おまけ
――――― コンコン……コンコン
しーん……
「ど、どうしよう…まさかまだ最中じゃ」
「だとしてもしょうがないんじゃないかしら」
「ええ!?だ、駄目よそんなの、悪いわ!」
「見てみたいような、そうでないような」
扉の前で立ち往生している双子。
なんてったって昨日から今日の昼まで、この廊下が関係者以外立ち入り禁止区域になる一大イベントが発生していたのだ。
サクラ命の二人にとって、テンションが上がることこの上ない。
「何やってるの?」
「きゃーっ!!」「サクラ様!?」
背後から声をかけられて飛び上った二人が慌てて振り返る。
「何故外に!」
「喉が渇いたから、飲み物をもらいに。二人ともいないんだもん」
「え、今このお部屋無人ですか?」
「うん。あ、さっきイージェが来て部屋を片付けて行ったよ」
「「ええ!?」」
イージェは古参の侍女である。ネスティアやカイエの周辺をお世話するのは彼女が取り仕切っている。
彼女曰く、「未婚の女性に初夜の後始末なんて刺激が強すぎて任せられません」ということだったのだが、双子は憤懣やるかたなしといった様子だ。
「ひどい、勝手だわ!せめて事前に言ってくれてもいいのに!」
「抗議してきます」
「そこまでしなくても…」
「「いいえ!」」
「サクラ様のお側仕えは私たちです!」
「ルール違反です」
どちらの言い分もわからなくはないサクラは返答につまった。
「……そんなに怒らないで。イージェに任せてしまったあたしにも非があるよね、ごめんね」
「「サクラ様は悪くありません!」」
「とりあえず何か食べたいんだけど」
はいっ!と息の合った返事をして双子がすっ飛んで行く。
「もー…」
ふと何かを感じて辺りを見回す。
「!!!」
向こうの柱の陰からこちらを窺っている人がいる。ロジェノだ。
「怖いから!」
「あ、すみませんつい」
ニコニコといつもの薄笑いで近づいてきたロジェノが、さっと膝をつく。
「そのご様子ですと、つつがなく(アルスラン様が思ったほど暴走せず)事がお済みになったようで。アルスラン様、ひいてはサクラ様にもお仕えする身としては喜ばしいことこの上ありません」
ロジェノの心の声が聞こえた気がしてサクラの口元が引き攣った。
「最初からシャルたちに教えておいてくれればよかったのに」
「いえ、あの二人のことですから挙動不審になることは目に見えておりましたので」
こいつ本気で面白がっていたクチだ、と目が半眼になるサクラ。
「少し前に戻られたアルスラン様は…」
「あー……アルは?」
「そんな投げやりにならないで下さい。ここ一番の面白い顔になってますよ?」
「ロジェノもつくづく変態よね…」
「いえ、別にムッツリじゃありませんから~」
「さっぱりした変態って、タチが悪いんだもの」
「ありがとうございます」
「褒めてないし」
ロジェノがさわやかに微笑んだ。
「アルスラン様は―――― まぁ、満ち足りた男の色気とでも言うんでしょうかねぇ。フェロモンが出すぎてました。あんなんじゃ何があったか皆にバレバレです」
「……いや、ダメでしょそれ!!」
「一応気を付けて頂くようには申し上げましたけど、キチンと頭に入っていたかどうかも怪しく」
「ちょっとちょっと、今から行ってきて見張ってて!」
「サクラ様がお諫めになったらよろしいじゃないですか」
「逆効果に決まってるじゃない!しかも絶対周りの目が生暖かいはず!」
仰るとおりですね~、と朗らかにスッとぼけているロジェノの胸倉を掴んで腹いせにガタガタ揺さぶっていると、双子が戻ってきた。
「お兄様、どうしたの?」
「またサクラ様に変な告げ口なさったんでしょう」
そのとおりである。
「あ、それよりサクラ様大変ですよ!聞きましたか?明日はお引っ越しです」
「……はい?」
「そうなんです。ついてはサクラ様の荷物など移動されるものを確認させていただきたいのですが」
「引っ越しって、誰がどこに?」
「「「サクラ様がアルスラン様のお部屋に」」」
「なにそれ聞いてない」
「申しわけありません、ついつい他の話にそれてしまって」
「ロジェノ…それいつ決まったの?」
「以前から話は出ておりましたが、先程陛下から許可がおりました」
「はぁ!?」
むすー。
「……サクラ」
むすー。
「サクラ、嫌いなものでも入ってたか?」
「違う」
「どうせ部屋を移すことでむくれてるんだろう」
「分かってるならどうして教えてくれなかったの?」
「戻ってから連絡が入ったんだ。寝台を直すように頼んでおいたと言ったろう」
デザートのカファグを刺した串を口に入れたまま、サクラの顔がきょとんとなった。
「直しが済んで明日納品になるんだ。思ったより早かった」
アルスランが目配せすると、給仕をしていた侍女たちが下がる。
「サクラは部屋まで送る。今日はもう全員下がっていい」
じいぃぃぃ。双子の視線が刺さる。
「…俺はそんなに信用がないか?」
「あ、いえ」「失礼しました」
「「ちょっと続きが気になって」」
「本当にお前たちはサクラが好きだな」
「いえ」「そんな」
「「アルスラン様には及びません」」
今度はアルスランが面食らった。
その顔にサクラとロジェノが吹きだす。
「お前たち、失礼になる前に」
「はい、ではサクラ様」「明日は少し早めに伺います」
「うん、おやすみ」
「「おやすみなさいませ」」
3兄妹が下がるとアルスランが呆れたように呟いた。
「どうしたんだあの二人。気合でも入ってるみたいだったが」
「あー可笑しい…あのね」
昼の一件を話すと苦笑しながらアルスランが手招きした。
サクラはカファグの皿を手に歩み寄ると、アルスランが長椅子の方に移動する。
「お前は好きだな、それ」
「うん」
酸味がやや強めの爽やかな甘さがある柑橘系のカファグは、今が旬で味が濃い。
「一つくれ」
串を置いてきてしまったので取りに戻ろうとすると、腰を引き寄せられてアルスランの膝の上に降ろされる。
「手でいい」
「…甘ったれて~」
「ほら、早く」
一つ摘まんで口に放り込むと、アルスランがくつくつと笑って目を細めた。
「もう一つ」
「美味しいよね――――― ってこらっ」
カファグと一緒にサクラの指を舐めてまた笑う。
「お前の指も美味いな」
「うう…」
手首を捉えて指に垂れる果汁を楽しげに舐めとっている。
ホントに部屋に返してもらえるか不安になってきた。
「ベッドって、大きくするって言ってたやつでしょ?」
「ああ…お前と身を寄せ合って寝るのも悪くないが、落っこちたら困るし」
「そんなに寝相悪くないよ」
――――― にこ、とアルスランが珍しくさわやか笑顔を見せた。。
「……ああ、はい、みなまで言わなくていいです。落ちるかもしれませんね、何かの拍子に」
「そうだな」
皿を取り上げてサイドテーブルに置くと、サクラの肩を抱き寄せたアルスランはサクラの髪に頬を押し当てて深呼吸するように深く息を吸い込んだ。
「明日が待ち遠しい」
「離れ難い?」
「ああ……」
膝の上に座っていると、目線が同じくらいになるから嬉しい。
ちょん、と頬にキスをするとアルスランが蕩けるように笑う。
可愛いなぁ、と思いながら唇で触れていくと、少し困ったような顔が下にある。
(……なぜ下?)
「押し倒すなら明日にして欲しい、是非」
「うわわわわっごめんね!?」
勢いよく飛びのくとアルスランが笑いを堪えながら身を起こした。
「そろそろ部屋まで送る」
「うん」
部屋を出てすぐ、サクラはアルスランの袖を引っ張った。
「ねぇ、こっちから行こう?」
「どうした?」
「こうしてあの部屋に送ってもらうのは、もう最後なんでしょう?」
かくり、と首を傾げる姿にアルスランの表情が和らいだ。
「そうだな、少し遠回りしていこう。寒くないか?」
そう言って腕を差し出すと、サクラが自分の腕を絡めて寄り添う。
二人で歩く姿は睦まじく、城の者たちは出来るだけ邪魔をしないように見守った。
◆・◆・◆・◆
その後、アルスランとサクラの婚儀はクウォンジにが乱入するというハプニングがあったものの、つつがなく行われた。
サクラは初めての家族に感無量となってしばらく皆に宥められていたが、唐突に笑顔で「次は赤ちゃんだ」と言い放った。
それに対しアルスランは「せめてもう少し二人きりの時間を過ごしたい」と返したという。
クォンジからは「子供が見たい!」という声が上がったが、果たしてどちらの希望が叶えられたのか―――――
「わぁーわぁー」
「ちょっとアミュ、見えないよ」
「良いじゃない!あたしの番なんだから」
「二人とも喧嘩しないで、逃げたりしないから」
「お父様!よく見えないから膝を借りてもいい?」
「ああ、おいで」
「アトラス兄様ずるーい!」
「アミュ様、あんまりおはしゃぎになると、妹君がビックリしてしまいますよ?」
「…はぁい」
「母上たちは?」
「ネスティア様は少しお休みになってから、もう一度いらっしゃるそうです」
「その頃には陛下も慌てて帰ってくるんじゃないでしょうか?さっき塔から伝令を出しておきましたので」
「わぁー」
「さっきから、わぁーしか言えてないよ、キラ」
「うん…だってアミュもそうだったけど、ちっちゃいんだもん」
「ね、いつの間にか大きくなっちゃうの」
「髪は俺とおんなじかな。早く目を開けないかなぁ、何色なんだろう」
「可愛い」
「うん」
「ほらほら、皆さまそろそ戻られませんと」
「「「ええー」」」
妊婦用にあつらえた一室に柔らかい日差しが降り注ぎ、笑い声が響く。
寝台で皆に囲まれているのはサクラだ。上半身を起こし、腕に生まれて間もない赤ん坊を抱いている。
その隣に寄り添うように座っているアルスランと、その膝に座る長子のアトラス。母親譲りの紫銀の髪で、紺碧の瞳を輝かせている。
反対側には第二子のキラと第三子のアミュが並んでいる。
キラはネスティアやリクトに似た秋の稲穂を思わせる柔らかい黄金色の髪に、琥珀の瞳。アミュは父親譲りの黒髪と家族の中で誰よりも明るい翡翠の瞳。
その周りでは、そのどれもが愛おしいと言うような表情でリュカ、シャル、ロジェノが見守っている。
「サクラ、具合はどう?」
部屋をのぞいたのはカイエだ。紆余曲折の末ヴェルと結婚した彼女は、忙しい合間を縫ってちょくちょく遊びに来ている。
「もう少ししたらリクトがヴェルとティナとオーガスタを連れてきてくれるんだけど、それまで起きていられるかしら」
「大分うるさくなりそうだな……」
「えー、じゃぁやっぱりここにいたい!会いたいもん」
「僕も!」「私も!」
きゃあきゃあとはしゃぎ出す甥っ子姪っ子たちをよそに、カイエはサクラの元にやってきて赤ん坊の頬をそっと撫でた。
「さっき、皆様来てらしたんでしょう?」
「わかりました?もう産んでへとへとだって言うのに飛び込んできて」
皆さま、というのはクウォンジの事だ。
「その時少し目を開けたんですけど、どうやら目の色はアルやカイエ様と同じのようですよ」
「まぁ、この子も宝石みたいな子ねぇ」
「それにしてもさっきは大変だったな。なんだか知らないがサツキがえらくこの子を気に入って離れようとしなくて」
「お嫁さんに欲しいって言うんですよ」
「ええ!?」「駄目だよ!」「絶対駄目!!」
一斉に抗議し始めた子どもらにアルスランが面白そうに問いかける。
「どうして駄目なんだ?相手はお前らの大好きなサツキだぞ?」
「大事な妹だぞ!最初っからツバつけようなんてズルすぎる!」
「まずは僕たちのお許しが出ないと駄目だよ。それからお父様で、最後がお母様」
「初めての妹なのにどうしてサツキ様に取られなきゃいけないの?そんなのイヤっ!!」
「……お前たちは本当に良い子に育ってるよ。サツキも負ける」
「お、面白すぎてお腹痛い…」
産後の体に響くほど笑っているらしく、泣き笑いの顔になった母親に子供たちが食い下がった。
「ねぇお母様!駄目って言って下さったわよね?」
「いくらサツキ様とお母様の仲でも、それはないでしょう?」
「お母様ってば笑いすぎだよ」
「ああ…うん、そうね。約束はしなかったわ」
「どういう事かしら?」
首を傾げたカイエにサクラは微笑んだ。
「きちんとお友達になって、恋をして、ずるいことなしでお互いが必要な存在になるのだったら考えてあげるって言いました」
「「「えー!!?」」」
「もちろんお前たちの言うように、色んな人に許しをもらわなきゃいけないことは覚悟しておくようにと言ってあるぞ」
ぶーたれた子どもたちをベッドに上がるよう手招きして、それぞれの頭を撫でる。
「貴方たちだって同じよ。大事な人はいつ見つかるか分からないんだから」
「……」
何を思い出したのか、穏やかに、しかしながら遠い目をする父親をよそに、子どもたちは色めきたった。
「お母様にはお父様がいるように?」
「あたしもお父様みたいに一途で素敵な人が現れるかな~」
「アミュ、一途って意味分かって言ってるの?」
「分かってるわよ、ロジェノが沢山お母様たちの話をしてくれたから。お父様みたいな人のことを言うに違いないわ」
「……」
ものすごく渋い顔をしたアルスランにサクラとカイエが笑っている。
「だから、いつかサツキが現れても理不尽に意地悪しては駄目だよ」
「ん、分かった」「手加減するよ」「自分がされたら嫌な事はしないわ」
「良い子ね」
その言葉に反応するように、ぱちりと腕の中の赤ん坊が目を開いた。
「わぁ…」
目の中が殆ど琥珀色で埋まっている。家族みんなに覗き込まれてビックリしたのか目をパチパチさせた。
「見えてるのかなぁ」
「この子の名前なんていうの?」
「ミレヴィです」
「「「ミレヴィ」」」
唱和するように声が重なる。
ほにゃ、とミレヴィが笑った。
「きゃー可愛いっ」「お兄ちゃんだよ、ミレヴィ」「お、手を振ってる」
一瞬にして周りがデレデレになったところにリクトたちが参戦した。
「うわ、なにこの人口密度」
「サクラ様~おめでとうございます!」
沢山の花を抱えてやってきたティナとオーガスタ、ヴェルに歓声が上がる。
「はい、君もおめでとう」
「ありがとう。わざわざ悪いな」
「君たちの子供のためならなんのその。やー可愛いねぇ、ちょっとおでこがアルスラン似かな」
「そうか?口はサクラに似ていると思うんだが」
「それにしても4人目かぁ、君頑張りすぎじゃない?」
「う…」
「はじめは子供なんて当分要らないなんて独占欲丸出し発言してたのにね」
「殴るぞ」
希望がかなったのはサクラ。
幸せなのだからもう何も言うことはない、とアルスランは微笑んだのだった。
これにて後日談を終了します。皆様最後までお付き合いいただきありがとうございました。




