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徒然日記帳2 ~歌う宿木  作者: 黒猫口笛
ヴェツレの民と祭編
21/50

ホタルの家で


その晩はホタルの家に泊めてもらった。

長老の家を出ると、来る時には見えなかった村の人々が顔を出し、好奇心の強い者がかわるがわる覗きにやってきてサクラは笑ってしまった。

「滅多にない事で、みんな驚いてるみたいですね」

「ほかの国からは来ないの?」

「行商で訪れることはありますが、泊まっていく者はいません」

閉じた村だというが、一定の間隔で1の国と王都から、それぞれ行商を目的に訪れる者がいるそうだ。

それでも取引等は村の入り口前で行い、中へ招き入れることはないのだという。

今回は、長老がホタルの家に泊まるよう用意をさせていた。

「デュラにもう一往復してもらうと疲れさせてしまうしね。大人しくアルスランを待つよ」

「用事が済んだらすっ飛んでくるんじゃないんですか?」

「なんで?」

「なんでって…」

ピコピコと耳が動く。


「……その耳に触ってみたいんだけど、平気?失礼にならない?」

「同性には大丈夫ですよ。異性に言ったら口説き文句ですから気をつけてくださいね。言わずにやっても駄目ですよ」

(危ない、危ない)

サクラはこげ茶色の毛並みを撫でながら眉間にシワを寄せる。

「マグヴェスの尻尾も気になってたの。言わなくて良かった」

「やっやめて下さい!尻尾単独は夜のお誘いですから!!もー、長と王子の修羅場なんて想像だけで怖すぎます!!」

本当に想像したらしく、毛が逆立って涙目になっている。

「あたしとマグヴェスの喧嘩じゃなくて?」

「何故そんなに売る気も買う気もマンマンなんですか!?」

「う~ん、なんだろう、あの視線に敵意を感じるからかも。もう売られてるから、買う」

「あうう」

ホタルの耳が水平から更に垂れ下がった。

「あ、ごめんね。みんなが嫌いだからそう言ってるんじゃないんだけど」

「いいんです。長は村以外の人に対していつもああなんです…すみません」

「謝ることじゃないよ。あたしはホタルのこと好きだし」

撫で撫で、と手を滑らせていると、ぷるぷる耳が震えだした。

「…?」

思わず手を止めると、ぐいぐいと手に頭を押し付けてくる。

「ホタル?」

「…もっと撫でて下さい」

「うん、柔らかくて気持ち良いよね。あたしにもあったらなぁ」

突然ホタルの頭がサクラの肩に落ちてきた。耳が頬に当たってくすぐったい。

「耳もあったかいんだね」

「サクラ様、お願いがあります…あたしの牙を預かってもらえませんか?」


突然何を。


「ぬ、抜くの?」

「実物を預けるんじゃないです」

ホタルが笑いながら頭を離す。覗き込むと、明かりの下では榛色に見える瞳が濡れていた。

「どうしたの?」

「サクラ様に命を預けます、という意味です。私たちは一生に一度だけ、その約束を交わすことが出来ます。大抵は、長やその候補に行うのですが、私はサクラ様がいい。サクラ様に仕えたい」

ざわ、と風に吹かれたように、緑色の瞳の光が揺れた。

「それは…大事な約束なのね?」

「はい」

「確認したいんだけど…その約束をした後、ホタルは結婚したり出来るの?」

「できますよ」

「あたしは仕事も持ってないし、これからどうするかも決まってないよ?」

「大丈夫です」

「仕える、という言葉は少し困る」

「でも…」

「一生の友達、という約束ならできる。あたしに命を預けたいって言ってくれた人は初めてだけど、凄く嬉しかったから。ホタルが困ったときには飛んでいくよ?」

「…う、うう」

みるみるうちにホタルの目に涙が盛り上がって膝に落ちだした。

「ホタル、どうしたの?泣かないで、ね?」

「どうしてあたしばっかり気遣うんです?あたし、人にスキって言われるのも、この姿を羨ましがられるのも、触りたいって言われるのも初めてでっ…でもサクラ様は普通のことみたいにするし…ひっく、うう」

すでにしゃくり上げるようになってきて、尚も話そうとするホタルに少し笑ってしまう。

「何で笑うんですか~!?」

「よしよし」

あやすように抱きしめる。

「ホタルは良い子だね。泣いてていいよ」

「さっきは泣かないでって言ったじゃないですか」

それには答えず背中を軽くたたいていると、やがてホタルは崩れ落ちるようにして泣き始めた。


(明るくて人当たりの良い彼女でさえ、過去の出来事から続く確執で心に傷を負っている)

サクラはホタルが泣き止むまで背中をたたき続けた。



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