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徒然日記帳2 ~歌う宿木  作者: 黒猫口笛
姉姫と騎士編
44/50

5 ロジェノの趣味



部屋から飛び出した二人を見て、サクラはくるりと振り返る。

「調整を続けて?」

「……あ、ありがとうございます」

王子妃殿下の勢いに面食らったのか、調整師は当惑していた顔をゆっくり笑顔に変える。


「慌てなくていいよ、落ち着いて。見ててもいい?質問はしても平気?」

「どうぞ、ご自由に。タイミングによってはお返事が遅れるかもしれませんが…」

「いいのいいの、貴方のペースで進めて」

「私は……クビでしょうね。調整師として呼ばれること自体、余りある名誉なことと思っておりますが、その、こんな事になるとはつゆ知らず」

「まさか。せっかくダシに使われるくらい腕が良いのに、もったいない。4国を通さず貴方と直接契約すればいい」

「は、はい…ありがとうございます、サクラ様」


やがて調整師が作業を再開すると、弦を弾く音が時折響いて部屋の空気が落ち着いていく。

二言三言、調整師に声をかけたサクラが張りのある声を出した。

「二人とも」

サクラの背後でサクラの登場に驚き固まっていたカイエとヴェルザーが背筋を伸ばした。

「ハッ」

「……何かしら?」


沈黙。


「……どうして話をしないの?いつまで経っても分からないし分かってもらえないよ」

ぎくり、とカイエの表情が強張り、ヴェルザーはいつの間にか額に汗をかいている。

「追いつめる気はないけど、このまま噂ばっかりが流れてもいい事ないと思う」

ひとつ溜息をついてサクラは身体ごと二人の方を向いた。


「カイエ様、そういう風になる気持ち分かるけど」

「う」

「……これで気が済んだようなお顔には見えません」


(――――― 気づかれてる!)

はっきりと合った目を反射的にそらしてカイエもまた部屋を足早に出ていく。


「ヴェルザー、待った」

半分出かけた足を素早くそろえて直立したヴェルザーは靴を鳴らして敬礼する。

「…何か」

「カイエ様は少しそっとしておいてあげて」


ちょいちょい、と手招きされてヴェルザーが近づいていくと、サクラは調整師を侍女に任せて近くにあった椅子に座るよう指示する。

「いえ、ここで結構です」

言うが早いか片膝をついた彼にサクラが「まったく」と言いながらキャステンを離れて自分がその椅子に腰かけた。

「それで?」

「と申されますと?」

「どうしてここにいるのか、二人の出会いからこれまでの経過も含めて教えてもらえる?」

「は、い?」

「お節介かもしれないけど、このままじゃ貴方はカイエ様の中で凍結されると思うけど」

「このまま…って、今引きとめましたよね?」

にこり、と軽く微笑んだサクラを見てヴェルザーは軽くため息をついた。


「今少しはいいの。でね、あたしにはカイエ様の気持ちがわかるから。この意味わかる?」

「……追いつめる気はないと仰ったように記憶していますが」

「案外人の話を聞いているのね。追いつめられてるの?」

10歳以上年上のはずのヴェルザーを、その体格差にも怯むことなくサクラは目の前の男を見下ろした。



 ~*~*~*~*~


「おや、お帰りですか?」

王城から市外へと続く方面の大扉の前まで走ってきた4国文官長親子に、ロジェノが愛想よく笑いかけたのには訳がある。

「わっ、悪いが馬車を、用意してくれ……」

「丁度良かった、今こちらに待機させたところだったんです。ささ、お水はいかがですか?」

有無を言わせぬ調子で二人にコップを持たせたロジェノは水差しからなみなみと水を注ぐ。

あまりにも手際のよすぎる心配りに、ダッタ文官長が息切れしながら目の前の薄笑いを張り付けた側近を見つめてしまう。その横では息子がぐいぐいと水を飲んでいた。


「何かおかしなことでも?」

「あ、いや――――― やはり王城で働く者は違うなと思ってな。4国でもこう用意が良いといいのだが」

「いえいえ、これは予め分かっていた事ですので」

「…?」

嫌な予感を感じてダッタ文官長が半身退く。

「まさか、あの場に」

姿どころか気配さえなかったはずだ。

「まさか、さすがにサクラ様の真似ごとなど私にはできません」

ビシリと音をたてて親子が固まる。


「あのお部屋は楽器専用となっておりますので、基本的に無言で使用されているんです。この城にいる方々は陛下をはじめ下々まで、皆さま楽の音がお好きでいらっしゃいますから、どなたかがお部屋を使われると皆さまかわるがわる覗きにみえるんです。サクラ様が歌の練習で使われるようになってからは特に」

確かに、王子妃殿下の歌声はとても人気の高いものと聞いている。

「ですが執務雑用等で忙しい事もあるでしょう?陛下におかれましては楽の音を聴けない事を残念がられる様子も見受けられましたので―――――」

一瞬だけにっこりと笑ったロジェノに、文官長親子の悪寒が最高レベルに達した。

「ある一定以上の大きい音は城中に聞こえるようになったんです。彼のお方のお取り計らいで」

素敵でしょう?と同意を求めるロジェノの表情は、今や暗黒面が支配している。


「さすが文官長殿。遠くの民にまで届く声をお持ちなだけあって、今やこの城で貴方様の言葉を知らぬ者などおりません!デーガ様もお見事、一字一句漏れ落ちることなく響き渡りました」

「なんっ…!?」

「一直線にこちらにいらっしゃったのは、ある意味正解だったと思いますよ?今頃サクラ様を怒らせた人物の顔を見たいと城中が賑わっているようですから。いやぁ、はしたなくて申し訳ない事です」

申し訳のもの字も感じられない言いよう。

どうやら彼も何か怒りを感じているらしい。たたみかけるように彼らが最も恐怖を感じる事態を突き付けた。

「こちらに配置された人員は全て、最終的に陛下の許可を得ている事はご存じだと承知で申し上げますが。あれでは彼を推薦した士官舎と入城を許可した陛下を愚弄したも同然ですよ。」

えっ、と驚いた表情からするとそんな事は全く頭になかったらしい。

顔色が、音が聞こえるのではないかというほどの勢いで青くなり、最終的に土気色まで落ちていく。


「――――― そんな!ただ奴は」

「そのつもりが毛頭なくても、残念ながら。そもそも彼の配置は皆納得ずくですし、真面目で働きぶりも良く信頼されている」

ガタガタと震えだした二人を横目に、控えていた御者に合図をして馬車のドアを開けさせる。

そしてロジェノはハッキリきっぱり彼らを睨みつけた。

「最後まで言わないと分からなのですか?貴方がたはご自分の発言でこの城中の人間を敵に回したんですよ」

「……!!!」

その後、二人は言葉もなく馬車まで動揺させながら去って行った。

城内でうっかり事故らないように、一応見送りながら完璧に一礼したロジェノの背後に双子の妹がひょっこりと顔を出す。


「カエルだったね」

「蛇に睨まれた蛙のようだったわ」

「嘘なのにね」

「騙されやすすぎでしょう」


部屋の音が城中に聞こえるという部分は嘘である。

ロジェノは堂々と双子と一緒に隣室で盗み聞きしていただけだ。


「兄様を怒らせるなんて相当!ていうか、あたしもあの言い方は無いなって思ったもん」

「当時を直接知らないサクラ様でも不愉快になるくらいだもの。言い回しに芸が無いし、発想が貧困すぎるわ」

「お前たち、後の仕事は?」

今待機中なの、と口をそろえる双子にやれやれとロジェノは肩をすくめた。


「カイエ様に万が一動きがあったら、ホタルがサクラ様と私達に知らせてくれる事になってるから」

「ほほう、まだ進展しそうかい?」

「兄様ったら、途端に生き生きするんだから」

「もはや病気ね。知っていたけれど」

「生きがいと言ってくれないか?」

あえて言うならば、下らない用向きで城を訪れる者たちを、あの手この手で追い返すのは、彼の仕事というより最早趣味だ。


「いやぁ、今回はサクラ様がビシッと意見を言ってくださっているからやりやすいなぁ」

「意外とヴェルザー様のこと庇うのね。兄様のことだから、お二人の仲がはっきりするまで我関せずを貫くと思っていたのに」

「まぁ、両陛下に先制フォローを入れられてしまうとね、無下にもできないし。というか、さっきの二人が苛めて下さいと言わんばかりに隙だらけだからいけないのさ」

はっはっはっ、と楽しげに城の中へと戻っていくロジェノ。

「……悪趣味ねぇ」

双子の妹は兄の面の皮の厚さを想像してしまい、同じ血が流れているのかとお互いに顔を見合わせた。



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