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徒然日記帳2 ~歌う宿木  作者: 黒猫口笛
姉姫と騎士編
40/50

1 再会

カイエとヴェルザーのお話。



サクラとアルスランの婚儀に続き、懐妊…出産とおめでたいこと続きで揺れたレイファルカ。


日差しの強くなり始めた昼前の庭先では、バサムという黒い葉をした背の低い木が風に揺られていた。

面白い事に葉の裏側は薄紅色で、風の強い時ほどコントラストが美しい不思議な色合いが人気らしい。


サクラが首の据わったアミュを抱いてそれを眺めながら散歩していると、急に日が陰った。


「?」

「サクラ様」


男の声で振り返るときにはすでに遮る影は無く、代わりに膝をついて首を垂れるこ近衛の姿があった。

身に付けているのは近衛の中でも1の位、つまり王族に近しいところで警護を務める者の装身具で、サクラもその男に見覚えがあった。


「突然御前失礼いたします。こちらが落ちているのを見つけましたので」

「あら、いつのまに。ありがとう」


差し出された手には小さなハンカチを受け取りながらサクラは首をかしげる。

この服を身に付けている彼は記憶になかったからだ。

少し考えて、「ああ」とつぶやく。


「前は、1の国にいたね?」

「――――― 覚えていらっしゃいましたか」

驚いて上がった顔をまじまじと見つめる。

「うん、オーガスタと一緒にいるのを何度か見たことがある」


アミュをあやすように揺すり上げるサクラを見て、彼は少しだけ表情を緩めた。

とは言っても、少し目元が和んだだけで、それ以外は終始鉄面皮と言っていい。


「いつから城に?」

「は、それが ―――――」

「……ヴェル?」


声のしたほうを振りかえる瞬間、彼の表情が厳しくなるのをサクラは見逃さなかった。

そして「カイエ」という低い呟きも。


知り合いなの?と訊こうとして、すっかり注意をそちらに向けていた彼女は背後に近付く気配に気づかずにいた。

低空飛行してくる影。


「サクラ!」

「へ、わぁ――――!?」

「アル!?」

トェルに乗ったままサクラを攫っていく弟に、カイエが悲鳴に近い声を上げた。

「ちょっと危ないじゃないっアミュがいるのに!!落っことしたらどうするの!」

「ヘマすると思うのか?」


腕の中で楽しそうに歓声を上げる娘に、サクラは溜息をつかずにはいられなかった。

アミュは高い所が好きだ。

しかも、そこに両親がセットになっていると格段に機嫌が良くなるらしく、最近それを知ったアルスランは事あるごとにアミュを連れ出してはそこらを飛び回っている。

(この親バカ…)

先が思いやられてならない妻にはお構いなしに、三人を乗せたトェルはぐんぐん高度を上げていく。

「ヴェルザー!姉上を任せたぞ」

御意、という返事は聞こえたかどうか、その姿はあっという間に小さくなっていった。


「もう……」という文句とともに片頬を膨らました姉姫の前に臣下の礼をとって膝をつく大柄な男。

「久方ぶりでございます、カイエ様」

「そうね」


会話を打ち切るように吹いた一陣の風がバサムの葉を巻きあげていく。

ここで会話が続かないのがこの男の悪い所だ、とカイエは一拍置いて踵を返した。

話さないから自分から訊かなくてはならなくて、あれこれと詮索するようなハメになるのは嫌だった。

(大体今日も―――――)

気がついて振り返る。


「そう、いつから城にきて――――― っ!?」

「!」


思いがけず近い所にいた彼の上着を手が掠めた。ヴェルザーが目を見張る。

「失礼致します」

そう言いながら、胸元から取り出したハンカチを乗せた手でカイエの手をとると、彼はまじまじとそれを覗き込んだ。

上着には動きの邪魔にならない程度の装飾や金属のパーツを使っている部分がある。

それと当たって傷にならなかったか観察していた彼は、少しして詰めていた息を吐くと、指先を丁寧に拭き清めてそっと離し深く首を垂れた。


「お許しください」


なにを指して許しを請うているのか分かりにくい言葉だった。

普通なら手が掠めるような距離にいたことについてだろう。

「このくらい…」

言いかけた言葉は、カイエの喉の奥でわだかまりを残して消えていく。

「部屋に、戻ります」

無言で首肯したヴェルザーがそれにつき従った。



(なぜ、許すと言えないの)

宿木となった自分の前から姿を消した彼を。

突き放したのは自分だったのに―――――



『あのサーニャに誓って、私の心は貴女だけのものです……どうか忘れないで下さい!』

信じてほしいと叫ばれたあの言葉が、どれほど嬉しかっただろう。

だからこそ幼い自分には苦しかった。怖くなった。



一度も振り返らず自分の部屋に入る。

不自然に早足にならなかっただろうか?

扉が閉まる音に、視線にさらされて強張っていた背筋から力が抜ける。

手が震えた。

直接触れられたわけじゃないのに、確かめるように自分を撫でる指に目眩がした。


(現実なのだわ――――― 目の前に、あの人がいる)




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