二人の侍女
「おはようございます、お嬢様!」
(……ん?)
「朝食はいかがですか?腕によりをかけて作りました」
「おすすめは卵とチーズとシラのオムレツですよ!」
「作ったのは料理長のポンソですが」
次々と降り注ぐ可愛らしい声に目を開けると、おもったより近い位置で同じ顔が二つ覗きこんでいた。
(……ビックリまなこって、こういうことを言うんだろうな)
じぃ、と見つめ合った後覗きこんでいた顔がそれぞれ笑う。
一人はにっこりと笑いながら「リュカです」と言い、もう一人はふんわりと微笑んで「シャルと申します」とお辞儀をした。
双子なのだろう。かなり顔立ちは似ているが、リュカは瞳の色が明るい空色でシャルは海のような濃い水色をしている。
二人はほぼ交互に、しかもとめどなく喋り続けている。
勧められるままに盥に入っていた水で顔を洗い、食事を食べ一息つくとリュカが布を抱えて走ってきた。
「お着替えをお持ちしました!毎日その恰好というわけには参りませんでしょう?」
自分の姿を見下ろす。
グリーンのハインネックニットとスキニーデニム。いつもこんな感じだ。
確かにずっとこのままというわけにはいかないが、見せてもらったのはどれも二人が呼ぶ「お嬢様」的なものばっかりで、しかも着替えが面倒そうだ。
ひらひらし過ぎている。
デニムとは言わないが、せめてスカート以外は無いのだろうか。
シャルの服を引っ張って、自分の足を指さす。
「膝がどうかしましたか?」
「痛いんですか!?」
首を振って、デニム生地をつまむ。二人とも揃って首を傾げた。
(喋れないって不便だな)
「ご希望に添えるよう消去法でいきましょう。こちらの服と」
「こっちだったら、どちらがお好きですか?」
手にとって二人が広げて見せた服を指で選ぶ。
最終的に色ぐらいは好みに合う、というのが何着か選ばれてベッドの上に並べられた。
そこから一着手にとって腰のところで折りたたんでみせる。
「お嬢様?」
上半分になったワンピースのような服の下の空間をくるくると指差して、それを自分の足に持ってくる。
それを何回か繰り返すと、突然リュカが叫んだ。
「あ!今はいていらっしゃるものと同じ形がよいのですね?」
(そうそれ!)
こくこくと頷いていると、シャルが困っているようなそうでもないような顔で首を傾げた。
「でも、それだと男装になってしまうのですが」
どうやら男性と女性の服装ははっきり分かれているらしい。
「それはそうだけど…私、お兄様に相談してくる!」
あ、と留める間もなくリュカが走っていてしまった。
そこまで無理強いをするつもりはなかったのだが。
見送ったままぼんやりしていると、ツンと袖を引かれて振り返る。
「今のうちに…こちらをどうぞ」
シャルがいつの間にかテーブルに紙を広げていた。
その脇には薄い本が何冊か積んである。
「さっきのように意志の疎通を図っていたのでは、とんでもなく時間がかかってしまいますので……実は、お嬢様のお話をお伺いしてから色々考えていたのです」
紙には人型をはじめ色々な絵が書き込まれていて、至る所に書き込みがしてあった。
「これが『目』です」
指の下には、見慣れない綴りの文字。
(おお…すごい)
文字を教えようとしてくれているのだ。
描く仕草をしてみせると素早くガラスペンとインクが差し出される。
書き込みの下に自分でも文字を書いてみて、あらかじめ描かれているものとはインクの色が違うことに気付いた。この双子の片割れは、どうやらおそろしく気が回るようだ。
(変に考え事をするより、こうしてコツコツ勉強する方が性に合ってる)
次々と教えてもらっているうちに変な違和感があって、よくよく口の動きを見ていると、翻訳された映画を見ているように言葉と動きが合っていない事に気がついた。
きっと、発音は更に難しいに違いない。
「これは……どうされました?」
ううん、と首を振る。
そこにリュカが戻ってきた。
「借りてきちゃった!―――――って、あれ?何してるの?」
「お勉強。何を借りてきたの?」
「そうそう、お嬢様の言うようなのをね、お兄様に訊いたら昔のを出してくれたの」
「こんなの着てたかしら?」
「お嬢様どうですか?こうして、こんな感じに組み合わせるんですよ」
リュカが自分の体に当てて見せてくれたのは、膝上くらいの長さまである上着と、その下に履くズボン型の履き物。
いけそう、と頷くとリュカは飛び上がって喜んだ。
「はいっじゃあいきますよー!ばんざーい」
あっという間にニットを剥ぎ取られる。
あまりの手際の良さに、一瞬何が起こったか分からなかったほどだ。
(そそそそういうお嬢様扱いは無理なんですけどー!!!!)
慌てて自分の身を庇うように腕を巻きつける。
「えっと、じゃぁ次は下ですかね?」
(無理無理無理―――――っ!!!)
「リュカ、お嬢様の顔が真っ赤よ」
「ホントだ~可愛いですね~!」
「そうではなくて、恥ずかしいのではないかしら?」
壊れたように首を縦に振るお嬢様にリュカは残念そうな顔になった。
「ご自分で着替えます?」
(そうします!!)ぐいぐい。
「着方が分からなかったら呼んでください」
(分かったから!)ぐいぐい。
二人を部屋から押し出して、脱力する。
(とりあえず着替えて…「お嬢様」と呼ぶのをやめさせたほうが良いかもしれない)
彼女はやれやれと溜息をついた。