表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/50

四人目と・・・


「あら、アルスラン」

上から降りてきた姉に、階段を上がろうとした足を止め道を譲る。

「ふふっ…今ね、シャルとリュカが可愛い事してるの。早く見ておいでなさい」

首を傾げる弟に軽く手を振って促すと、カイエはそのまま降りていってしまった。


「入るぞ」

「あっアルスラン様!」

「今片付けますので」

「急がなくていい。何をしてたんだ?」

見ると、この3年近くで大分伸びたサクラの髪をこめかみのところで緩く編んで、フェスティの花で飾っている。

「ああ、サクラはこの花が好きだな」

「そうなんです!」

「最近少しお元気がないようだったので」

このところ、サクラの肌が一層白くなり青白く感じることさえある。

手を握り祈っても、最近は反応が薄い。

「それでは私たちはこれで」

「失礼致します」

双子が礼儀正しくお辞儀をして退室すると、アルスランは椅子を引き寄せてサクラの顔に近い位置に腰かけた。


神が眠りを終えていなくなるたびに蕾が消え、茨は減り、今は蕾が左胸の上に1つとそこから伸びる茨が左肩から右のわき腹へと絡んでいる。

手を取ると、僅かだが以前より軽くなった様な気がした。

その甲を自分の頬に押し付けて暫く目を閉じる。

「…綺麗にしてもらったな」

フェスティは淡い黄緑で小さな葉は緑が濃く柔らかい産毛でキラキラと光っている。光の加減で薄紫に光る白銀の髪によく映えた。

木漏れ日が差し込むようなあの瞳があったら、更に綺麗だろう。

なんとなく睫毛を下から持ち上げるように指で触ってみる。

……重症だ。

ふ、と息を吐いてアルスランはサクラの額に挨拶代わりのキスをする。

「……」

少し開いた唇が視界に入った。

親指の腹でなぞるように触れる。

「…これは悪い魔法ではないんだろうが、な」

それでもやってみる価値はあるだろうか。


思ったよりも柔らかい感触。

「――――― 嘘つきめ」

彼女の瞼を少し撫でてアルスランは立ち上がった。


『嘘吐きなどと、人聞きが悪い』


初めて聞く声に、アルスランの足が扉の前でぎこちなく止まる。

まさか。

ゆっくりと振り返ると、サクラの身体が淡く発光し始めた。

残り一つの蕾がゆっくりと開き出す。

まるでその花に包み込まれていたように、生まれるかのように、中から漆黒の毛皮が現れた。

それがむくりと起き出して、花からサクラの身体へと降り立つと仔猫ほどの大きさになる。

「な…」

『お前のおかげで夢見は散々だ、と言いたいところだが』

んべんべ、と前足で顔を洗う仕草をしている。

『なかなか面白かった。悪くない』

「サクラ、は……サクラは!?」

『見てごらん、花が散る』


仔猫の目と同じ、夜明け色の花弁が一つ、また一つと花から剥がれ落ちて、サクラの身体に触れる前に茨とともに泡となって消えていく。


「教えてくれ、サクラはどうなる!」

『教えておくれ、どうしてサクラが必要なんだ?』

黎明の瞳が異様なほど輝いている。

「……勝手をして、自分ひとりでどうにかなると思っているサクラに説教するためだ」

『ほう?』

「国は一人では成り立たない。生かし生かされていると、あいつに分からせてやる……もう俺や姉上だけじゃない、国中皆がお前のことを考えてるんだ。お前が嫌って避けようとしたことは、人に関わったその瞬間から始まってる。諦めろ!!」


最後の花びらが消えた。


「……お前は道具じゃない、サクラという人間だ。頼むから一人だなんて言わないでくれ」

『―――― そうか』

顔を上げると仔猫がいない。

「サクラ!?」

すでに光は消え、サクラは変わらず目を閉じたままだ。

「起きろ、このバカ!!」


―――――― 我が友の想いにより 揺り籠より目覚めん


響く声はさっきまで仔猫が発していたものと同じ。



―――――― 我らはこれより先 宿木を人に求めることはなく 

           人に干渉することもないが 世界と共に見守ろう

       

―――――― さぁ 歌え 朝の歌を

           我らの友を目覚めに導く歌を



それは、

歌声と呼ぶにはあまりにも捉えどころがなく、

万物の琴線を傲慢に、厳然と揺るがす神の音色。



なんだかものすごく温かい。

そして苦しい。

「……」

ていうか。

「……お、も」


カッ!とアルスランが目を見開いた。

今、自分の内側から声がしたような。

「く…くる、し……」

「!!!」

少し身体を離して胸の下を覗き込んでみる。

「……サクラ」

「その声、アルスラン?見えないんだけど…少し離れ」

「―――― っ!!」

「あの、だから、苦しいってば」

ぎゅうぎゅうと頭を抱え込むように抱きしめられて、息をするのもやっとだ。

「ねぇ」

「……なんかもっと喋れ」

「泣いてるの?」

「泣いてない」

「見せて」

しばらくして覆いかぶさっていた体が退くと、やっと顔が見えた。

「涙目?」

「お前、待たせすぎだろう」

変な顔で笑ったアルスランが、こつんと額をあわせる。

「おはよう、サクラ…おかえり」

「ふふ……おはよう」


サクラを起こすものの、クッションが足りず彼女の後ろに座るようにしてアルスランが背を支えてやる。

「大丈夫か?」

「さすがにあんまり力入らないけど、平気」

外が騒々しくなった。

若干塔自体が揺れたような気がして、足音が駆け上がってくる。

「「サクラ様っ!!」」

「サクラ!!」

「わぁ、久しぶり―――――― きゃぁっ!」

まず双子が飛びついてきて、カイエがそれに追いついた所でアルスランが耐え切れず倒れて下敷きになった。

「サクラ、良かった!」

「信じていました」

「た、ただいま~」

「ふぇっううっ…サ、サ、サクラ様~~~!!うわぁぁぁん!!」

「お前たち、重い…!」

それを少しはなれたところでロジェノとバスダックがニコニコしながら見守っている。

「いやぁ、やりましたね」

「めでたいですな」

「アルスラン様~私も混ざっていいですか~?」

「やめろ、殺す気か……!」

アルスランの潰れた悲鳴に3人がわらわらと退き始める。


「それにしても、こうなると分かっていらっしゃったのですか?」

「ううん、最初はそんなつもりなかったし」

「お前な!」「「そんな(ぁ)」」「薄情ねぇ」「言うと思いましたよ」


非難と呆れた声を浴びたサクラが首をすくめる。

「眠っている間に、みんなが声をかけてくれたでしょう?あたしには、夢を見る感じで届いてた。なんて都合のいい夢だろうって…でも、なんかムズムズして」

へにゃ、と見せたことのない顔で笑うサクラ。

「好きにしても大丈夫だって言われたから、起きようと思って。皆に呼ばれて夢の海から浮き上がってきた感じ」

皆のお陰だねという言葉に、またリュカが泣き出した。

「リュカ、泣きながら笑ってるよ」

「嬉し泣きって言うんですよ」

「え、うれ?」

単語を聞き返そうとしたのを見て、シャルが首を傾げる。

「もしかして、言葉はもうありのまま聞こえていらっしゃるのですか?」

「そうなの。前はアヤメたちが気を利かせて分かるようにしてくれてたんだって。でも、もうそれも必要ないくらいになったからって、やめる事になったの。でも、まだまだだね」

「では、またお勉強しましょう」

「お願いします」

「私も一緒にやります~!!」


(…こいつ、あったかいな)

熱でもあるのかと思いながらサクラがすっぽりと寄りかかるのにまかせていると、リュカがきょとんとそれを見て、次にプッと頬を膨らませた。

「ていうか、アルスラン様ずるいです~、ぺったりし過ぎです~」

感情の触れ幅が大きいリュカは、何でも口にするクセがある。

「確かに、それはさっきから私も感じていましたが…」

「何なんですか?そんなにほっぺたくっつけなくても良いじゃないですか~」

「それはともかく、サクラは寝起きで力が入らないんだから仕方ないだろう。そろそろ城に移したほうがいいだろうし」

慌ててサクラの頭から頬を離しながら、珍しくバツが悪そうに言い訳している。

「いいのよ、リュカ」

カイエがサクラを挟んでアルスランの反対側に座ったままコロコロと笑った。

「これから先、あの子が仕事の時は私とシャルと3人で城で散々サクラと遊んで、アルスランにヤキモチを妬かせましょう」

晴れやかに言い切るカイエに、苦りきった顔をする弟。

「お城に行くの?あたし、この下にある今まで使ってた部屋で構わないんだけど」


「…やめてくれ」「だめよ」「「いけません(!)」」「さすがにそれは無理ですね」


「だから、そんな一斉に反論しなくても」

「ここは今までこの部屋があったため不可侵の塔だったのですが、宿木が必要なくなった今誰が何しに来るか分かりません。普通に見学しに来るかもしれませんよ。いいですよ、私生活を大公開したいのでしたらそれでも」

それはちょっと困る。

「シャル、リュカ、城の部屋の用意はできてるのかい?」

「少し整えたい所はありますが、いつでも使えるようにしてあります」

「ここのお花を持って行きますね!」

言うが早いか双子は素早く行動を開始した。

「さて、では俺たちもいくか」


外に出ると思いのほか寒かった。

アルスランの外套にくるまれて彼の愛馬・トェルに乗せてもらって城へ向かう。

しかしその途中でトェルが空中に留まったままぱったりと動かなくなった。

「トェル、どうした?」

少し困ったように首を揺らしたかと思うと、頭を下げるような仕草をした。

『いいコだね』

「―――― サツキ」

ふわりと舞い降りた大きな黒豹にアルスランが顔を顰めた。

『おはようサクラ。遅かったね』

『いや、早まったんじゃないか?』

『その通りだよ!アルスランが奥の手なんか使うから』

フワフワと舞うようにキサラギ、アヤメ、コハルが現れた。キサラギがサクラの足にまとわりつく。

「奥の手?」

『本当はサクラがもう少し回復するのを待つつもりだったのに、「おはよう」しちゃったんだ』

『…んまっ!なんてこと、このヒヨっ子が!?』

ばさばさぁっとアヤメが強く羽ばたいて憤慨しているような仕草をした。

おかげでトェルが困ったように前足で空を掻く。

「なに?おはようしちゃったって、どういう事?」


「うわっ馬鹿訊くな!!」とアルスランがサクラの耳を慌てて塞ぐのと、サツキが『王子様のキス~』と言うのがほぼ同時くらいだったのだが。


「……え?あれ夢じゃなかったの?」

聞こえたらしい。

『残念ながらね~』

ドス、と大きな前足で黒豹に頭を上から押さえつけられたアルスランが変な呻き声を出した。

「なんでしちゃうかな」

「……それを俺に訊くな。前を向け前を」

―――――― と、カグラが斜め上にあらわれた。

『なにをしている。目立ちすぎだ』

『おや』

気付けば遠くの方から歓声が聞こえてくる。

「…ったく、うちの国の奴らは堪え性がないな」

『お前さんを筆頭にな』

コハルがくつくつと笑うと、鱗が波紋のように小波だって背から尾の先へと流れていく。


城から少し離れた所に城門があって、そこに人がつめかけているのが見えた。

サツキの声を聞き、もしかしたらと人々は外へ出ていたのだ。

しばらくしてそこに王子と一緒に女性が馬に乗って現れ、さらにはクウォンジが集ったのだから騒ぎにならない訳がない。

「今度の花祭りはエライ事になりそうだな」

『好きよ、あのお祭り。盛大にやってほしいな』

「あんなに人が集まってる…」

「何を呆けているんだ、お前がいるからああやって大喜びしているんだぞ?」

「喜ばれてる?」

サクラの背を支えていた手に少し力がこもって暖かくなる。

見上げたアルスランの表情が柔かくなったのを見て、サクラは目をぱちくりさせた。

「皆にも挨拶してくるか?」

「え、いいよ、別にそんな」

慌てて俯いたサクラにまわりがクスクスと笑い出す。

『ほら、早くお戻り。サクラを休ませておあげ』

誰が引きとめたんだか、と肩を竦めてアルスランが手綱を取ると、カグラたちは一瞬だけそれを見遣って思い思いに身を翻した。

一段と歓声が大きくなる。

城が近づく頃、サクラはその歓声に心を奪われながら耐えがたい眠気に負けて目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ