという具合だ。父親に関しては朝早くに出勤して、子どもが寝た後に帰宅していたはずなので、幼少時の意識に彼が占めた割合はかわいそうなくらい少ない。
ダクトに至っては、はじめから成人していた。
繋いだ手の位置は、俺の頭の高さくらい。父さんの顔は、ずっと高いところにある。
二度目は一度目とは違う。それとは無関係に、今は今でしかない。
家族は唯一なんだ。比べられるはずがない。
よくわからないうちに別の物に替えられたり、やり直しさせられたりしている俺の人生も、番号を付けて考えることはできない。
その時には、その場にあることが全てだ。
目が合うと、父さんは不思議そうな表情をした。地面ばっかり見ているものだと思われているかもしれない。ぶら下がるみたいに繋いだ手をひっぱりながらスキップすると、今度は肩車されてしまった。
なるほど、大人しくない俺を繋いでおく方便だったのか。
帰りは父さんの顔を上からのぞきこんだり、目隠ししたりして遊んだ。