目が覚めたら?
フワフワと浮き沈みするように、意識が覚醒する。
何度目かに目を開けたときは、リュカが目と鼻の先で覗き込んでいるところに起きようとして、頭突きをかましてしまった。
結構痛かったのに、その後またいつの間にか眠ってしまったらしい。
時折あったかい感じがして、目を開けたいような、もったいないような気がしてウットリしてしまう。
「…?」
「…まだ寝てろ」
瞼を撫でる指が温かい。
「ん~……」
むいむい言いながら丸くなって眠る顔が、ほんのり笑っている。
なんとなくそのまま眉間を撫で、額を通って髪を撫でていると、ドアが少しだけ開いているのが目に入った。
「…コソコソしないで入ってきたらどうですか?」
「あらいやだ、気付いてたのね」
ひょっこりとカイエが顔を出した。
「邪魔をしては悪いかと思って」
「だからって覗きはどうかと思いますけど」
「見たいんだもの、ねぇ」
うんうんと頷きながらカイエの後ろから両親も現れて、アルスランは思わず突っ伏した。
その振動にサクラがうっすらと目を開く。
「…うん?」
「ああ、悪い。起こしたか」
「なぁに…?」
気配を感じてかぼんやり目線を上げると、見たことのある黒髪を持つ男性と琥珀色の瞳を持つ女性がアルスランの隣に立って覗き込んでいるのが見えた。
アルスランを真似て大きくてさらさらした手が頭を撫で、少し小さくて柔らかい手がサクラの指を包み込むように撫でる。
「…あったかい」
信じられないほどの優しい温度に思わず目を閉じる。
すぅ、と寝息が聞こえた。
「…おや、これは」
両親が目尻を下げたのを見てカイエが反対側からサクラを伺う。
彼女は眠りながら泣いていた。
それは苦痛や悲しみの表情ではなく、いつものあどけない寝顔のまま。
「どんな稀有な少女かと思っていたが、以外と普通なのだな」
「可愛らしいではありませんか。ほんの少しですけれど、やっと起きている姿を見られましたわね」
城に着いてからも、サクラは殆ど眠っていた。
もう3日になる。
「お父様ったら、サクラはもう16歳の少女ではありませんわ。19になるのですから」
「ううむ、どう見ても小さい子供に見えてしまうのだ」
サクラの肌に残る涙の跡を、起こさないようにそうっと拭っているアルスラン。その向かい側でベッドに肘をつきながらサクラの髪を撫でているカイエ。
その二人に守られるように、サクラは少し体を丸めて眠っている。
「ねぇ、あなた。私は良いと思うのだけれど」
「ふむ、そうだな」
ふむ、と父親のアゴラスが腕を組む。その隣のネスティアがニコニコと笑うのを見て、カイエが目を輝かせた。
「サクラが落ち着いたら、我家の枝に加える儀式を行おう」
「嬉しい!サクラを私たちの妹に迎えてくださるのね?」
枝に、というのはこの国ならではの言い回しだ。
家系を樹に見立て、一族に養子を迎え入れる事を、まるで芽接ぎでも行うかのように表現する。
「あくまでもサクラが良いと言ったらだ」
「うふふ、嫌なんて言わせませんわ」
「―――― 待った」
そんなのは聞いてない、とアルスランが主張した。
「いつからそんな話に?」
「もうずっとカイエはそればっかりよ。知らなかったの?」
「いえ、全然」
「お前が反対する理由はないと言ってたが、構わんのだな?」
「構わないというか構うというか……ちょっと母上」
やや強引に母を促す。
「父上、姉上も」
「ここではダメなの?」
「どうしたんだアルスラン」
ぐいぐいと3人を押し出して、とうとう部屋から出してしまった。
「ちょっとお話があります」
「なんだ?そんなに切羽詰まったような顔をして」
「……なんでこんな事を説明しないといけないんだ…」
きょとん、と首をかしげる家族の前で、アルスランは深い深い溜息をついた。
ある朝、かなりすっきりと目が覚めた。
「ん、ん、んん~…っ!」
全身で伸びをする。
「寝すぎた…」
それは分かっていた。やはり、少し身体に負担がきていたのかもしれない。
「失礼致します、わっ!サクラ様、起きましたか!」
「起きました。おはよう」
「おはようございます。申し訳ありません、お湯はまだご用意できていませんので先に朝食はいかがですか?」
―――― くぅ。
シャルの視線がサクラのお腹の方へ向いた。
「…空いてるって」
「あはは、ではすぐご用意します!」
リュカとシャルの足音が遠ざかっていく。
サクラは待つ間にテラスへ出て当然のように発声練習をした。
「―――――― あ」
『おはよう、お寝坊さん』
『寝すぎ』
声が聞こえたのかアヤメとキサラギが現れた。
群れるのに邪魔だと思ったのか、今日は腕に収まるくらいの小さい動物姿になっている。
『サクラの声が聞こえなくて寂しかった。何か歌って』
『時の歌がいい』
アヤメはとてもお喋りで、反対にキサラギは必要なことや伝えたいことを端的に言う。
この二人はとにかくサクラの歌を聞きたがる。
『時の歌ねぇ、そんなラララな気分?ステキ?それもいいかも』
くるくるといろんな方向にトンボを切りながらアヤメが羽の色を変化させている。
二人が時の歌と言っているのはサクラの好きなオペラ歌手が歌っていた曲だ。
それを半分笑いながら歌っていると、いつの間にかサツキとコハルがやってきていた。
やっぱり小さい。
腕を伸ばすと纏わり着くようについては離れ、また擦り寄ってくる。
「わ」
「リュカ」
「まぁ、皆さまおそろいで」
「カグラはいないけどね」
「いえ、あちらに」
見ると、二階のテラスから見える一階の死角ギリギリのところで静かに佇んでいる。
「気配ないし…よく見つけたね」
「ご一緒に朝食いかがですか~?」
マイペースに声をかけられて、カグラは一瞬の沈黙の後首を振って姿を消した。
「あれは、面食らったかな?」
ふと、遠くで笛の音が聞こえた気がした。
美しい、密度の濃い音。
『呼ばれてる』
『どれ、からかった詫びに私が行こうかね』
コハルが音に引き寄せられるように姿を消す。
「アルスラン様ですね、朝早くからお仕事なんて…何かあったのでしょうか」
「あれアルスランが吹いてるの?」
「ええ」
アルスランはその笛の音で力を得るのだと言う。
「時には神々と交信なさったりして、土地を治めるのがアルスラン様のお仕事です」
特に伐採や開拓には気を遣う。無闇に土地を荒らさないように、その働きが適切かどうか判断するのも彼の仕事らしい。
「現王のアゴラス様は素晴らしい笛の使い手です。アルスラン様はそれを良く継いでおいでで」
「ふうん…きちんと聴いてみたいな…あ、これ美味しい」
「それはキョウガの実です。香ばしくなるまで炒ってから砕いて温野菜と和えるんですよ」
ぽりぽり。
胡桃のような香ばしい実を奥歯で噛みしめていると、双子の片割れがワゴンの上に並べたティーセットに真剣な表情を向けている。
「……リュカ、どうしたの?」
一瞬サクラの方へ顔を上げた彼女は1つ頷いて、おもむろに茶をカップへと注ぎ始めた。
「どうぞ!渾身の力を込めて淹れました!この食事には最適なお茶です」
ずずぃと差し出されたお茶をありがたく頂戴する。
薄い桃色のお茶を口に含むと、まろやかな風味と甘い茶葉の香りが鼻をぬけて、サクラは思わず「ほう」と溜息をついた。
「うん、おいしい!」
ぱぁぁぁぁ、とリュカの顔が輝いた。
「幸せです~!この幸せな瞬間を待っていたんです~」
小躍りしている。
絶対兄には見せられたい、とシャルが溜息をついた。
「サツキ様は何か召し上がりますか?」
ベッドの上でごろごろと寝転がっている黒猫は「気を遣うな」と言うように尻尾を振っている。
『二人とも、慣れが早いね』
「あたしも思ってた」
『いちいちキャーキャー言われるよりはいいな。あ、そろそろお湯の用意が出来るんじゃない?』
「サツキ様もご一緒されますか?」
「え、毛とか後の人が困るんじゃ」
『ちょっと!そこらの動物と一緒にしない!』
飛び起きたサツキがダーッと風呂場がある方の続きの間へ飛び込んでいった。
「え、ちょっと!お風呂入れるの!?ねぇ!」
『毛は!落ちないの!』




