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二人目


これまでの宿木はお役目についている間、うっすらと呼吸はしているものの、身体の成長は止まり引き継ぎの時まで眠り続けるものだった。

カイエの身体は10年の眠りが明けると成長を再開したが、本来なら25歳。

本人は「若返ったようなものね、得をしたわ」と笑っている。


しかしサクラの身体は眠りながら成長を続けていた。

爪が伸びているのを見つけたのはシャル。

それにより「サクラ様のお世話」という役目を再び与えられ、双子は歓喜したという。

茨で肌を傷つけてしまわぬよう細心の注意を払いながら、サクラが身綺麗でいられるようにと1日2回は塔を訪れている。


その成長が、良いものなのかどうかバスダックは分からないという。

成長の対価として何かを消費あるいは消耗しているのではという意見もあったが、カイエがカグラに訊いても『知らぬ』という答えが返ってくるばかり。


普通、経験にない事、過去に事例が無い事象が増える度に、人は不安や好奇心を駆り立てられるものだ。

バスダックが研究対象として好奇心を高ぶらせているのは分かる。

しかしカイエは「このままでは見た目がサクラのお姉さんになれなくなってしまう」と良く分からない文句を呟いてはサクラのもとを訪れ、サクラに成長だけは止めるよう言葉をかけているし――――

双子は「この色が映える」、「髪がが伸びればあの花が似合う」、とサクラにかざして比べては着々とサクラの洋服棚の中身を増やすことに精を出している。

こういうとき、女性が何を考えているのか分からない、とアルスランは思ってしまうのだが、まだ上を行く者がいる。


「最近お前の顔がイラつくのはどうしてだろうな?」

「いやぁ、この顔とはこれからもお付き合いいただく予定ですがねぇ」

普段、家令とも側近ともつかぬ動きでアルスランを陰から支えるロジェノ。

かれは静観している。ニヤニヤしながら。

「……殴っていいか?」

「欲求不満でも?」

「………」



◆・◆・◆・◆



1人目が神獣の姿を得て目覚めたのは、サクラが宿木となってから3ヶ月を過ぎた頃だった。

そして、2人目の目覚めはそれから少し開いて、もうすぐ1年になろうかという時であった。



―――――― 我が兄弟との約束により 揺り籠より目覚めん

           兄弟の眠りは深く 縁の夢を彷徨い眠る



一角のような長い角と5つの尾を持つ狼のような姿をした「キサラギ」はカグラにこう伝えた。

『サクラの時を遡り、あの子が世界の狭間を越えるところを見つけた』


この国では、5つに統治を分けた国それぞれに、夫婦が子どもを授かるために儀式を行う樹がある。

ラーライルと呼ばれるその樹、しかも「これだ」と決めた葉の茎の部分に、子供を望む女性は祈りを込めて自らが意匠を施したリボンを結びつける。

この樹は自然の摂理からは外れた、神の息吹がかかった神樹と呼ばれ、一度結んだリボンは外せない。

神樹は落葉しない淡い黄色の葉を湛えているが、不思議な事にリボンを結んでしばらくするとその先の葉の1つが赤くなる。

これが懐妊した事を示し、この変化が見られない夫婦はなるべく夜の生活に励み、また神樹に毎日祈りに訪れる。

赤い葉が透き通り、葉脈が確認できるようになってくると、夫はラーライルに足繁く通い、機が熟して葉が落ちてくるのを待つ。

葉が赤くなり始めてからここまで約9ヶ月ほどの時を要す。

そのころには妻のお腹は大分大きくなっており、葉はまるで分かっているかのように、リボンをつけたまま夫の手へと落ちてくる。

それを夫は必ず妻に持たせ、後は子供が生まれてくるのを待つばかり。

落ちた葉は、安産と生まれてきた子供の健やかな成長を願ってお守りに加工される事が多い。


しかし、サクラの母となるはずの女性はその葉を手にすることが出来なかった。

はるか昔、引継ぎの宿木が見つからないまま世界があらゆる天災に見舞われた時代。


唐突の嵐のなか起こった天が割れるほどの稲妻に、ラーライルの枝が撃たれて折れたのだ。

そして、更なる落雷により出来てしまった世界のひずみに落ちていった枝。

枝にはリボンがひとつと、これ以上ないほど赤く透明度高い葉、それがサクラだったのである。

時を彷徨い、巡り巡っているうちにある世界にたどり着いた葉は赤子に姿を変え、リボンが産着に転じてそれを包み、神社の境内に落ちた。


(―――― おかあさん)

赤子は泣いた。

母の願い、喜び、早く会いたいと望んでくれたそれらの想いが、小さな身体を包む産着に残っていた。

でも、いない。

どうして、と赤子は泣き続ける。

その声がこだまするのを聞いているうちに、世界が反転した。

『どうか、私の子が無事でいてくれますように…』

『私の祈りが護りとなって届きますように…!』

(―――― おとうさん)

また景色が変わる。

『ラーライルよ、どうか私の子に…』

膝をつき、神樹の元で祈る夫婦はすでに初老を迎えていた。

ずっと祈り続けていてくれたのだろうか。

(―――― ありがとう)

触れられないのは分かっていたが、包み込むように手を伸ばす。

(…ずっと遅くなるけど、もう会えないけど、ここに戻ってくるから―――― )



『落雷は、我の領分』

ふっさりとした尾が全て、芯を失ったようにだらりと垂れた。

優美な角も、項垂れているため地を抉っている。

『宿木不在時で荒れていたとはいえ、子の樹になんとうことを……』

顕現してしばらくの間、意気消沈した様子のキサラギの姿が目撃されたという。



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