3 相性の悪い二人
意味深な再会から数日が立ったある日。
――――― コンコン
「姫様」
「なにかしら?」
「お客様がお見えになっていますが……っ!?」
扉を開け、わずかに息をのんだイージェの気配に反応して、一緒にいたヴェルザーがその横をすり抜けて部屋に入ると、彼もまた目を瞠った。
カイエの自室。
その窓辺に佇んでいたのは部屋の主と、見事な体躯と鬣のような白髪の男。
「ああ、ちょっと待っていて。すぐ済むわ」
「じゃぁよろしくな」
「自分で渡しに行けばいいでしょう?」
「あのチビスケ、こないだっから俺の尾を掴んだら中々離さねぇんだよ」
「ぶら下がるわけでもあるまいし…少しくらい遊んであげてはどうかしら」
「お前、女とはいえ子供の握力なめるなよ?結構痛いんだからな」
「今までも沢山子どもと遊んできたでしょうに。大目に見てあげて頂戴」
「甘やかすのは嫌いなんでね。じゃぁな、カイエ」
「またね、いつでもいいわ」
その言葉にヴェツレの長マグヴェスはニヤリと口の端を持ち上げた。
「夜でもか」
「必要なら。私は無いけれど」
カイエはニッコリと、ただし鉄壁の一線をうかがわせる隙のない笑顔で答える。
「つまんねぇ事言うなよ。サクラぐらい反応が面白けりゃ嫁にもらってやるのに」
――――― チャキ
それはごく僅かな音だったが、マグヴェスは横目で音をたてた方に視線をやった。
「おーおー怖いツラして。見ねぇ顔……でもねぇな」
その瞬間、彼の毛が逆立って膨らんだ。
「ここで何してる。俺のケツでも追っかけてきたか?」
「自惚れるな。あまりカイエ様に無礼な口をきくようなら容赦しない」
「人間の犬は大変だな、俺らのように自由がなくて――――― っと」
ヴェルザーの、お世辞にも細いと言えない剣が唸るのと、マグヴェスが窓の桟に飛び上がり、カイエが溜息をつくのがほぼ同時だった。
「やめて頂戴二人とも……今のは貴方が悪いわマグヴェス」
小馬鹿にするような笑い声を残して白い獣のような姿が消える。
「まったくもう、貴方も彼の挑発に乗るのはよしたほうがいいわ。疲れるだけよ」
「……」
振りぬいた剣を鞘に戻してもヴェルザーの仏頂面は戻らない。
無表情の彼がここまで酷い顔をするのも珍しい。
「昔何か揉め事でも?」
「……イージェ殿」
呼ばれた侍女が我に返って、慌てた様子でカイエを見た。
「カイエ様、お客様がお見えです。4国の文官長ダッタ様がキャステンの調整師を紹介したいと」
4国では楽器の製造が盛んだ。城で持っているのはそう数が多くないので今のところ専属の調整師はおらず、その時々で派遣してもらっているが4国から来る事が多い。
調整を行う前に顔合わせを行うことはこれまでにもあったが、次の予定はまだ先のはずだった。
「二人だけ?」
ごく短い質問に、イージェの顔が強張った。口を噤みかけたその隣でヴェルザーが扉を開け、彼女の代わりに答える。
「ダッタ文官長のご子息もご一緒です。どうぞ」
「嫌な予感がしたのよね。キャステンの事では断れないけれど、ヴェルが追い払ってしまうから面会を後回しにする口実が無くなってしまったわ」
何事もなかったかのように首を垂れる彼の、3国特有の赤み強い蜂蜜色の旋毛を一瞥。
「しばらく私の側に控えていてね、ヴェル」
「……正気です、か?」
あまりに予想外だったのか、慌てて顔を上げたヴェルザーは勢い余って舌を噛みかけた。
「私の発想を疑うなんて貴方くらいだと思うけれど」
「近衛はその発言権があります」
「譲りません」
ビリッとした空気が二人の間を走る。
先に視線をそらしたのはヴェルザーの方だった。
「いいわね。イージェ、ダッタ文官長たちをキャステンのある部屋へ案内して」
「本当によろしいんですか?」
伺うようにではなく、心から心配そうにしているイージェにカイエは微笑みを返した。




