頭痛
さて、この国も中にも血気盛んなものはいるわけで。
1日目の午後から始まった闘技は、王都に設営された4つの会場で行われている。
予選は既に各国で行われており、勝ち残った上位者がトーナメント方式で戦う。
武器を使う場合は必ず木で出来た物を使わなければならない。
闘技は3日目まで行われ、トーナメントで勝ち残った一人が前年の優勝者と4日目の午後に対戦し、勝ったほうが今年の優勝者となる。
優勝者は国王から健闘を称えられ、賞金と『花の御手』からサーニャの花を受け取ることが出来るのだ。
2日目の朝、アルスランは書類に向かっていた。
『…いやぁ、本当に綺麗だったね!』
執務室に響く幼馴染の声を聞きながら、彼は一向に手を休めない。
さっきから何回も繰り返されている言葉に若干イライラしてきていた。
『聞いてる?おーい、アル~?』
「あのな、オーガスタ。用がないなら切るぞ」
机の上に置かれた簡易通信用の手の平大の球が光っている。
『あるある!来年は、サクラ殿とうちの妹を交換してくれない?』
ボキッ。
アルスランの手の中でペンが折れた。
『ごめん、冗談、切らないで、怒らないで』
「…暇なら手伝えよ」
『君が頼みごとなんて珍しい。相当忙しいんだね~、俺もだよ』
溜息と供にバサバサと紙をかき集める音がしている。
『それで?マグヴェスは勝ち残ってるの?』
「……どこのマグヴェスだって?」
『俺が言うマグヴェスなんて一人しかいないでしょ。ヴェツレの長だよ』
1と5の国では、北の森に接しているため時折ヴェツレの民と交流することがある。
ヴェツレは基本的に王都でその身元を確認しているが、希望者は審査を受けた上で1の国で住民登録することが出来る。
毛皮無き者を基本的に受けつけないマグヴェスだが、「あくまでも何か起こったときの対策として」と1の国で登録を受けていた。
『トーナメント参加者のリスト送ってあるでしょ。ちゃんと見た?』
確かに来ていた。しかし彼はある理由からそのリストを見ていない。
「俺が見たら不公平だろう」
『そんな事を気にするのは君くらいだね。俺も予選を見たけど、あれは多分残るよ』
「多分じゃすまないだろうな」
彼なら確実に最終戦まで来るはずだ。
「なんだってそんな事を…」
『それは俺も知らない。御前試合は見に行くから、1の国代表としては頑張ってもらいたいな』
理解不能の行動に頭痛がする。
『じゃぁまた明日ね~』
それを最後に通信が切れた。
しばらくこめかみを揉んでいたアルスランはノックの音に気がつかなかった。
「……アル、大丈夫?」
「!!」
机に手をかけて鼻から上だけを出して覗き込んでいる人がいる。
「……サクラか?」
疑問系なのは、目の色が違うからだ。髪を一つに結んでひっつめており、印象が違って見える。
「これからリクトと一緒にお忍びごっこをするんだけど、アルも行かない?」
確か、昨日帰還が送れたサクラは方々からお叱りを受け部屋で大人しくしていたはずだった。
更に城を訪れる海の向こうの要人たちに、一目姿を見たいと追い回されていたため、リクトの提案がなければが部屋から出てこなかっただろう。
目の色はバスダックが特別に施してくれたらしい。
「誘いは有難いんだが、今日は時間がないんだ」
「うん、忙しいとは思ってた」
特に気を悪くする様子のないサクラに苦笑して、その頭をポンと叩いた。
「来年は時間を作っておくようにする」
「分かった。行ってくるね」
ニコ、と笑ってサクラは執務室を出て行った。
はぁ。
とにかく目の前の仕事を片付けなくては。
きっと明後日は波乱の一日になる。
サクラとリクトは手を繋いで城下を歩いていた。闘技か行われているせいか、人ごみはそれほどひどくない。
それでもリクトの説明にキョロキョロと物珍しげに顔を動かして落ち着かないサクラに、リクトが笑っている。
「あ、あれ好きなんだ!食べようよ!」
屋台で出ていた串焼きとジュースを買って、一つを渡してくれる。
「…美味しい!」
「ほんと?良かった~」
リクトは人懐こい笑顔で笑う。彼は髪も目も色を変えて入念に変装していた。
「ねぇ、時々サ-ニャの花を耳の上に差した女性がいるんだけど、あれはどういう意味があるの?」
この国では何気ない行動一つにとんでもない意味があったりするので、自然に見えることでもついつい尋ねてしまう。
「あれ、知らなかったの?」
ほらやっぱり。
「うん」
「サーニャの花は、告白の時よく使われるんだ。相手の耳の上に差すと、あなたが好きですって言うのと同じことなんだよ」
「へぇ…色々と大活躍なんだね」
「あはは、そうだね。この時期は恋する者にとって最大のチャンスなんだよ。花を持って歩いても不自然じゃないでしょ?」
屋台のあちこちでも、サーニャの花を景品やおまけに付けてくれる。少し違うかもしれないが、バレンタインデーのようだ。
「ティナにもあげたの?」
リクトがジュースを吹いた。周りにいた人が慌てて逃げる。
「…ゲホッ…サクラってストレートだよね。時々ビックリする」
自分がその被害にあうと思わなかったらしい。
「何か変だった?」
「ううん、いいと思うよ」
「ごめんね。あ、あれ私の国にもあった。的当てでしょう?」
屋台の一つで射的なようなものをやっている。
随分ざっくりとした話の逸らしかたにリクトが笑い出した。
「サクラって、ホント可愛いね」
「なに、突然」
「ちょっと思っただけ。さ!今度はあっちに行ってみよう」




