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紅葉

R15の線引きを使い分ける作家様を尊敬します。今回はもういっそ月光さんのお世話になったほうが書きやすかったのかもしれない・・・(汗)


季節は紅葉の盛りを迎え、手足に寒さが感じられるようになっていた。

紅葉といっても赤や黄に限らないファルソルドの森は、木々の並びによって一言では言い表せないほど彩られ、それを目当てに観光で訪れる者もいるほどだ。


サクラとアルスランは「あ」っと言う間に婚儀の予定が組まれ、それが公表されると祝辞を述べる人々が押しかけた。

多数の人間に囲まれると生来の人見知りを押さえつけるために異常に気力を消耗してしまうサクラは、ここのところ部屋に戻るとブツリと糸が切れたようになってすぐ寝てしまう。

今日もアゴラスに促されてヘトヘトになりながら部屋に戻ると、いくらもたたないうちに扉が叩かれた。

「寝支度は?」

「これからするところ。アルスランお茶でもどう?」

「いや、これから父上に報告に行って、明日の相談をするから」

戸口に立っているアルスランに近づくと、頬にキスされた。同じように返すと笑って大きな手が頭を撫でた。

「おやすみ」

「うん、アルスランも早めに寝てね」

挨拶を交わしてアルスランは行ってしまう。

ここのところ、こんな感じでアルスランは部屋に入ることがない。よっぽど忙しいのは分かるのだが、せめてキスくらいもう少しゆっくりしていってくれないものだろうか。

「……って何考えてんだアタシは」

『サクラー』

ドスドス、と寝室で音がして、部屋をのぞくとサツキとキサラギがベッドを陣取っていた。

「どうしたの?珍しいね二人が一緒なんて」

『だって、これから当分添い寝が出来なくなるかもしれないんだろう?』

『アルスランと一緒は嫌だし』

『明日彼が勢い余って部屋に踏み込んでもいいように、一応気を遣って今日来たって訳』


「なんで明日踏み込んでくるの?」

きょとんと首を傾げた可愛いサクラに、ベッドの上の二人が顔を見合わせた。

今日の二人は三人で寝ても狭くならないように、普通っぽい狼のような姿と一般的っぽい猫の姿をしている。

サツキが気の抜けた感じに倒れこんだ。

『……気付いてなかったか』

『ええ~それってどうなの?絶対一回は聞いたことがあると思うよ。あーやだなーもしかして黙って見てたほうが面白かったのかも』

『帰るか?』

『帰ったら、添い寝の機会当分先だよ?』

それを聞いてキサラギがちょこんとお座りをした。

「ちょっと待ってて、着替えてくるから」

「サクラ様、どうされました?」

「あ、大丈夫。キサラギとサツキが遊びに来てるだけだから。もう寝るね」

「足ります?もう一つ寝台を持ってきましょうか」

変なところに気を回す声に、サツキが笑う。

『まぁ座りなよ双子。面白いことを教えてあげる』

何のことだろうと寝室をのぞく二人のうしろから、さっさと着替えたサクラも入ってくる。

「どうされました?」

すと、と備え付けの簡易椅子にリュカが座り、シャルもそれに倣う。その物怖じしない所を割りと気に入っているサツキはクツクツと笑い声を響かせている。

「ねぇ、どうしたの?教えて?」

「……」

静かに思案しているシャルの前でキサラギも寝そべり始めた。

「キサラギ様、まさか……私たちが来る前に誰か来てませんでしたか?」

ぱたぱた、と尻尾が揺れる。

正解らしい。

「……アルスラン様?」

『当たりー』

「来てたけど。ていうかここのところ朝と夜くらいしか会えないんだけど」

ガッターン!と二人が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

「き、きた!ついにきた!?」

「キサラギ様、よもやここ何日か来ていた訳では」

『今日で三日目』

「「サクラ様!!」」

悲鳴のような声で名前を呼ばれてサクラが肩をすくませる。

「え、え、え、なに?」

「どうしてもっと早く教えて下さらないんですか!!」

「リュカ、この場合3日のうちどの場面にも遭遇しなかった私たちも運が悪いと思うの」

「はっ!この事態を兄上が知らない訳がない!という事は、いつ気付くか観察されてたんじゃない!?」

「……ありうるわ」

「最低!!性格悪すぎ!!」

どうやら興奮と困惑と、だいぶ焦った感じのリュカにサクラは捕まった。

「どうして!完璧なプランを練っていたのにこんなに時間がないなんて!ひどいじゃないですか!」

ガクガクと揺さぶられて視界がぶれる。

「ちなみに、ここ3日の夜のご挨拶はどのような」

「んー…?額とかほっぺたに、ちょんってするだけ」

かくーんと双子の肩が落ちた。

「そこまで言って気付かれないなんて…」

「アルスラン様可哀想…」

「まあ、常日頃の仕込みは欠かしていませんのでなんとかなると思いますが」

「ええ~あと2日ですよ~も~」

「ともかく私たちはこれから作戦を練りますので、お三方はなるべく夜更かしをせず速やかに寝てください。サクラ様、明日の起床は少し早めになると思いますので」

「そう?分かった。お休み」

「「おやすみなさいませ」」

二人が行ってしまうと、サクラは困ったように二人を見た。口を開くより早く、キサラギが目を瞑ったまま一言。

『三日目』

『後2日、そして夜の挨拶』

『添い寝に気を遣う理由』

『別にいいんだけどさ、アルスランだったら。二人に子供が出来たらそっちにしようかな』

『いいな、それ』

「―――― あ」


一つ浮かんだ、手紙の文章。

―――― もし殿方から夜の面会のお申し込みがあったら気をつけねばなりませんよ。それが5日間続いたら、その殿方は貴女との一夜を望んでいて、貴方はそれを許したことになるのですから。

まぁ、これもそろそろ古いしきたりかもしれませんが、男女の仲では暗黙の了解なんですよ、とその文章は続いていて。

―――― 始めは額へ。2日目、3日目は頬へ。4日目は唇へ。5日目は全てに口づけを許すのです。


「誰なの、そんなバカなしきたりを定着させた奴は……昔の人ってアプローチの仕方おかしいんじゃないの!?」

ぼやいて頭を抱え、ばたりと横倒しになったサクラの足元にキサラギが座りなおす。

『思い出したのかい?』

「分かったけど……気のせいとか、たまたまとか」

『えー、婚儀の予定がある二人が気のせいはないと思うな』

「そんな!」

『サクラはそういう思春期をわれらと過ごした故、対応に少々支障が出ているのでは?』

「なにそれ酷くない……?」

アルスランの仕事も忙しそうだし、部屋だっていまだに別だし…と何のかんのと理由をつけてしまうサクラ。

しかし考えてみれば、今までに婚前交渉をしないと宣言された事はない。してはいけないという掟もない。

傍から見れば「よく我慢したよね」と言われそうなくらいである。


「ど、どうしよう……」

『とりあえず寝よう』

『そうだよ、明日は双子が鬼のようにサクラを磨き上げると思うから、体力残しておかないと』

「いやぁぁだぁぁぁ」

悶絶するサクラを宥めすかしているうちに夜はふけていったのだった。


「「おはようございます!!」」

「……おはよ」

気合の入った双子とは反対に陰鬱な感じで返事を返すサクラを見て、リュカが悲鳴を上げた。

「目の下に隈が!昨日夜更かしされたんですか!?」

「うう…だって…」

問答無用で湯船に突っ込まれ、肌や髪を念入りに手入れされると、ますます「準備」という感じがしてサクラは眩暈がした。

しかし時間は無常にも過ぎ去っていく。

「どうしよう…」

大体格式ばってこんなことをしたら回りにバレバレではないか。こういうのはこっそり密やかに行うのが普通なんじゃないだろうか。

悶々と考え事をしていると、ふとあたりが静かなことに気付く。双子は何があっても邪魔にならないようにと早々に下がっていた。

ただし、どこかで見ているに違いない。

―――― コンコン

扉を叩く音が響く。

――――コンコンコン

(あああああどうしようっ)

それでも無視することは出来なくて扉を開くと、そこにいたのはやはりアルスランだった。

「どうした?」

「……どうしたって…その」

サクラの様子に気付いて、アルスランが笑う。

「やっと気付いたか」

「やっとって、じゃぁ、やっぱり……そう、なの?」

「それ以外にないだろう」

つい、と顎を捕らえられてサクラの真っ赤になった顔があらわになる。

「お前が欲しいといったろう。どんな意味ででもだ」

「でも、気付いたの、昨日の夜なのに―――― んんっ!」

唇への口づけ。

「…これで、後は明日を待つだけだな」

「ずるい!」

「ずるくない。延期にしてほしいなら今日扉を開けなければよかっただろう」

「誰一人その方法を教えてくれなかったよ!?」

アルスランが吹きだした。

「笑い事じゃないのに」

「そんなに嫌か?」

笑いを収めたアルスランの手が、サクラの髪にかかる。

「俺は……そろそろ我慢の限界だ」

「―――― あ、う」

羞恥のあまり口をパクパクさせているサクラに顔を寄せる。

「……明日の帯は俺にも解きやすい結び方にしておけよ」

低く甘く、耳に囁きかけられてサクラは目眩を起こした。

いつものように言葉が出ない。

「おやすみ」

「あ…お、やすみ…」

扉を閉めて、サクラはへたり込んだ。

一方アルスランはというと、こちらも負けず劣らず真っ赤になりながら超早足で自分の部屋へと歩いていった。



翌日の夜。


扉をあけるアルスランを見たサクラは、少しビックリしたような顔をした。

「アルのくだけた服装ってはじめて見たかもしれない」

生成りのシャツに、濃緑のズボン。普段ならそこに上着や飾り帯、帯剣もしていて隙がないという感じなのに、今日は襟元も緩んでいてラフな恰好だ。

扉の表側に何かしてから閉めると、内鍵をかけた。

それだけで緊張が高まる。

サクラはというと、若草色の服に銀の帯を締めていて、その形は「花結び」と呼ばれる房の多いリボン結びになっている。

「昨日の今日で、腹を括ったのか?」

「ジタバタしてもしょうがないし」

クスクスと笑いながら近づいてくる気配。

「それに…ものすごっく恥ずかしいって言うか照れるというか…でも嫌とは違うの。自分が全部、アルのものになるんだと思うと嬉しいから」

見上げると、少し手前でアルスランが佇んでいる。


真顔。


「………あの、きゃぁっ!」

前触れもなく体を抱き上げられて、明かりを最小限に落とした寝室に運ばれる。

「ア、アル」

「お前は本当に、俺を煽ってどうする気なんだ」

言いながらサクラをベッドにゆっくり降ろすと、引き寄せられるように口づけてくる。そして、そのまま離れられなくなって身を重ねた。


唇も視線も肌も、吐息さえもただただ甘い痺れを生み出して、頭の芯を溶かし体中を火照らせていく。

もう目の前の人のことしか考えられない。

もっと自分の名前を呼んで欲しい。自分だけのことを感じて、求めてほしい。


「サクラ、俺はとっくにお前のだ」

耳元で囁きかけられて、サクラの腕が震え少し背が仰け反る。

「……嬉しすぎて、おかしくなりそう」

熱で潤んだ瞳を、余裕の薄れた甘い光を湛えたアルスランのそれが捉えた。

唐突に、嵐のように訪れる羞恥にサクラが身を丸めようとする。

「こら、逃げるな。自分で言ったろう……全部愛させろ」

「うー……恥ずかし……あんまり見ないでよ…」

「駄目だ」


全てを与えたい、受け入れて想いを知りたい。

ただそれだけで少しも余裕はなくて。


愛おしい。

その言葉をかみ締めるように、二人はお互いの全てに口づけを許し合う。



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