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徒然日記帳2 ~歌う宿木  作者: 黒猫口笛
ヴェツレの民と祭編
33/50

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やっとここまでたどり着けました。皆様ありがとうございます。ここだけ甘さ倍増。後日談と合わせてお楽しみいただければと思います。


少し前に祭りの終わりを告げる花火が上がった。

そう思って執務室にこもっていたら、いつの間にか日が沈んでいたらしい。

ロジェノが置いていった、軽めの夕食を食べた記憶が曖昧だったが、皿が片付けられている所を見ると食べきったのだろう。


仕事が全然進まない。


後始末や庶務ばかりで飽きてきているせいもあったが、昨日自分がしたことを反省付きで脳内再生しているせいもあった。

やってしまったものは仕方ないのだが、そのせいで気づけば上の空になっている。


(なんでこうも俺は……)


どうにも自分にイライラして、チラリと机の端に二つ並ぶグラスに生けられた戦利品のサーニャを見た。

その視線の奥でドアが薄く開いて銀紫の頭髪がひょこっと現れるのを見て思わず息を呑む。

向こうを見て、こちらを振り返ると訝しげな顔になる。

「……いるんだ」

「悪いか」

「ノックしたのに、返事が無いから」

何故か額を押さえたアルスランを見て、サクラはちょっと考えて扉を閉めた。

「なっ――――!?」

呆然としていると、暫らくしてもう一度サクラが顔を出した。

「入っていい?」

その手には、いつものタオルが入った陶器を乗せたトレイがある。

ちょいちょいと手招きすると、サクラが静かに扉を閉めて近寄ってきた。

「今日、部屋に行ったらホタルが留守番してたぞ」

ギクリ、とサクラの動きが止まる。

「どこ行ってたんだ?」

「……散歩」

少しぎこちないようだったが、サクラが訪れたことにアルスランは自分で思っていた予想以上に安堵した。

「散歩して、まぁ、なんというか内緒でこれ作ってた」

目の前に出された白い物体に一瞬焦点が間に合わずアルスランは少し仰け反ってしまう。

「……昨日ももらったぞ」

「昨日は、勝った人に上げるものだったでしょ?」

正確には薄紅色のそれは、サクラお手製のサーニャ。花弁の先に切り込みが入っており、フェスティの花びらのような形をしている。

それに茎代わりの細い串をつけてリボンで5本ほどの束にして結び、花火までに間に合うようにと城でお世話になって人たちに配って回っていたのだ。


―――― いつもありがとう。

そう言って渡すと双子はちょっぴり泣いて、カイエは黙って抱きしめてくれた。


「花火が鳴っちゃったけど、はい。あのね」

差し出すと、言葉を続ける前に手が伸びて1本引き抜かれた。

そのまま耳の上に差し込まれる。

「へ…ちょっと、あの」

「……こんなもんじゃ足りないんだがな」

とうとう手元に1本だけになった。

それには手を伸ばさず、指が頬を滑って離れる。

いつか見た甘い光が琥珀色の瞳に浮かんでいる。

「どうする?」

「どうって、どうするものなの?」

行動の意味はリクトが教えてくれた。

花の簪に込められているのは、恋心。

でもどう返事をしたらいいのかわからない。

「断るなら花を引き抜く。受け入れるなら、俺にその手にある花をくれ」

どちらか選べというのだ。

サクラはくるくると手の中の花をもてあそぶ。

「―――― そういうことなら、ちょっと抵抗あるけど」

ひょいっとサクラが手を伸ばしてアルスランのこめかみに花を差した。

その途端アルスランガックリとうなだれる。


「場所が違う!」

「あ、ごめんどこ?」

「普通に考えたって男は花を頭につけないだろ!どんだけ浮かれてるというんだ……基本は上着だが、でなきゃ普通にくれればいい。ていうか抵抗ってなんだ」

「え、ものすごく似合わないかと思って。でも可愛いよ」

「嬉しくない」

顔を両手で押さえて溜息をついている。

「…いや、嬉しいのか」

「うん?―――― わぁ、なに!?」

「なんだよ、逃げるな」

「近いから!」

「もう近くてもいいってことだろ」

じりじりとサクラが後ずさって逃げると、あっと言う間に壁際に追い込まれた。

「あんまり逃げると順番間違えるぞ」

「何の順番―――― っ!!」

(ひぃぃ――――!!)

ふんわりではなく引き寄せられるように抱きしめられてサクラは固まってしまった。

(うわ――――うわ――――うわ――――!!!)

恥ずかしやら温かいやら気持ちいいやらで頭がパニックになりそうだ。

(…でも、嬉しいのは一緒かな?)

確かめようと見上げてみると、目尻に口付けられた。頬、額、頭のてっぺんと場所を変えて、もう一度抱きしめなおすように腕に力がこもる。

(――――― うう~、なんでこんな自然に出来るんだろう……)

呻くような、細く長い吐息をアルスランが吐き出す。

「……さっき、ホントは保留って手もあったんだ」

「そうなの?」

「ああ。少し自信がなかった。言ったら絶対保留にされると思ったから言わなかった」

「…ズルイのでは」

「もうなんて言われてもいい。お前が俺を選んでくれたならそれで」


カイエや両親が言っていたように家族の新しい枝として、つまり養子として迎えてしまえばサクラとなし崩し的にこうなっていたかもしれない。

でも、彼女に少しでも多くの選択肢から自分を選んで欲しかった。選ぶ余地も無くただ目の前にあるものではなく。

(自己満足だ)

そこにマグヴェスが現れたのは予想外だったが、自分が余裕ぶっていたことに気付かされた。

サクラといると馬鹿になってしまいそうだ。

懐かれて嬉しくなって、調子に乗って、少し姿が見えなくなるくらいで、集中力が無くなって。


「アルにあの花をあげたらどんな顔するかなって思ってただけだったのにな。いつからなの?」

「その言葉そのまま返すぞ。俺は本当に色々含んで、昨日だって勢い余っての行動だったんだ。いつからだ?」

「きちんと考えたのは、今日」

「なに!?」

本当だ。それまで考えないようにしてきたのだから。

「アルは最初からあたしにも平等に優しかったのを覚えてる。初対面で腕輪を外してくれた時、訳が分からなかったけどホッとした」

「そんな事もあったな」

もうだいぶ昔のように思う。

「でも、大事な人を作るのって慣れてないから、考えなくていいうちは自分がどう思ってるのか整理しないようにしてたの。そしたらマグヴェスが変なこと訊いたでしょ?」

二人比べてどうか、と訊かれた。

「どうって訊かれて、どうして『好き』を選んだのか分からなかったの。でも、その後アルが、その、キスしたから……なんでそんな事したのか確かめたいような、確かめたくないような、とにかく凄い混乱して」

たとえばそれを確かめた時、返事を聞いたら自分はどうするんだろうと考えた。

「きちんと整理しないと、ずるずると甘えてしまいそうで、良くないと思って。そうしたら、出てきたのは………やっぱり、好きで」

アルスランの口調はぶっきらぼうで、優しさは一見分かりにくい。

でも、少し乱暴でも言葉より遙かに気持ちが分かりやすい態度が―――とか色々考えているうちに、心は決まってしまっていたのだ。

(さっき、『こんなんじゃ足りない』って言ったのにはびっくりしたけど……)


ふと、額に唇の感触。瞼や頬にそれが移って吐息がかかる。

(う……なんだろうこの感じ。慣れない感触なのに)

何故か懐かしい。

目を閉じるとそれをより強く感じる。

「お前が男前で助かった」

「―――― あ」

慌てて身体を離そうとしてもアルスランはビクともしない。次々に口づけを落としていく。

「やだ、まさか…ストップ!」

「…なに?」

「こ、これ、あたしが向こうで、宿木で寝てる間にしてた!?記憶にないんだけど、身に覚えがあるっていうか、なんか絶対大事なことを忘れてる!」

ふう、とアルスランが一つ息を吐く。

「あのな」

「なに!?」

「お前が眠っている期間に、力を分けてやるのになんとなく良さそうだったからそう(キス)した」

「なっ…なんで普通の方法を取らないの!ていうかいつの間に!」

「そうだな…多分、キサラギが起きだしてくる頃から」

宿木期間の半分以上ではないか。

「も、もしかして…アルって変態?」

「そうかもしれん。自分でもよく分からん」


ただ、あの頃は他の人が自分よりサクラを知っていて、なるべく接触しないようにしていたから当たり前なのに凄く腹が立った。

眠る姿を見つめながら、もっと知りたいと願った。

少しずつ知らされるサクラは頑なで、純粋で、どうして放っておけたのか自分でも分からないほど興味があった。

もう好きになってしまっていたのに、このまま目が覚めなかったらと思うと堪らなかった。


「とりあえず言えるのは、俺はもうだいぶ欲求不満だ」

「……え、なに、なんだって?」

「寝てる時はもちろん、起きたばっかりのお前に触りまくったら、それこそ変態だろう。だから、我慢した」

「あ、ありがと?なの?」

内容が不穏すぎる。

「もうキスしていいか?」

「お…思い出した…あたしの起きるときもしたって言ってた!」

「いいだろう、王の第2子だから王子だし。お前の言った三拍子揃ってたんだから」

大事な人、想う人、そして王子。

「ほら、降参だろ?」

「うう……んっ」

柔らかく言葉を遮られて、思わず目を瞑る。


与えられるまま、甘い感触に翻弄されているサクラに、アルスランは更にねだるように唇をついばむ。

「……ちょ、…ねぇっ」

トン、と胸を叩いても反応してくれない。

「いき…でき、ないっ!」

「ん?」

「ふはっ…あのね!」

慣れてないのに、と言おうとしてまたキスされる。

「もー無理ー!!限界!!」

「駄目だ。多少の手加減はしてやれるが、我慢はできない」

「でも…でも…いっぱいいっぱいなの!」

金緑の瞳が急に潤みだした。本当に何かが限界を超えたらしい。

「こんな、色々…嬉しいとかビックリとか、いっぺんに来たら」

「…泣くなよ」

「どうしたらいいか分かんないんだってば…」

パチパチと瞬きをすると涙がこぼれてしまった。アルスランの指がそれを拭ってくれて、サクラは瞳に涙を残したまま柔らかく微笑む。

初めて見る、可愛らしい、自分だけに向けた笑顔。

「―――― っ」

(……これを耐えろと?)

ひどい試練を与えられてアルスランは悶絶しそうになった。

「…アル?」

とりあえず。

「そう、とりあえず……明日もう一回、夢じゃないか確認するからな」

確認はほどほどにしてほしい。

そう呟いたサクラは、アルスランに再度ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。





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