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徒然日記帳2 ~歌う宿木  作者: 黒猫口笛
ヴェツレの民と祭編
31/50

勝者の言い分


不安になってリクトを見ると、彼は頬を高潮させてキラキラとサクラを見つめている。

「すごい…すごいよサクラ!」

「ああ、絶対に何かやらかしたのね、そうに違いない、どうしよう、どうしたらいい?」

「そうじゃないよ!ほら、兄上を見て!!」

言うとおりにしたサクラの顔が、嫌~な感じに歪む。

「何あれ…キモチ悪い」

アルスランは腕を組み、軽く仁王立ちをして、なのになんだか柔らかいオーラを振りまいていた。

恐らく喜んでいるオーラなのだろうが仏頂面のままなのは何故か。


対するマグヴェスは上機嫌だ。

「せっかく人が穏便に済まそうとしたってのに。黙って攫って行けば良かった」

その一言にやや疲れてアルスランは土に差していた剣を引き抜く。

縁に寄って、拡声器を一突きで壊すと、遠くで「ああっ!」とロジェノの悲壮な声が聞こえた。

「お前、途中からサクラを諦めてたな?」

「別にそうは言ってない。今説得するのを止めただけだ」

そして矛先をアルスランに向けて遊んでいる。

「俺は勝ってあそこに上がる。そうしたらもう邪魔はさせないぜ?」

「分かった。じゃぁ俺が勝ったら…そうだな、暫らくそっとしておいてくれ。1週間くらいでいい」

「それだけか」

ばさり、とマグヴェスが身震いすると耳と尻尾が開放された。

彼の最も自然で美しい姿に、もう悲鳴を上げるものは誰もいなかった。構えた二人の姿に気付いた人々が慌てて座りなおす。


先に動いたのはマグヴェスだ。跳躍して殴りかかるのをひらりとかわしてアルスランが剣で払うと、白い獣はトンボを切って離れ、柔らかく降り立つ。

さっきとは打って変わって洗練された動きに観客が唸る。

二人のやる気だけはそのままに、上がりすぎた温度が下がってムラの消えた、対照的なのに隙の無い演舞のような戦い方に、一気に引き込まれてゆく。

ふと、調和が崩れて、派手な音を立てて刃と爪が噛み合った。

力技でマグヴェスが剣を弾き飛ばす。弧を描いて闘技場の壁に突き刺さった剣にあちこちから悲鳴が生じる。

「俺の勝ちだ!!」

次の瞬間マグヴェスの笑った顔が―――――

バキィッ!!

痛そうな音と共に強烈な左ストレートを喰らったマグヴェスが吹っ飛ばされた。

重そうな音ともに地面へ倒れこむ。

アルスランが顔を顰めて腕と拳をさすりながら呟いた。

「…俺の勝ちだな」

その言葉に慌てて審判がマクヴェスに駆け寄った。頬を叩いても反応がない。

「勝者、アルスラン!!―――― それから救護班を!」


その言葉にサクラは駆け出した。客席から降りて、すぐ下の入退場口へまわる。

奥から歩いてきた姿に思わず叫んでいた。

「アル!ケガは!?」

「……さぁ、それほどではないと思う」

「見せて」

纏わりつくように確かめる。ぐい、と顔をつかまれてサクラの怒ったような顔がアルスランの目の前に来た。

「……大丈夫みたいだね」

そう言うと、サクラが身をひるがえそうとする。

「まて、どこに行く」

「マグヴェスのとこ」

「行かなくていい」

「あのね!」

「行くな!!」

きつい口調にサクラが瞬きをした。

両腕をつかまれている。

「勝ったのは俺なんだから、少しくらい言うことを聞いてくれ」

「…?」

ふと目の前が暗くなって、トンと何かがあたった。


くちびる、に?


「俺は奪わない。お前に与え続ける」

ほんの一瞬琥珀色の光に覗きこまれて、サクラは戦慄した。

彼が行ってしまってもそこに立ち尽くしていた。


今のは何?

何のことを言ってるの?

考えなくてもいい、そう思っていたことが突然目の前に来てしまった。

どうして。

いつから。

本当に?


グルグルとまとまらない考えに呆けていると、探しに来た双子が慌てて駆け寄ってくる。

「サクラ様!もうすぐ式典です―――― サクラ様?」

「どうされたんですか、何かあったんですか?」

首を振って席に戻ったサクラは、目の前に平然と姿を見せたアルスランを思い切りにらみつけた。

優勝者として健闘を称えられ、国王に「何か望みは?」と尋ねられる。

アルスランは3年間賞金については辞退し、『花の御手』からサーニャの花束を受け取るだけにしてきた。

しかし今年の『花の御手』は二人とも特別だ。それだけでも十分に観客は羨望の眼差しを向ける。

「それでは―――― お手を」

サクラの前にアルスランが膝をつく。

「……何考えてるの」

小声で問いただしてもアルスランは面を伏せたまま手を伸ばすだけだ。


絶対調子に乗っている。どうしてくれようこの男。


「カイエ様」

「大丈夫よ、右手をそこに乗せなさいな」

渋々指先をちょんと彼の手に乗せると、恭しくアルスランが口元に引き寄せた。

観衆も息を呑んで見つめている。

「―――― !!!」

熱く柔らかい感触に血が沸騰しそうになる。引っ込めようとしても、さりげなくしっかり掴まれていてびくともしない。


これは、さっき唇に当たったものと同じだ。


軽い音と共にそれが離れてアルスランがこっちを見た。

「…ぷっ」

(わ、わ、笑った―――― !!)

確実に顔は赤くなっているだろう。

他の人には羞恥のためにそうなったのかと思われているようだが、彼らを至近距離でそれを見ていた人たちはサクラがいつ暴れ出すかとハラハラしていた。

先ほどの一件で、サクラが控えめで、しかしながら得体の知れない行動力を持つだけではないと分かったからだ。

怒らせると怖い。

しかもキレると、いつものやや考えながらの口調はどこへやら、口は回るは叫ぶわ誰が相手であろうと容赦がない。

怖くて手がつけられそうにない。

サクラがなけなしの自制心で、若干震えながら差し出したサーニャの花束を受け取り、更にカイエからも受け取ったアルスランは観衆の絶大な支持を伝える歓声に少し手を挙げてこたえている。

何とか無事に終わった闘技会。あれよあれよという間に人が街へと散っていく。


この闘技場は、この後すぐ解体され組木は倉庫にしまわれるという。その作業をしようと待っている人たちの姿をサクラは少し眺めていた。

「サクラ様、行きますよ」

「うん。…ねぇ、マグヴェスはどうだって?」

「どうしてそんなに気になさるんですか?」

「だって、痛そうな音だったから」

「「…確かに」」

双子が思い出したのか、それぞれに痛そうな顔をして頷く。

「ホタル殿とデュラ殿が付いて行ったので、後ほど分かると思いますよ」

あの二人なら安心だ。一つ溜息をついて、サクラは歩き出す。


一つの問題を考えるために。



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