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徒然日記帳2 ~歌う宿木  作者: 黒猫口笛
ヴェツレの民と祭編
30/50

闘技会


日目、アルスランの予感は見事に的中した。

4つある闘技場のうち王都に一番近く、客席数の多い会場に入った王家の人々とサクラは、トーナメントを勝ち抜いて入場してきた人物に目を見開いた。

灰色の斑点が入った、白い鬣のような髪。背が高く堅牢な体つき、浅黒い肌、葡萄酒色の瞳に彫りの深い精悍な顔立ち。

耳や尻尾が無いだけで、どう見たってマグヴェスだ。

その彼が、一段高い客席に座る王族の中に混じっているサクラを見つけると、にやりと笑う。

「サクラ!!」

相変わらずの低音大声量にサクラが顔を顰める。『花の御手』、しかも希代の姫巫女を突然呼び捨てにした彼に観客が呆気に取られた。

ザワザワと会場がざわめき立つ。

「これでに勝ったらお前を嫁にもらうからな!!」

「……はぁ!?」

この一言には客席だけでなく王族にも衝撃が走る。

というか、冷えた空気に包まれている。どうやら怒っているらしい。

「―――― 前年の優勝者、前へ」

マグヴェスが出てきたのとは反対側の垂れ幕から出てきたのは―――― アルスランだ。

「へ?そうだったの?」

その声にリクトがこっそり答える。

「兄上が出たのは3年前からだけど、お世辞抜きで抜群に強いよ。ねぇサクラ、どうして彼があんなこと言うの?」

「それが分からないから困ってる。絶対に嫌われてると思ったんだけど」


そのころ下ではアルスランとマグヴェスが対峙していた。

「さっきのは何のつもりだ?」

「聞いた通りだ。お前に勝ってサクラを村に連れて行く」

「お前らしくない。村以外の者に興味を持つなんて」

「サクラは、まぁ腹は立ったが面白い女だ。俺の子供を産ませようと思ってな」

ビリッと空気が帯電する。アルスランから殺気が立ち昇った。

「これに勝てば、国で一番の強者だ。サクラもそれなら文句ないだろう」

ようやく彼がトーナメントに参加した訳がハッキリして、アルスランは頭を抱えそうになった。

「お前は馬鹿だな…」

「なんだと!?」

「しかし負けてやるわけにはいかん」

「ふん、気を遣ってもらわなくても俺が勝つさ」

音がしそうなほど二人が睨みあう。

次の瞬間二人は一気に間合いをつめた。

ものすごい音がして、二人の持っていた武器が木っ端微塵に弾け飛んだ。

客席から悲鳴が上がる。

ぱらぱらと木屑が落ちる間も二人は視線を外さない。

「―――― 未熟者!制御できんとは何事だ!」

珍しく一喝した国王に場が静まり返る。

この競技で支給される武器は、すべて森から切り出された樹で出来ている。神聖な意味合いも含むそれを壊してしまうことは、出場者としては誉められない事だ。

「替えてやれ」

その言葉に慌てて控えの兵が走ってゆく。

しかし、次もそう長くはもたなかった。何回か打ち合いをした後、同じように弾け飛んでしまう。


「陛下、真剣を使わせてもらえませんか?」

アルスランの申し出に緊張が走る。

「……それはできん」

「ですが、このままではラチが明きません」

「俺もそれがいい」

しばらく考えて、国王は重々しく口を開いた。

「許可しよう。二人に必要な武器を」

「父上!」「お父様!?」「陛下!!」

慌てる周囲に、更に観客がどよめいて声援をおくる。

いくつかある武器を選ばせようとした兵士にマグヴェスが首を振る。

視線の先ではアルスランが一振りの剣を選ぶ所だった。

「俺はいい。こいつがある」

みるみるうちに彼の右腕が大きくなるよう毛皮に覆われていく。その先には鋭い鉤爪が出ていた。

「―――― ヴェツレの民だ!!」

誰かが叫ぶ。

すぐに悲鳴や野次が飛んで、あたりは騒然となった。


「こらぁ――――っ!!!」

「うお!?」

「…サクラ?」

賓客席でサクラが仁王立ちしている。

普段聞いたことのないサクラの大声に、控えていた双子もビックリして顔を見合わせた。

「二人とも、どちらか一方が一滴でも流血したらしばらく口きかないからね!!」

場が硬直した。この感じは母親が子供に怒るのとよく似ている。

絶交だと言わんばかりの表情にアルスランとマグヴェスが顔を見合わせる。

「……どうする?」

「やるしかないな。口をきかなくたって子供は作れる」

その明け透けなセリフにアルスランがカッとなった。忽ち殺気がぶり返すのを感じて、マグヴェスは器用に片方の眉だけはねあげる。

「ははぁ…お前、そうか分かったぞ」

「黙れ!!」

突然始まった矢継ぎ早の斬激を笑ってマグヴェスが受ける。

よほど強度があるらしい鉤爪は、剣が当たってもビクともせず渡り合っていた。刃と爪があたる度に硬質な音が響く。

その異質な光景に、観客は固唾を飲んで見守る。次第に声援に力がこもり、気付けばどちらを応援しているのか分からなくなるどだった。


バチッと二人が弾かれるように跳んではなれた。

お互いに所々服が破けているのが見えた途端、サクラの堪忍袋の尾がブチリと切れた。

「ふざけんな―――― !!」

大絶叫。場外まで達しそうな声に観客の何人かは腰を抜かしかけた。

「あん?」

「な、なんだ?」

「ちょっと二人とも、いまうっかり殺す気だったでしょう!!」

「「……」」

しらー、二人とも馬鹿正直にあさっての方向を向いている。

「その原因にあたしが絡んでるのが許せない!マグヴェス、撤回しなさい!!」

「なんでだよ!お前は俺の嫁になれ!」

「思いっきり嫌よ!!言っておくけど血を見るようなことがあったらアナタの場合は絶交!」

「じゃぁ、お前が言うとおりに血を見ずに俺が勝ったら嫁になるのか」

「人の話聞いてた!?ヴェツレについてはともかく、あたしとアナタの間でどこも歩み寄ってないじゃないの!大体こないだが初対面でお互い怒って終わりだったのに、次が嫁ってどういうこと!?」

勢いよく断られてマグヴェスは「やれやれ」というように腕を組む。

「オレは歩み寄ってるぞ」

「どこが!?」

「まず、長老に怒られたが何とか許しを得て開きの呪いを覚え直している」

サクラがポカンとした。

「次に、毛皮無き者について改めて見直してみた」

ひとまずそれは良いことだろうとサクラが頷く。

「……それで?」


「ま、最近はあまり諍いも無いようだな。関係は良好とまではいかないが、悪くなってもいない」

「そうなんだ」

「それで、一人くらいはそこから嫁を選んでみようかと。で、おまえに俺の子を産ませるのが一番面白そうだと思った」

「だから!そこが!ついていけないって言ってるの!!」

地団太を踏む勢いのサクラに、観客が同感だというように激しく頷く。

カイエがたまらず手のひらに顔を埋め、ロジェノが歪んだ顔で腹を抱えてよろめいた。

「わ、私…お腹を壊してしまいそう…」

「…ひぃ、はぁ…サクラ様面白すぎです…!!」

二人とも笑いを堪えているらしい。

しかしそれ以外のアルスランをはじめとした賓客席にいる土地を治める者たちは、戸惑いが隠せなかった。仮にもヴェツレの長たる者が、こうも易々とこれまでの確執を翻し、更には一族に別の血を入れると言い出すとは思ってもみなかったのだ。

「そうだ、お前ヴェツレにも花を蒔きに行ったんだってな」

「悪い!?」

なんだって、とうろたえかけた人々がサクラのキレた怒声に縮こまる。

「悪くない。俺に知らせるために、村から何人かすっ飛んできてな。どれだけ蒔いたか知らないが、大層喜んでたぞ。真似事なら昔やったことがあるが、村ごと祝ってもらうのは初めてなんでな」

「いいじゃないの折角のお祭りなんだから、みんな平等に祝ったって」

「そう、それだ。そんな事を考え付くのは異端のお前くらいしかいない」

「あ・の・ね!あたしは何も自分が流れ者で寂しいからやったんじゃないの!自分の関わった人たちが喜んでくれたらそれでいいの!まさかその礼に嫁にしてくれるって言うんじゃないでしょうね!?」

「違う。お前が中立者として役に立つと思ったからだ」


(まずい)


興味本位でサクラを欲していたはずのマグヴェスが利害のある理由を見つけ始めている。

怒鳴りあう二人に挟まれて額を押さえていたアルスランがじわりと焦りを感じたとき、目の端で動くものが見えた。

控えていた兵士が闘技台の横で何かセッティングしている。

それが何か気付いた瞬間、アルスランは更に焦って二人を止めようとした。

「サクラ!マグヴェス!いいかげんに―――― 」

「だいたい、アナタもう30過ぎてるんでしょう!?」

一段とサクラの声が通って、反対側の席までよく聞こえた。

拡声器だ。こんなことを考えるのは一人しかいない。

(ロジェノの奴…!!)


「今年で40だ」


「「「えええぇぇぇぇぇ――――っ!!??」」」

闘技場が震撼した。会場の心は一つだった。

「「「ありえない!!」」」

中に入りきれず外で決着がつくのを今か今かと場外で待ち構えていた人たちが慌てて飛び退く。


「あたしより20以上も年上じゃないの…それでよく19の娘に挑めるわね」

「年は関係ないだろう。体力はあるぞ」

「…まぁ確かに」「関係ないといえばそうかも」「あの見た目ならいけるわ」「男は体力が命だ」等など、みんなが口々に言い始めている。

「養ってる奥さんも子供も沢山いるって聞いたよ」

ざわ、と女性陣が殺気立った。この国は通常、一夫一妻なのだ。

ヴェツレは一夫多妻が多い。

「強くて稼ぎのある男がより多くの女子供を養うのは当たり前だ。俺たちは傭兵業で命を危険にさらす場面が多い。弱かったり働き手を失ったりした一族に、余裕がある限り手を差し伸べるのは当然だ。別に女を囲いたいわけじゃない」


うーむ。

その言葉にあちこちから感心の唸り声がする。


「まぁそれなら、なぁ」「誠実なら…」「羨ましい」「一応筋道は通っているのね」などなど。

「なんでその筋をあたしが通されなきゃいけないの!了見の狭いことを言うつもりはないけど、仮にもこうやって外に出てきたならうっすらと一般的な方向くらい頭に入ってるでしょ。もっと納得してくれる女性を選びなさい!」

おっと。

確かにその通りだ。うっかり納得しかけた空気が慌てて引き締まる。

「お前は納得できないか?」

「できない。あたしには、自分の生きてる間に一生の人は一人でいいし、相手もそうであってほし…って何言わせるの!恥ずかしいじゃない!!」

「お前が勝手に言ったんだろうが!とにかく現時点でお前の希望をかなえるのは無理だ。諦めろ」

「その言葉をそっくりそのまま返す!とにかく嫁は却下!!」

「とことん聞き分けの悪い奴だな。しょうがない」

急に冷静な声になったマグヴェスがニヤリと笑う。

「一つ訊くが、俺とコイツを比べると、どうだ?」

コイツと指をさされたアルスランがギョッとして見ると、マグヴェスは更にニヤニヤと笑っている。

(こいつ何を)


「そんなの分かりきったことじゃない」


―――― ハッ!!

何故か会場中が大事な瞬間が来たことを察知して慌てて自分の口を押さえる。


「マグヴェスとアルスランを比べたら、アルスランのほうが好きに決まってるじゃないの!」

うおおおぉぉぉぉぉぉおおお!!!

地鳴りのような歓声に包まれた会場に、サクラが我に帰った。


観客総立ち。

拍手。

ガッツポーズ。

みな感極まっている。


「……あたしなんかマズい事言った?」



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