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短編集  作者: 氷蒼シキ
1/3

時計

 さら――――


 それは内包した全ての砂を落とし、機能を停止した。

 最早ただのオブジェでしかないそれを、彼は無言のままに見詰めていた。

「…………」

 やがて片手に収まる程度の大きさのそれを、そっと手に取ると、逆さにするわけでもなく、まるで硝子細工を扱うように優しく両手で包み込む。静かに目を閉じ、その両手を自身の胸の前へ。

 すると。

 彼の両手の隙間から、淡く青白い光が、茫、と滲むように漏れ出した。

 蝋燭の炎のように柔らかい光は、ほんの数瞬の煌めきの後、緩やかに光度を失ってゆく。

 やがて光が完全に収束すると、彼は両の手を静かに解いた。その中にあるべきそれは消え、彼はまた一つ役目を終えた。


 さらさら

 さらさら


 暗闇の中に、彼はいた。

 そして彼を囲むように闇に浮かび上がる、文字通り宙に浮いた無数の砂時計。

 上も下も、右も左も無関係に、物理的秩序の崩壊した空間に、彼とそれらは存在していた。

 闇から切り離されたかのように浮かび上がる砂時計は、それぞれ役目を果たすべく、淡々と、無機的に時を計り続けている。


 さらさら

 さらさら


 確かに今も砂は落ちているのに、『時』という概念と感覚から取り残されたかのような闇の中。

 いつからこうしているのか、幾度こうしてきたのか。その過去すら今と同義なのではないかと錯覚するほどの長い『時』を、彼は見て、感じて、そして存在してきた。


 さら――――


 その彼の前で、また一つの役目が終わりを迎えた。

 名残惜しさなど欠片も感じさせず、最後の一粒までを機械的に送り出した、砂時計。幾度も見てきたものと同じ終わりだった。

 彼は先と同じように、それを手に取った。

 茫、と最期の輝きを発して、また一つ消滅する。

 これが彼の役目。

 これがもう一つの最期。

 限りなく永久(とこしえ)に近く、限りなく刹那に近い場所。

 この最も残酷な場所に迷う者が出ないよう、彼は還すのだ。

 時を失った者達を、還すのだ。


 さらさら

 さらさら


 砂は落ちる。落ち続ける。

 無機的に。刻薄に。

 その微かな音と気配を五感の全てで感じながら、彼はまた手を伸ばす。

 終わりを迎えた者達の安寧のために。

 終わりを刻んだそれらを労うように。


 茫。


 永遠に近い反覆。

 終わりの見えない反覆。

 彼から『時』という感覚を奪うには十分すぎる役目だった。いや、最初からそのような感覚は持ち得ていなかったのかもしれないが、もう憶えてなどいないし、意味の無いことだ。

 無数の砂時計を従え、彼は訪れるべき次の終わりを待った。彼にとっては果たすべき役目でしかない、その意味すら不明瞭で現実味の伴わない『終わり』。そしてそれを迎えようとする砂時計。それらは恐らく彼が永遠に理解し得ないものを、見事に体現して見せてくれる。

 しかし何度見ても、何度還しても理解に及ぶことはなく、彼にとっての『終わり』とは、目視することで辛うじて認識に至るだけのものだった。

 そしてその無理解の中で、彼が一つだけ想い続けていることがある。

 たった一つ。

 漠然と。


 ――――は、どのくらい落ちたのだろうか……


 さらさら

 さらさら


 さらさら――――






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