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盛夏


季節は夏も盛りなころ。

とはいえこの国の夏の暑さに苛烈さはなく、からりとした空に木々の緑が眩しい。風が吹けば葉が音を立てて擦れ、爽やかな香りに包まれる。

この数日、国庫を預かる大臣職のマージが娘のフージアと息子のゼノを連れてやってきていた。

このふたりは何回か城を訪れたことがあり、かなりの秀才振りを発揮していた。

いずれアルスランの元につくであろう、有望株の兄妹である。


バターン!とどこかで扉が荒々しく開いた音がした。

その途端廊下に響く声に、マージは神経質そうにピクりと眉を上げる。

「サクラ様か……何かあったのかな?」

更に王子の声も聞こえてきて、どうやら二人が言い合っているらしいと分かる。

「お前たち、あまり雲行きがよくないようなら仲介して差し上げなさい」

「はい、お父様」

交渉ごとなら自信のある二人は意気揚々と頷いた。

文官の集まる部屋を出て、1階から2階へと吹き抜けのある場所まで移動して階段脇へ向かい、まずは会話を聞いて情報を収集しようと様子を伺う。

声は2階からするようだった。


しかし。


「集中できないって言ってるじゃない!」

「一緒に言った方が効率が良い」

「だったらトェルと一緒に少し離れててよ」

「キサラギと一緒だとトェルが静かになりすぎる。トェルはお前のこと気に入ってるから一緒に乗っても文句は言わないぞ?」

「地図を描くと時間がかかるの。いくらなんでも疲れちゃうじゃない。可哀想だよ」

どうやら、地形配置図の測量についてらしい。

これはもともと行われていることだが、飛行可能な馬の数が限られているので中々思うように進められていない。最近は散歩と称してクウォンジが遊び誘うのに乗じてサクラが独自に行っている。

測量のことなら、と話に入ってとにかく二人を落ち着かせようと思った矢先、とんでもない言葉が聞こえてきた。

「っていうか!あたしがの理由はそこではなく!アルと一緒にいると集中できないっていう事なの!」

「意識しすぎだろ」

「ちがう!!アルは触りすぎ!!」

真面目な兄妹は固まった。

「だいたい後ろに座って支えてくれるのはいいよ。でもギュウギュウ抱きしめられて髪とか耳とかあちこちイタズラされながら地図書ける訳ないでしょ!!こないだなんか、あんまりひどくてペンを4回も落としたんだよ分かってた!?紐付けてあるからってす、ぐ拾ってくれないし!!」


何がひどかったのだ。内容だろうか、頻度だろうか。


答えないアルスランに苛立ったような足音が始まる。

「とにかく!あたしは昨日見つけた2の国との境にある倒木と、その先の地割れを見に行きます!」

突然話の風向きが変わる。やや問題が深刻だ。

この国は、ときどき地形が変形する。クウォンジの采配とも南側にある海底火山が原因とも言われているが、真偽のほどは定かではない。

話しながら奥の執務室の方から現れた二人を階下の目が追いかけた。


「サクラ」

「……」

すたすたすた。

「サクラ、顔が赤いぞ」

「知ってるよもう!!怒ってるんだからね!」

「怒鳴るな。嘘をついた事なら謝っただろう?」

サクラの機嫌がこじれている理由が更にあるらしい。

二人の姿が更に角を曲がって視界から消える。

「すっかり信じてたのに。花簪の約束を交わしたら、み、見える肌は好きにしていいだなんて……お陰であたし、この夏ずっと長袖で過ごして痩せたんだから!」

「律儀に俺のいないところでもやるからだろう」

「アルが神出鬼没だからです。そしていつでも触るからです」

「もったいない。ただでさえ触り心地が良くなるよう食事を指示している所なのに」

「指示とかどういう事なの……新陳代謝が良くなりすぎて脱水症状を起こしかけました!」

おかげで嘘がばれたのだが。

その時のロジェノと双子侍女の顔は忘れられない。


「そのわりに肌ツヤはいいな」

「……っ!!」

少しくぐもったような声がして暫らくの沈黙の後、スパーン!と景気の良い音が響いた。

「朝っぱらから舌を入れるなんじゃなーい!!」

「まったく……寝起きの寝惚けてる時は可愛くおねだり出来るくせに」


――――― バチーン!


だだだだだ、と足音が戻ってきてサクラが鋭角に回れ右をすると一気に階段を駆け下りてきた。

「きゃぁっ!サクラ様!?」

背後に回られたフージアが悲鳴を上げた。

「助けてフージア様!あの人最近ちょっと意地悪なんです!あと手加減がおかしいんです!」

「私には無理です!」

「そんな~先日のお手紙では援護を引き受けてくださったじゃありませんか」

「てっきりお手紙の内容が誇張されていると思ってしまったんです!まさか現実の方が酷いなんて!」

「ほう、どんな手紙か気になるところだな」

ギクリ、とフージアが身を強張らせる。

二階の階段の手すりに身体をもたせ掛けたアルスランは妙に色気があってフージアは直視できなかったが、よく見ることができたなら彼の左頬が赤くなっていた事に気付いただろう。

あわててゼノが眼鏡を押さえながら割って入る。

「アルスラン様!僭越ながら前回の訪問の際も申し上げましたが、あまりサクラ様からかいすぎるのはかえって逆効果かと」

「……ゼノ様~」

「サクラ」

嬉しさのあまりゼノに駆け寄ろうとしたサクラの足が止まる。

アルスランは笑ったままだが非常に声が冷たい。

「そっちに行ったらゼノを殺すぞ?」

「――――目が笑ってないんですが、アルスラン様」

「もちろん本気だ」

「悪化してるじゃありませんか!!」

何がって、アルスランの独占欲の話である。

「サクラ様、とりあえず死にたくないので私の手の届く範囲に立ち入らないで下さい」

「ううっ、味方がいない」

「うっかり手討ちにされたくないだけです。大体、此処に勤めている男性には『不用意に近付かない』、『二人っきりにならない』、『緊急事態以外のお触り禁止』のサクラ様三原則が浸透していますからね。サクラ様からも違反を招かないよう気を付けてください」

「はぁ!?なんでそんなことに!?」

ふっ、といい笑顔を見せるゼノ。

「アルスラン様の機嫌が悪くなる事例の統計を取ったら、最終的にそうなったんです」

「……何故そんな統計を取る必要があったの?」

「平和のためです」

「……」




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