興味
5つの神、クウォンジの棲まう国ファルソルドは王城を中心に5つの国と沢山の森で出来ている。
北側の一角は深く広大な森が広がり、上から見ると逆向きの雫に近い形で王の支配下にある。
それをU字で囲むように右から1の国に始まって2の国、3の国と続く。周りには海が広がり、いくつか島国をはさんだ先には大陸がある。
それはともかく、ファルソルド国内では現在さざなみが立っていた。
王位継承者は誰かという噂だ。
国内にふれを出しているのにもかかわらず、王城へ息子娘と連れ立って訪れる者が後を絶たない。
ひととおり挨拶と領主の報告を聞いて、アルスランはお決まりのセリフを面倒くさそうに吐いた。
「姉上はいまだ体調が思わしくなくてな。次の花祭りの頃には表に立たれると思うが」
「ああっ!いやぁいやいやいや、お目覚めになったばかりに押しかけて申し訳ございません。お達しについては拝見いたしましたが、居てもたってもいられませんでしてな。ああ、こちらは娘の」
ギラリ、と王子の目が恐ろしく光った。
「……あの、その…娘でして」
本当に通達を読んだのか―――― と目が言っている。
あまりに顔が怖いので娘に至っては自己紹介すら忘れて立ちすくんでいた。
「まーあまあまあ、2の領主殿はお暇でいらしたのではないのでしょう?折角のお見舞いの品を直接お渡しできないのはお心残りでしょうが、必ず姫のお手に渡るように致しますので」
「う、うむ…」
殺気立った気配に領主も娘も心なしか青ざめて腰が引けている。
領主の隣に立った王子の従者がひっそりと耳打ちする。
「あのお触れはいたって真剣です。現在お役目に就かれた姫巫女に姉姫様も王子も大層お心を痛めていらっしゃいますので、あまり他の事を匂わせない方がよろしいかと。それはもう、ご覧の通りピリピリしますので」
「そ、そうですな…」
ささささ、と領主と娘が退室すると、アルスランは「ふん」と鼻を鳴らして長椅子に音が立つ勢いで座り込む。
「うっとおしい…」
ロジェノが言った言葉は嘘ではないが、カイエは体調を理由に縁談に云々に関わらず一切の面談を回避しているし、アルスランはそのとばっちりを喰らいながらも不機嫌極まりないというオーラで追い払っていた。
通達はこうだ。
―――――― 宿りの姫巫女が生きながらにして交代したことはこれまでに例がなく、王女カイエは宿木の姫巫女に感謝の意を捧げ、しばらくは祈りを尽くすこととする。王家はそれを滞りなく行うことを希望し、公務に関わる以外の私事を慎む。
要は「余計な邪魔するな」という事だ。
この国での王位継承は長子であったので、カイエが宿木であることが発覚したのを境にアルスランに王位継承権が移ったのだが、その姉姫が目を覚ましたものだからその手の話は混乱の極みに達していた。
もっとも、それは外部の話であって当人たちはそんな事は露ほども気にしていなかったのだが。
「カイエ様が宿木でお役目に就いていらっしゃった期間は、皆さまアルスラン様の様子に気兼ねして控えていらっしゃったんですがねぇ。もう手当たり次第というか、浅ましいですな」
こうした時にふと、引き継ぎのことだけを考えていたサクラの姿がロジェノの脳裏に浮かぶ。
「サクラ様は真摯でしたねぇ」
「……おい」
「はい、なんですか?」
「お前、サクラのことを知ったように話すが」
「いえそんな滅相もない。あの方は、思ったより引き出しが多いようですよ」
「引き出し?」
「もっとも、それを開いて見せていただいた事はあまりございませんでしたけど。言葉が拙いので幼いというか考えが短絡的にのようですが、本当は感情が沢山おありだと思うのです。それを見事に隠していらっしゃった」
「無表情に見えたぞ」
「そうでしょう、そうでしょう。それで、一言『自分は道具でかまわない』などと神々に――― 」
は、とロジェノが口をつぐんだ。
主がものすごい形相で襟首を掴む一瞬前、失言に気付いたがもう遅い。
「……なんだと?」
道具。
「う、ぐ……ま、待ってください」
「話せ。一通り聞いたことを全部」
カイエかバスダックら何か聞いているに違いない。
「ですが」
「誰もそんな風には望んでいない!!そもそも宿木は神聖な、世界と神を繋ぐお役目、それを道具などと」
放り出されたロジェノが2、3度咳き込んで、珍しく怒った顔つきになる。
「何も知らない、この世の理を知らない者からすれば、そう見えるということでしょう」
「……」
「実際、近年宿木に選ばれるということは、名誉よりも悲運というイメージがまず浮かびます。それは貴方がよくご存知のはずですよ」
ギリ、と奥歯のなる音がした。
「道具と言ったのは言葉が悪かったかもしれませんが、この世界と人のためだけを考えて我が身を省みず眠りについたサクラ様こそ、本来宿木としてあるべき姿だと思われませんか?だからこそ、神々はその願いに応えてくださったように思います」
ごきり、と何かが折れて砕ける音がして、高級そうな包みがアルスランの手から落ちた。
先ほど領主が置いていった見舞いの品だったものだ。
どうやら香木だったらしく、ふわりと甘い香りが立ち昇る。
「そんな顔をされるから、お話したくないんですけどねぇ」
「なんだと?」
「だいたい、どうしてサクラ様のことで知らないことがあると不機嫌になるんですか?お眠りになられる前までは殆ど干渉なさらなかったのに」
「こんなことになると思わなかったからだ」
「こんな事とは、また……」
―――――― カイエに力をあげる。だからアルスランは泣かない。
本当にその通りになり、カイエが話したことが本当なら今後宿木が選ばれることはなくなるはずだ。
しかし、どうしても期待してしまう。
もしかしたらサクラも戻ってくるのではないか。
その期待と共に、これまで無頓着だった彼女の行動に興味がわいてくる。
宿木ではなく、サクラに。
「言っておきますが、置いていかれた子どもみたいな顔してますからね」
「……ちょっと気になってることがあるだけだ」
実はアルスランはサクラが自分の名前を呼ぶのを聞いた事がない。
カイエすら夢うつつに聞いた事があるというのに。
あの日、部屋に飛び込んだ時一瞬サクラの口がそう動いたように見えたが、自分の声がそれをかき消してしまったし。
なにやら嫌がらせのような気がしてならない。
「結構馬鹿ですよね、アルスラン様って」
「仮にも主に言うことかそれが」
「ああ~、こんな面白い主人の姿が見られるんでしたら、続きを見るために是非ともサクラ様に起きていただきたいですねぇ」
ただひとつ、ロジェノに気にかかっていることがあった。
――――― きせき、2こ、ないよ
「ないんですかねぇ……」
困るんですよねぇ、という呟きは主人の耳に入る前に虚空へと消えた。




