酔っ払いの言い分
5日目。花祭りの最終日は闘技会も無く、ただただ祭りを名残惜しみ楽しむ日だ。夕方に上がる合図の花火まで人々は笑いに溢れる。
笑えてない人が、ここに一人。
「……」
何十回目か分からない溜息を、突っ伏したベッドに吸収させている。
ウジウジしたり、だらだら悩むのは嫌いだったはずなのに、昨日から何をしても上の空で考えがまとまらない。
なのであまり眠れていなかった。
コンコン。
ノックの音にサクラの身体が強張る。
「サクラ様~お昼ご飯いかがですか~?」
「…ごめん、欲しくない」
気の抜けたようなその言葉に慌ててリュカが入ってくる。
「昨日も珍しく召し上がらなかったじゃないですか!」
「やはり、どこか御加減が悪いのでは。お医者様に診て頂いたほうが良いのでは?」
――――― ずるっ、ごすっ、ドサァッ!
「ななななに!?曲者!?」
「ダタイマデすぅぅ~」
ホタルが窓にしがみつきながら入ってきた。
「ちょっとホタルどうしたの!?顔真っ赤だよ!?」
「はひ、さっきまで、長に付き合わされて酒場におりましてぇ」
酒臭い。耳は出てるわ目は虚ろだわ、よくここまで戻って来れたものだ。
「いつから?」
「ええっとぉ…」
時は昨日の夕方に遡る。
突然バチリと目が覚めたマグヴェスは右頬に痛みを感じて顔を顰め、そのせいで更に痛くなるという厄介な状態に呻いた。
「長!気付きました!?」
「おお、どれどれ」
とつぜんシワだらけの老人に覗き込まれて面食らう。
「吐き気や頭痛は?」
「……無いな」
「眩暈は?」
「無い。顔は痛い」
「気絶するくらい殴られて吹っ飛ばされたんじゃ。痛かろう」
開いた口に何かを放り込まれてマグヴェスは思わず噛み砕いた。その動きも傷に響く。
「っつ~、痛てて……ていうか苦い!何食わせた!」
「痛み止めじゃ。変なもんは使っとらんから安心せい。ただし酒は控えて、よく冷やしておくことじゃ」
デュラからもらった水で流し込むと、マグヴェスはしかめ面をホタルに向ける。
「どれぐらい寝てた?」
「2時間くらいですかねぇ。でも途中からマジ寝に入ってましたよ?イビキ凄かったですもん」
舌打ちして立ち上がる。
「おや、もう行くのかい?」
「腹が減った。お前ら、どっか美味いとこ連れてけ」
「え―――― !?」
「あと酒」
「こりゃ!酒は控えろと言ったばかりじゃぞ!」
「うわわわ長!勝手に行かないで下さい!あと耳!尻尾!」
「すみません、ありがとうございました」
闘技の参加者は治療費はタダなので、怒る街医者を無視して出て行く長を二人が追いかける。
「…仕方ありませんので私の行きつけの店に行きますが、飲んで暴れたら即叩きだされますから自重して下さい。出入り禁止は御免です」
「いいからさっさと連れてけ」
デュラが連れてきたのはそこそこ大きい酒場だ。
3人が入ると主人らしき男が奥を指差す。
「空いてるぜ。先になんか飲むか?」
「いつものと、料理を3人前」「…強い酒を瓶ごと」「発泡酒で!」
口々に言うのを聞いて主人が下がる。
ほどなくして若い娘が酒瓶とコップを置き、3人は思い思いに飲みだした。
何も言わずにどんどんと料理が出てくる。
「おっ、美味いな」
一口目で機嫌を良くしたマグヴェスは、次々と手を伸ばす。本当に腹が減っていたらしい。
「痛くないんですか?」
「いふぁ…(もぐもぐ)痛いが背に腹は変えられん。ッたくあの野郎思いっきり殴りやがって」
「吹っ飛びましたからね。普通なら丸1日は起きてきませんよ」
「っていうか、本気でサクラ様を連れて帰る気だったんですか?だったら死ぬ気で阻止しますよ」
「本気だったぞ」
口の端にソースを付けたままケロリと言われて、二人がガックリとうな垂れる。
「そんな発想、無邪気すぎる…長って、永遠の子どもみたいな時ありますよね…」
「過去形で良かった、と受け止めて良いんですよね?」
「そうでなかったらお前らは次に会ったとき率先して止めに入るだろうな」
「当たり前じゃないですか。サクラ様が嫌だって言ってるんですから」
ブツブツ言いながらホタルは揚げた魚を口に放り込む。
「新鮮な生肉はいかが?今日は鳥と鹿肉。魚もあるわよ」
給仕の娘が大きなトレイを器用に片手で差し出すと、無言でマグヴェスが皿を取る。
1枚、2枚、3枚。
4枚目を取ろうとした手を遮られて怪訝な顔をする長にデュラは首を振った。
「生は高いんです。程々に」
「切っちまったものは早く食わないとダメだろ」
「そうそう!祭りなんだから格安よ~遠慮しないでドンドン食べてね!」
ついでに2枚皿をテーブルに追加して娘が離れる。
「安心しろ、お前らには払わせないから。なんだかんだで稼いじまった」
「そうですよねぇ、最終まで残ったんですもんね~」
トーナメントで勝てばその時もらえる賞金があって、勝つほどに額が上がっていくのだ。
「それがサクラ様のためだったなんて、健気ですねぇ」
「…お前酔ってるだろう」
「おい、あんたたち」
気付くと何人かの男に囲まれている。ホタルとデュラは少し警戒して椅子を引いた。
マグヴェスは黙って皿を空にしていく。
「間違いねぇ、この男だ」
「闘技場で最終戦にいた、ヴェツレの男だろう?」
「だからどうした?」
男たちはマグヴェスの獣じみた視線に臆した様子はなく、コクコクと頷いて更に近寄った。
「……あんまり気を落とすなよ」
囲んでいた内の一人が労わるように空のコップに酒を注ぐ。
「サクラ様は、そりゃぁ特別素敵なお人だが、他にもいい女は街に一杯いるから、な!」
「あんなに思い切りよく公衆の面前で振られた奴は始めてみたよ。俺にも一杯奢らせてくれ」
「……おい、こいつらどうしたんだ?殴られたいのか?」
振られた、という一言に明らかに反応した長に、ホタルが青ざめる。
「お気遣いなく。とりあえず食べれば治りますので」
「いや!男にゃ酒が必要な時がある!!」
「今がそうだ!」
「えええ、ちょっと待って待って大丈夫だから」
慌てて追い返そうとするホタルに男たちが口をとがらせた。
「なんだよ失恋の傷は酒が一番だぜ?」
「なんだとぉっ!?」
ガターン!と勢いよく立ちあがった彼の背の高さに「おおっ!」と感心の声が上がる。
「酔っ払いは常識外の事でも、「怖い」ではなく「凄い」と感じるところが長所だな…」
冷静にテーブルを押さえていたデュラが軽く溜息をついた。
「マグヴェス様、暴れたら即料理取り上げられますから。……あなたがたも一緒にこちらで飲みませんか?」
「こらぁ!俺はこんな奴らに慰められたいわけじゃねぇ!!」
いそいそと椅子を引き寄せた男は6人くらいに増えている。
「ちょっと、大丈夫なの~?」
「まぁ、何事も経験。手がつけられなくなったら昏倒させればいい」
「どっちをよ」
「つーか失恋じゃない!!嫁に決まらなかっただけだ!」
「俺もなぁ、結婚までいきかけてダメになった女がいるよ…」
そうだったのかとか、お前もかとか勝手に言い合う男たちに憮然としてマグヴェスが座りなおす。
「まずな、サクラ様は決断力も行動力もある、どっちかって言うと腕っ節はともかく芯は強い女性の部類に入るだろう?初めて今日アンタと怒鳴りあう姿を見たが、ありゃあいけねぇよ」
「ああいう一本芯が通ってる人にゃ、作戦考えねぇと。いきなり嫁になれ!じゃぁ、そりゃ驚くさ」
「いや、でも腕っ節が強い男に弱い女性は結構多いだろ?」
「人によりけりだよ!馬鹿だな~」
「…あのさぁ…明日の夜、彼女に呼び出されてるんだけど、どうしたらいいと思う?」
こっそり隣の男に話しかけた若者の声に、ぐりっとみんなの視線が集まる。
「頑張れよ」「無難にな」「チャンスだぞ」
「首尾よく押し倒せよ」
「ムグ、ちょ、マグヴェス様!ずっと黙ってたのに開口一番がそれってどうなんですか!!」
「ていうか幸せな奴はここにいたらダメだろ。ここは心の汗という名の男の涙を拭う会だ。向こうで飲めよ」
誰が付けたのか知らないがうっとおしい命名である。
「一人で飲んだら寂しいじゃないか!」
「村にもいるよな、ああいう奴ら…」
げんなりとした感じで呟くと、マグヴェスは店主を呼び寄せた。何やら話をつけている。
「ちょっと多いんじゃないか?」という店主が手で追いやられて、暫らくすると酒樽を転がしてきた。
ホタルが呻く。
「げげ!!」
「おう、お前ら!今日は旦那のおごりだ、遠慮せず飲め」
ドン!と置かれた酒樽にどよめきが起こる。柄杓を渡されたマグヴェスがビッと幸せな奴代表を指した。
「まずお前からだ!ほら持て。景気づけに一杯いけ」
無理やり飲ませて自分もカラにするとダン!とテーブルを打つ。
「飲み比べだ!俺に勝てる奴がいるか!?」
「おっしゃ!やってやろうじゃねぇか!」
やんややんやと喝采が上がって立ち上がった二人が勢いよく酒を飲みだした。
その横でコソコソと「もう帰りたい」とホタルが身を屈めている。
「面倒が起こったらホタルが外野担当、俺が長担当だからな」
それから更に周りを巻き込み、樽をもう一つ追加して酒盛りは続き、気付けば朝を過ぎていたという。
「マグヴェスは?」
「ええ~と…待ちきれなくなったみらひれ迎えがつれれかえりまひた」
その一言を最後にホタルがベッドに倒れこむ。
「大丈夫かな…」
「あ、そだ…したにデュラおちてるのれ、だれかひろってあげてほしいれす…」
「えっ嘘!」
慌ててベランダから下を見てみると、かろうじて投げ出された足が見える。
まるで殺人事件のようだ。
「兄様に叱られてしまうわ!っていうか無事なのかしら?」
「わたし、隊舎に行って拾いに来てくれるよう頼んできます」
「というか…様子を見に行ってもらえる?あたしが行こうか?」
「大丈夫です!サクラ様、これ食べれたら食べてくださいね!置いていきますから!」
シャルと一緒にリュカも走っていく。
「もう…こんなになるまで一緒に飲まなきゃいいのに」
しかしビックリしたせいかちょっと気分が晴れた。
すでに寝息をたてはじめたホタルの頭を撫でると、いつものお日様のような香りの変わりに酒の匂いが漂ってくる。
「もー」
ホタルの反対側から掛け布団をめくって巻くように掛けてやるとサクラは立ち上がった。
少し食事をつまんで、残りは夜に回してもらおうと思いながら外出の書置きをする。
「いってきまーす」




