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理由


眼下に広がるのは広大な緑。所々起伏が激しくなり、遠くの方で空を切り取っているあたりは標高が高そうだ。

反対側の窓からは、木々の間に点在する家の集まりと、一段高い場所に城らしいものが伺える。

海は見えない。あるのは緑と空色と白のコントラスト。


「……うわ…」

「ここらの土地は、あまり地面が見えません」

確かに。

「民は、樹々に信仰を持っています。無闇に掘り返したりせず、共存することで恵みを得ております」

こんな場所を、生きて目にするとは思っても見なかった。

「しかしながら、この世国を真に支えているのは城に住む方々ではありません」

穏やかなのに、揺るぎない芯の通った口調。

「こちらへどうぞ」


案内されたのは、上へと続く階段の終着点。最上階の部屋だった。

部屋に足を踏み入れると、不思議な暖かさが肌を撫でる。

「…!」

どっしりとした作りのベッドに女性が横たわっている。

しかし彼女を驚かせたのは、その女性が手を組んでいる所にあるものだった。

胸の下あたりから、一本の樹が生えている。

盆栽のようにこじんまりとした大きさで、すっきりと立つ枝の先には硬そうな蕾。


「この方は、もう10年こうして眠りについておられます」

「!?」

「この国は、五つの神によって統べられています。その姿を見たものはなく、もはや伝承でしか語られていません。しかし、この樹こそが神々のおわす証」

嫌な予感がする。

「選ばれた者は、神がその身を休めるための宿木となるのです」

こんな状態で何年も眠ったままでいたら、体力が落ちてしまいそうだ。

「過去には僅か半月という者もいれば、50年眠り続けたという例もあるようです……それは、内に宿った神次第。そして、選ばれた者は、二度と目覚めない」

すぅ、と部屋の温度が下がった気がした。

自分を見つめる黒目がちな双眸は真摯で、冗談などではないと言っている。


「貴女は次の宿木に選ばれたのです」


すとん、と言葉がお腹に落ち着く。

いいんじゃないかな、と思った。

神様に選ばれるという響きは神聖だが、簡単に言えば生贄や人身御供のようなものだろう。

名誉なことかもしれない。でも、それを悲しむ人もいるだろう。

今の自分を知る人はここにいないのだから、割と話は早い。


(二度と目覚めないって……)

どんな夢を見られるんだろう。


静かに宿木の女性を見つめたまま動かなくなった事に気付いた老人が、遮るように近づいてきた。

「何もかもが急で驚いたでしょう。お部屋を用意しますので、少しお休みに――――― 」

後ろで扉を叩く音がした。

「バスダッグ、俺だ。入るぞ」

入ってきたのは、ビックリするほど体格のいい男だった。

まず背が高い。全体的に筋肉質だが、引き締まった印象で暑苦しさはない。

濃紺で統一された服が良く似合っていた。

(あんな髪の色、見たことない。地毛なのかな?)

黒とも緑ともつかない艶やかなクセのある髪に見惚れていると、相手も自分を凝視していることに気付いた。

まるで琥珀のような濃い金色の瞳。

「お前が次の宿木か。名前は?」

問いかけられて、声が出ないことを思い出した。

困ってバスダッグと呼ばれた老人を振り返ると、彼女を制して男に一度頭を下げてから状況を説明する。


ふと、男の視線が自分の腕でとまった。

つかつかと歩み寄ってこられて思わず身を引きかけようとしたところを、アッサリと捕らえられて腕を取られる。

(痛っ―――― え、なに?)

目の前で、石の腕輪がさらさらと砂のように崩れていく。

「……女にこんなもの着けるな」

「申し訳ありません」

「姉上の様子は?」

「まだ、変化は見られません」

「そうか……」

(姉上?)

ほう、と吐き出された息が安堵を表しているのを感じて見上げると、男は興味を失ったように手を放す。

「誰かお喋りなのをつけろ」

それだけ言って出て行ってしまった。

「では、改めてお部屋にご案内します」



◆・◆・◆・◆



腰を下ろすだけのつもりが、少し寝てしまったらしい。

目を開けると夕暮れ時のような暖かい色の光が部屋に差し込んでいた。

(…あたしも案外図太いな)

突然呼び出された世界は異世界で、でも故郷で。

喋れなくなるし。文字は読めないし。

何故か分からないが言葉が理解できるのだけが救いだ。

自分は世界のために二度と目覚めぬ眠りに就かなければいけないと言われるし。

(あんまりここに馴染みのないあたしが、世界のためになるのかな?)

バスダッグの声が落ち着いてて、あまり隠す様子もなく色々教えてくれたのが良かったのかも知れない。

あまり動揺していなかった。

もともと、感情的になるのは好きではなかった。

感情だけで片付くことなど無いと知ったのは、いくつの時だっただろう。

(…あの人、どうしてるかな)

とりあえず、もう探さなくていいよ。

そう思って目を閉じると、言いようの無い睡魔に囚われて、サクラは深い眠りに落ちていった。




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