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初夏

後日談、という名のサクラの外堀をみんなが埋めていく話。4つくらい書く予定です。


さてさて。

花祭りも終わって国中が落ち着きを取り戻した頃。

まことしやかに囁かれる噂。

『サクラ様とアルスラン様は、どうやら両想いらしい』

二人で遠乗りをする姿を見たとか、すでに花簪を捧げたらしいとか、王家の皆さまは満更でもないらしいとか。

しかし、アルスランを狙っていた人々はたまったものではなかった。彼がダメとなったら、リクト様は1の国のティナ嬢と良い仲という話で、王子側で打つ手がない。

とりあえずこの目で真偽を確かめようと先陣を切った者たちが軒並み返り討ちにあって毒気を抜かれていると聞いても、「きっと何かの間違いに違いない」と色々かこつけては入れ替わり立ち代わり王城を訪れている。


それぞれ馬車で入城してきたのは4の国の大店と、海上の警備を担当している父娘の2組。

――――― てくてくてく、と外を歩いている人がいる。

車窓から見えるその姿は時々樹の間を歩くようにして見え隠れし、ちょっと不思議な人だなぁ、と馬車に揺られていたうちの一人は思っていた。

それが視界から消えてから暫らくして、馬車から降りて城に入ろうとした時。

「失礼いたします、ちょっとお伺いしたいことが…」

「おお!これはロジェノ殿」

手厚く挨拶をしようとした2組を慌てて遮って、ロジェノが少し声を落とす。

「ここに来るまでに、サクラ様をお見かけしませんでしたか?」

「―――― は」

「あ、いえ、いいのです……どこに行ってしまわれたのか…」

それはまさか。

「あの、もしかして、本日のお召し物は水色の七分袖、ワンピースでいらっしゃいます?」

パッとロジェノのが明るくなった。

「そうです!どちらでご覧に?」

「あ、あの、城門の近くを歩いていらっしゃったのは、恐らくサクラ様かと…」

「―――― リュカ!シャル!ついでにホタル!外だ!!」

どこからか「ええ!?」というのと「いつのまに」「捕獲に向かいま~す」という声が聞こえてくる。

「ああ、お見苦しくて申し訳ありません」

「何かあったのですか?」

「いえいえ、サクラ様は大概城を自由に出入りされているので問題はありません。ただ、アルスラン様が戻っていらしたら、身柄を確保しなければなりませんので……でないとアルスラン様がどんどん不機嫌になってしまわれるのです」

ごくり、と息を飲ませる真剣な表情で語るロジェノ。

「そ、それは一体何故…」

「お聞きになりたいですか?」

ここまで来てしまったら仕方がない、と彼等は腹をくくる。

「お差し支えなければ是非」

ロジェノが口を開き変えたその時。


「―――― いたか?」

噂の人物が、限りなく不機嫌な声で割り込んできたので一同はビビってしまった。

何事もなかったかのように姿勢を正したロジェノが、さっと1人の女性を手で示す。

「間もなく見つかると思われます。こちらのお嬢様がお見かけされたそうで」

「ったくあいつはウロチョロと……双子が出し抜かれるのはともかくホタルは何をやってるんだ」

「どうやら先日贈られた香木の中にホタルの嗅覚をダメにするものが一本あったようで、医者に診せている間に」

「その香木、後で部屋に持ってきてくれ。……待たせてすまない」

吹き抜けの二階から降りてきた彼は先ほどの声が嘘かと思うくらい落ち着いた表情だ。2組の来訪者は慌てて膝を折る。

「あ、いいえ!本日はご報告にお伺いしただけですので」

最近、こういうパターンで身内縁者を引きつれて登城する者が多いらしく、門兵が「めんどくさい事この上ない」と嘆いているらしい。


結局、王位継承者はアルスランにと決定した。

カイエを推す者も僅かにいたが、彼女が13歳という若い時期に宿木と決まって以降、国政や執務から全く離れて過ごしており、本人も辞退した。

それが決定して以降、来客・面会・謁見という類では必ずと言っていいほどアルスランが絡まれる。

絡まれた方の眉間の皺は、深い。


「「はじめまして」」

唱和する二人の娘に少し頷いて、アルスランは親のほうに向き直る。

「海のほうは?」

「夏の海流は予定通りこちらへ近づいてますね。魚の色が変わりました」

それから風量や流通について少し話をしている間、娘たちは微動だにせずその様子を見つめていた。

ロジェノの背後にシャルが姿を表した。

「兄様」

「どうだった?」

「無事確保できました。どちらにします?」

「さすがに下じゃあからさまだろうね。上を通しなさい」

「かしこまりました」

す、と気配を消した彼女はまるで隠密である。


しばらくして、吹き抜けの二階通路から複数の足音が聞こえてきた。

「……もう…ちょっとみんなで遊んでただけなのに…」

「サクラ?」

「あ、アルスランお帰りなさい」

立ち止まった彼女のスカートの裾がふわりと揺れた。

本日の御召し物は、水色のシンプルなワンピース。七分丈の袖は二の腕あたりで一度絞ってあり、端に向かってふんわりと軽く広がっている。

下から見上げていた人々は慌てて視線をそらした。

その意味に気づいたリュカが努めて迅速に手すりからサクラを遠ざけようと引っ張る。

「……降りて来い」

誰かほかに人がいて呼ばれた時は、大抵自己紹介の機会だ。サクラが階段を軽やかに降り始める。

「「「!!!」」」

衝撃が走った。

サクラが花簪を耳の上に差している。

「お、お前、それ」

「これ?可愛いでしょう?今子供達の間で流行ってるんだって」

よく見るとサーニャではない色々な生花が差してある。

「……」

「はじめまして、サクラです」

彼女のお辞儀はゆったりとした、とても美しい所作だった。

つられるように2組の来訪者が自己紹介を始めると、サクラの表情が少し柔らかくなっる。

「貴女がニーナ様……お手紙ありがとうございました。お返事が遅くなって申し訳ありません」

自分の娘に向けられた花が綻ぶような微笑みに、アルスランに負けず劣らす鉄面皮の海上警備大隊長が目を見開いた。

「ま、まぁそんな……!こうしてお会いできただけでも光栄ですのに、覚えていただけているなんて感激です!」

彼女が話し出したのは、カイエが目覚めた折にサクラにもあてたものの事だ。

言わばついでのような手紙にもサクラは目を通し、ひとつひとつ返事を出していたのである。

しかし差出人まで覚えていたとは。

「ヒドイ字だったでしょう?自分でも下手なのは分かっていたんですけど、どうしても書いておきたくて」

「お元気になられて本当に良かったですわ。またお手紙をお出ししても良いでしょうか」

「はい、是非」

和やかな雰囲気で話す二人に、大店の店主の顔色がバツの悪そうな顔をしながら娘をつつこうとして、肘が空をきる。

「んん!?」

「さ、サクラ様!私も、その、良かったらお手紙を書かせていただきたいのですが」

「……本当?」

「本当です!」

きょとんと首を傾げて、その後すぐサクラの笑みが変わると、二人は顔を赤らめた。

おかしい、と父親たちは内心唸る。

アルスランに挨拶しに来たはずなのに娘たちはサクラに惹きつけられているように見えてならない。

かく言う親たちもサクラの言動に注目してしまっていたのだが。

「嬉しい!あ、ゴメンなさい。お話の途中だったのよね?では、私はこれで……イタッ」

「服の丈が短い」

今、まさにその膝あたりと思われる境界線を眺めていた大店の主人が慌てて視線を逸らす。

アルスランはサクラの頭を掴んでいた。手が大きいのかサクラの頭が小さいのか、とにかく掴みやすいので最近では得意技になりつつある。

「ちょっと、人前でこれはない…」

「お前が悪い。双子に言ってどうにかさせろ」

「たまには着てみようかと思ったんだけどなぁ……やっぱり駄目ですか?短すぎるでしょうか」

急にサクラに見つめられて二人の娘が慌てだす。

「ななな長さとしては、問題は、ないと思いますわ」

「…もしかしたらサクラ様の足が、というか膝下が長いのでは」

大店の娘、リリノが真剣に足元を見つめている。少しふくよかだが、利発そうな目の動きでサクラを頭から足先まで観察している。

「足は人並だと思うから靴のせいかもしれないですね。確か、足が長く見えるように工夫されてるって言われた気がする…」

「ええっ!」「どこの靴か教えて下さいます!?」

「「コラッ!!」」

思わずサクラに群がろうとしたところを、それぞれの親が慌てて叱り飛ばして娘たちは引っ込んだ。

それを尻目にアルスランが頭の上に置いていた手を滑らせてサクラの顔を引き寄せる。

まるでキスを落とすような仕草に場が硬直した。


耳元で何かを囁かれたサクラが見る見る真っ赤になってそこから飛び退いた。

「…そっ、そんなウソには騙されない!」

「早く行かないと追いつくぞ」

駆け出しかけたサクラが慌てて一礼し、階段をえらい勢いで上がっていく。

それを見たアルスランが吹き出した。珍しい光景に一同唖然としてしまっている。

遠くで「リュカ上着を出して!お願い!」という声が聞こえた。

「そんなに牽制しなくても、サクラ様の玉のお肌は私がお守り致しますよ?」

耳のいいホタルが手すりに肘をつきながらニヤニヤと笑っているのを見ないようにしながらアルスランが舌打ちする。

「さっき見失っておいて、よくそんなことが言えるな。お前も行け」

「は~い」

「そ、それでは私たちにこれで…」

「お忙しいところお時間を割いていただきまして」

とにかくサクラ第一というか、構いたくて仕方がないのがバレバレなアルスランに、本日の来訪者たちもあきらめたようであった。

彼がいなくなって、思い思いに溜息をついている。


しかし今日くらいならまだダメージが軽い方だ。

先日は言うことを聞かないサクラをお姫様だっこしているのを目撃されているし、その前はうっかり執務室で膝枕をしているところをご披露してしまっている。

それもこれも、ロジェノがタイミングを計っているのだが。

「箍の外れたアルスラン様はいい仕事しますね~。この調子で煩い外野を追い払って、サクラ様とちゃっちゃと婚儀を行って3人くらいお子様を授かってほしいですね」

楽しみ楽しみ、とニッコリ笑うロジェノは誰ともなく呟いた。



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