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呼び戻された人



誰かに呼ばれた気がして振り返る。


その日は昨日から続く雪のおかげで、世界が白く霞んでいた。

風がないせいか、不思議と寒さを感じない。

ビニール傘の上をすべる冷たい結晶の合間から空を見上げつつ、咲良は公園をあてもなく歩いていた。


雪の舞い降りる、案外乾いた音に心を奪われていたはずだったのに。

(……まただ)

手招きをされているとしか言いようが無い感覚に鳥肌が立った。


―――――――― 戻っておいで


どこへ?

思わず応えそうになり、首を振る。

身寄りの無い自分にそんな事を言うのは施設の大人くらいだ。

(なんだろう…怖いな)

一人で静かな場所にいすぎたから、幻聴でも聴こえるようなってしまったんだろうか。

それとも誰か離れた場所で子どもを呼んでいるのだろうか?

それに反応してしまったのだとしたら、自分は少し悲しい存在になってしまう。

「…ばかみたい」

そう呟いた時。


―――――――― 見つけた


はっきりと響く声に足が止まる。

「な、に…?」


―――――――― 我らの迷い子 時と境界を違えた奇跡の子


頭に声が反響してガンガン響く。こだまなんて長閑なものではない。

「うあっ?…わっ!」

柔らかい雪に膝をつく。


―――――――― 選ばれし魂よ 源の地へ


急激に何か恐ろしい力が自分を引っ張っていこうとしていた。

最初に意識が引きずられる。自分を呼ぶ声がどんどん近づいて、感覚を遠ざけてしまう。


―――――――― そなたの魂が必要なのだ


それってヤバイんじゃないの?

そう思ったが最後、咲良の意識は糸が切れるように途絶えた。


青い青い、碧い―――――――― 果ての無い森が続く大地。

切り立った崖から何者かが見ている。

あまりにも悠然と、淡々と。

その傍らに誰かがいたような気がする。

あれは、誰―――――――― 



「…、……」

遠くで誰かが喋っている。

「…間違いありません……で、……救われる…」

「意識は……」

「……」


(あたし、何してるんだろう)


頬や手には柔らかい布の感触。

ゆっくりと身体が覚醒すると、どうやらうつぶせに寝ているようだと感じる。


(倒れたんだっけ?)


そうだ。

ばちり、と眼を開くと焦点が合わず、思わず顔をしかめる。更に、視線の先に見えたものに身に覚えのなく、一瞬何がなんだか分からない。

(明るい)

身体が思ったよりも軽く動いて、彼女は跳ね起きた。


「おや、お目覚めですかな」


声のしたほうを向くと、そこにも整列した細い柱。柱とういうには細く、猫が通れるかどうかの間隔で並び視界を圧迫している。

(…牢、だ)

「具合はいかがですか?痛いところは?」

その向こうからこちらに歩いてきたのは、不思議な服装をした老人だ。

厚手の生地に太目の糸で滑らかに施された刺繍が鮮やかだったが、それよりも老人の柔和な表情と落ち着いた眼差しに目がいった。


訝しげに首をひねる表情に、老人は一つ頷く。

「驚くのも無理はありませんな。ここは、今まで貴女の暮らしていた世界とは違なる場所」

膝を折って目線を同じ高さになると、意外なほど深い知性の塊が瞳の中に輝いている。

「ですが、あなたの故郷でもあります」

「――――――!?」

「貴女はこの世界にある輪廻の流れから世界の境に落ち、一人で別の場所に生まれ落ちたのです」


一人で。

それは分かっていた。いつも一人だった。

でも。


「本当でしたら、そのまま彼の地で生涯を終えるはずでした。こんな風に、狭間を越えて探し出されることは無かったでしょう。ですが、この世界の為にあなたが必要だと指し示されたのです」

老人は躊躇うことなくゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あなたの使命は、この世界を支えていただくことです」


(はぁ?)

呆れた声が出るはずだったのに、喉が掠れた呼気の鳴る音を搾り出す。

(…、…え?)

思わず喉を押さえる。

別に記憶喪失ではない。とりあえず何か問いかけようとして失敗し、唸り声も悲鳴も喉の奥がひゅうひゅうと鳴るだけ。

(どうして?)

「なにか…?」

喉元を押さえて首を振る少女の姿を見て白い眉がひそめられる。


「―――――――― っ」

(ダメだ、何がこんな所で弱さを見せちゃいけない…・)

何故か悔しくて、あてていた手で服をきつく掴んだ。


「……まさか、声が?」

はっとして顔を上げると、柵が消えて老人が踏み込む所だった。

「見せなさい」

両手を取られた時、体温を感じて涙が出た。

ここで自分以外の温度を持った人がいる――――― それでやっと、現実なんだと理解できた。

必死に口を動かす彼女に落ち着くよう諭しながら、老人は喉元を確かめ口の中を確認し何か呟く。

ぱしり、と自分の周りで何かが弾ける感じがして、体が強張る。

「うむ――――― 置いてきたわけではなさそうだ」

節くれだった手が肩をゆっくりと労わるように撫でる。

その温度が逆立った神経を宥めていく。


少しして、溜息のように息を吐くと涙を拭き始めた少女に老人は微笑んだ。

「私も慌ててこちらへ呼び戻したので、身体が驚いてしまっているのでしょう。大丈夫、すぐに喋れるようになるはずですよ」

そうであってほしい、というように頷く。


ふと、手首に見慣れないものがあることに気付いて目の前に掲げてみる。

石で出来たそれは、ブレスレットというような華奢なものではなく、腕輪と呼ぶのが一番しっくりくる。

手首に吸い付くようにはまるその輪は継ぎ目が見当たらなかった。


「大変失礼とは思いましたが、貴女がどんな人か分からなかったので着けさせていただきました。逃げ出そうとすると痛い思いをなさいますので、この塔から出ないようにお願い致します」


丁寧に言われたので、少しだけ驚く程度で済んだ。

檻を越えて来てくれたこの老人のことを、少しだけ信じる気になっていた。

「その様子ですと、私の言葉は分かるようですね?」

頷くと、今度は懐から取り出した紙を広げて見せられた。

「これは読めますか?」

チンプンカンプンだった。

見たことのある英語でもフランス語でもないような不思議なつづりの文字に見入る彼女に、老人は残念そうに眉を下げる。

「では、意思の疎通は時間がかかりそうですね……ですが、そう…貴女の意思を尊重できる部分は、実は少ない―――――――― 申し訳ありません」

(…どういう意味?)


老人は首を傾げた少女をあえて見ず、ゆっくりと立たせた。

「この国をお見せしましょう」



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