6 助言
渦中の二人は、それぞれサクラに言われた言葉に少なからず衝撃を受けながら悶々としていた。
――――― 意外と熱い人だったのね。
正直に打ち明けた話に、サクラは笑ってそう言った。
「どうして、か……」
それを問われるべく、自分は歩みださねばならない。
唯一残っていた一縷の望みが、それで途絶えたとしても。
――――― これで気が済んだようなお顔には見えません。
その通りだ。
自分から尋ねる事が出来ず、他の人の前に連れ出してみたものの。
結局のところ分かったのはいまだに彼へ猜疑の目を向けている人がいる事。
ヴェルザーが弁解もせず、周囲から向けられる批判の目から逃げる事もなく、ただ己の職務を全うしようとしていた事。
お見合いをしたらしい事。
『任務ですので』
あの言葉を聞いた瞬間、何かが打ち砕かれた気がした。
淡く形さえ不確定だったそれは、破片となって心に刺さってからやっと何だったのか分かる。
自分も月並みに乙女のような一面がまだあったという事――――― とどのつまり、期待していたのだ。
夢として封じた時間が、戻ってくるような気さえしていた。
一度諦めて遠ざけたはずなのに、いざ目の前に要素が揃うと自分はなんて弱いのだろう。
仮にも長子たる王女であるのに、このようなことではいけない。
「サクラもこんな気持ちだったのかしら…」
溜息。
「呼びました?」
突然頭の上から降ってきた声に、ベッドにうつぶせていたカイエは飛び起きた。
「念のため言っておきますけど、ノックはしました。いるはずなのにお返事がないので、ちょっと心配になって。少し扉を開けたら、あたしの名前が聞こえたからつい」
「今日は神出鬼没なのね……ところでその肩に乗っているのはどうしたの?」
「あ、そうそう珍しいんですよ。コモモの亜種だと思うんですけど、大きくて人懐こいんです」
触ります?と差し出されたのは確かにコモモをふた回りくらい大きくしたような動物で、つぶらな瞳が少し離れているのが可愛らしい。
フカッとした毛が思いのほか触り心地が良く、カイエが目を丸くした。
「大人しいのね」
体長より長い尻尾でバランスを保っているらしく、カイエが持ち上げるとそれが腕にくるりと巻きついた。
「これは……ちょっと堪らないわ」
「でしょう?今朝の散歩で仲良くなったんですけど、何故か城まで付いてきたのでそのまま連れて歩いてるんです。部屋に入れておくとアミュが玩具にしそうで危ないし」
「帰らなくていいのかしら?」
「そのうち帰りたいって騒ぎ出すかもしれませんね」
なんとなく、慌てて右往左往するこの動物の姿を想像してしまい、カイエは吹き出した。
「あ、良かった。さっき落ち込ませてしまったかと思って」
「……サクラ、あの」
「あ、待ってください!」
ビシリと手を突き出して発言を止めたサクラは、ふんわり微笑んでカイエに近寄った。
「あたしに話しちゃダメですよ。それとも仲を取り持った方が良いですか?」
「取り持つって……無理よ、そういう話じゃないの。何か勘違いしてない?」
「……」
この二人ときたら、なんて堅苦しいのだろう。
サクラが半目になって、些か『イラッ』という文字が口角に見え隠れした。
「きちんと清算というか……そう、ケリをつけてスッキリしたいのよ」
「ヴェルザーもそんなこと言ってましたけどね」
「―――― ほんとう?」
サクラの『イラッ』がまた増えた。
「だからどうしてそこでホッとしたような寂しそうな表情になるんですか」
「ええ?だって悪いのは私なのだし、ヴェルにはひどい仕打ちをしたと思っているわ」
「なんとなくですけど、変に覚悟を決めてませんか?」
「ええ、彼に斬られる覚悟はできています」
ガクーンとサクラの肩が落ちた。
「……それはそれは」
俯いたまま片手で目元を覆ってしばらく沈黙し、次いで眉間とこめかみを交互にマッサージする。
「いいですかカイエ様。絶対絶対ぜ――――― ったいそんな事ないですから」
「私の目を見て言える?」
「はい。誓ってそんな事はあり得ません」
鼻先が触れそうなほど至近距離で断言されてカイエは渋々その言葉を受け取った。
「まぁ……そうよね、王族に剣を向けるという事は無いでしょうね」
「だからどうしてそう…っ」
全てぶちまけてしまいたい衝動とヴェルザーとの約束の間で葛藤しながらサクラは何とか口を開いた。
「いいですかカイエ様」
二度目の言い含めるような言い方にカイエが素直に頷く。
「正直ここまで根深く凝り固まってると思っていませんでしたので進言致しますけど、次にヴェルザーと話をする機会があったら、どうか素直になってください。お願いです約束して下さい!」
「わ、分かったわ」
義妹にあまりにも真剣に迫られて、カイエはサクラ流の約束の証しを思い出して小指を出す。
「ユビキリをしましょう」
「もちろん!」
嘘をついたら針を千本飲むという約束を、覚悟ではなく本当にそうするものだとカイエが信じているのを知っているサクラは、指を離してやっと一息ついたのだった。




