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魔王様と幼馴染の勇者様

作者: はんどろん

 わたしと、ある幼馴染の話をしようと思う。

 かなりの奇想天外さに本人たちも大層たまげたから、旅の暇つぶしくらいにはなるのではないだろうか。

  わたしの幼馴染は、女みたいな容姿で小さな頃からぼうっとしていて、村の男の子たちには混ざらずにいつもわたしの後ろをついてきていた。かと言って弱虫でもなかったし、頭が弱いわけでもなかったので、好かれはしなかったけれど特別嫌われることもなかった。ただ異様に綺麗な顔立ちと他の子供とは違う雰囲気で、浮いていたとは思う。それに何より奴は何をしてもさらりとこなしてしまう天才肌だった。

 対してわたしはかなり凡人だった。他の女の子よりは少し気が強そうと言われたし、それなりに容姿に自信はあったけれど、ただそれだけだった。

 わたしたち二人は、幼馴染の非凡さを抜けば本当にどこにでもいる幼馴染だった筈だ。けれどそれが変化したのは、わたしが十七才、幼馴染が十六才になったその日だった。そう、わたし達は一年差で同じ日に生まれたんだ。

 その日は朝から外が騒がしかった。風が強くて、鳥達はやってくる嵐を察知したかのように村を囲む森から飛び去っていった。きっと他の動物たちもそうだったんだろう。暫くすると森から生き物の気配が消えた。風も止み、静寂が訪れた。

 異変に気付いた村人たちが、家の外に出て様子を窺っていた時だった。みるみるうちに空が黒く染まった。もともと薄く曇ってはいたが、東の空から渦巻いてきたその黒の塊は、どんどんと空一面を埋めていった。それの正体に気付いた者は、誰も恐怖で動くことができなかった。ここまで言ったら、勘の良い貴方なら気付いているのではないだろうか。そう、一年前に起こったあの出来事だ。それを貴方が知っているのなら話が早い。まあ、けど順を追って話すから聴いてほしい。

 もう分かっていると思うが、黒い塊は魔族の群れだった。わたしたちが生まれ育った村は、今でこそ有名なあの白樹の村(カル・デサト)だったんだ。

 その日、村の誰もが人生の終わりを覚悟した。それまでは魔族どころか魔物も滅多に見る機会もなかったから、いくら平和ボケした村人たちも恐怖を感じたらしい。

 魔族の群れは、村の様子を窺っている様だった。まさに一触即発の事態に思えたけれど、その魔族たちは一斉に襲いかかってくることはなく、その中でも代表格らしき三人の魔族が降りてきた。

 その時もわたしと子分……いや間違えた、幼馴染は一緒にいたわけだが、その魔族たちが降りてきたのは、わたし達の目の前だった。そして驚くべきことに、跪いたんだ。正直、状況に付いていけずにぽかんと間抜けな顔をしていたと思う。だって、魔族と言えば人間を虫けらの様に考え、自分たちのことを世界の頂点と思っている様な連中だろう? その時までは実は遭遇したこともなかったけれど、そう思っていた。

 三人の魔族は、色んな意味で目を惹きつける様な容貌をしていた。羊の角と長い尻尾を持つ者、肉食獣の様な牙と爬虫類の様な目をした者、一人に限っては狼の頭と尻尾をした者だった。

 羊の角を頭に生やした一際美しい容姿の魔族が言った言葉が、今でもはっきりと耳に残ってる。

「魔王様におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極にございます」ってさ。はあ? だろう? わたしはその時本当にそう口に出してしまっていたよ。だって訳が分からない。魔王様? 誰がご機嫌麗しい? てかお前らは誰だって話だった。

 わたしの返答が不本意だったのか、その魔族は秀麗な眉をぴくりと動かした。わたしはそれを見たあと直ぐ横にいる幼馴染を見た。わたしに覚えはないが、幼馴染には覚えがあるかもしれないと思ったからだ。幼馴染の非凡さや腹黒さを思えば、正直魔王ってしっくりきすぎだろと思ったんだ。けどそいつは首を傾げるだけの、かなり暢気な反応をしていた。

 本人が知らないだけかもしれないと思って、わたしはまた魔族を見た。その時には三人の魔族が顔を上げていた。それにわたしはぎょっとした。そいつらが見ていたのは、隣にいる幼馴染ではなく、わたしの方だったんだ。

「やはり記憶はありませんか」と羊角の魔族が溜息交じりに言った。

 さて、この時点でわたしの嫌な予感ははち切れんばかりだったことを言っておこう。冷静な判断なんて出来る状態ではなく、目の前の状況から逃げるべきだと思った。自慢ではないが、わたしは口よりも手がいつも早く出る方だ。この時もそうだった。わたしは深く考える前に、幼馴染の腕を掴んで走った。結果は火を見るよりも明らかだったわけだが。そうだよ、十歩も行く前に魔族に捕まったよ。


 うん? 尻が痛くなってきた? そりゃあそうだろうな。こんな幌馬車の旅じゃ、まだまだ序の口なんじゃないか。先は長いから、毛布でも敷いておいたほうが良いよ。

 そうだな、さっきの話の続きなんだが、わたしはそのまま魔族に攫われたよ。柄じゃないのは自分でも分かってる。まあ、聞いてくれ。結果的には囚われのお姫様なんかじゃなかったんだから。

 これは後から聞いた話なんだが、村に残された幼馴染はわたしを助け出すと息巻いてたらしい。珍しく自分の意思を強く主張して一人準備を始めていたが、村への魔族襲来騒ぎに気付いた教会から司教がやってきた。それまでわたし達の住む田舎の小さい村に司教なんて訪れたこともなかったし、教会はあったがこれまた小さく地元のおばばが管理しているような規模だったんだ。

 司教は村に来て三度驚いたという。一つは、村の小ささ田舎くささ。失礼な話だろ。もう一つは、魔族の襲来の規模を村人に聞いて、最後の一つは、幼馴染と出会ってだ。

 嘘みたいな本当の話だが、幼馴染はどうやら勇者だったらしい。それを聞いた時、誰が決めたか知らないけど人選失敗だと思ったね。やる気もなく実は引くくらいの腹黒さを兼ね備えた幼馴染は、他人を救う存在なんかになれないだろうと思ったし、どちらかと言えば本当に魔王の方がしっくりくる様な奴だったから。

 え、信じられない? 噂で聞く勇者はどんな状況でも人々を救い、悪を討つ……はは、尾ひれはひれの威力は半端ないな。もしかしたら教会のやつらが作った話かもしれないが、まあそれはいい。ともかく当時、わたしの知る幼馴染はそんな存在なんかじゃなかった。

 それでもおやぶ……幼馴染のわたしには少しは情を抱いてくれていたのか、ともかく魔族から救おうとすぐに動いたらしい。準備を整え、次の日には村を経った。そこからはわたしも詳しくは知らないが、旅の仲間を増やし、魔族がいると聞いては駆けつけそいつらにわたしの居場所を吐かせようとしたらしい。ああ、その結果救われた人も結構な数いるだろうな。魔族からしたらやつは歩く凶器に見えていたことだろう。

 半年も経たないうちに勇者となった幼馴染は、わたしがいるところに辿り着いた。場所はもう分かるよな。そう、魔王城だ。

 あいつは驚異的な力で魔族たちを蹴散らしていった。それを含めてやっぱりわたしは今でもあいつが魔王に相応しいと思っているわけだが。

 半年振りに再会したわたしたちだったわけだが、半年前とは随分と状況が変わっていた。幼馴染は勇者となって各地で魔族を倒してたくさんの武勇伝を築き上げていたし、もう分かっていると思うが、囚われたわたしは姫様じゃなく魔王様になっていたわけだ。

 これに関しては今でも人選失敗だと主張し続けている。わたしは世界の頂点に立ちたいと思ったこともなければ、他の生き物より優れているとも思ったこともない。何より普通の人間だと信じている。少し生まれが特殊だっただけだ。前魔王の魂が生まれる前の赤ん坊に入りこみ、それがわたしだったなんて、赤ん坊の時に言われていたならともかく、ある程度普通に人間として育ってから言われても今更そんな大幅な軌道修正なんてできるわけがない。

 だったらどうして魔王城に留まっていたかって? それは小姑、いたっ……いや、なんでもない。魔族の中でも貴族の位の者たちが許してくれなかった。主にわたしを攫った三人衆だが、魔王と言っても人間として育ち力の使い方も知らないわたしとそいつらの力の差なんてはっきりしていた。わたしが魔王として置かれたのは、今後に期待されているということだ。やつらは現時点ではか弱いわたしでも、力の使い方を覚えれば最強になれると信じている。過度の期待は抱かないでくれと心の底から言ったが聞き入れてもらえなかった。

 再会した時の状況で、いや、それよりも前に魔族たちからわたしの居場所を訊き回っていた時に幼馴染はわたしが魔王だったのだと知っていたのだろう。魔王と勇者なんて嫌な予感しかしない訳だが、それぞれその自覚のない幼馴染同士でしかなかった。

 結果的に、わたし達は戦うこともなく、それぞれの状況を話し合うに収まった。自分が魔王だという事実は知れ渡るところだと知っていたから、勇者になったあいつにどんな態度を取られるか正直不安だった。だから一緒に帰ろうと言ってくれた時、感動して目の前が滲んだ。だから気付けなかったんだ。村にいた時にはなかった奴の異常さに。

 自覚はなかったが、わたしは自分が魔王だということを少しは利用できるのではないかと思っていた。人間として育ったのだから、魔族の利益よりも人間の平穏な暮らしを守りたいと思うのは当然だろう? わたしが魔王になれば、無駄な殺生や人間の被害を減らせると思ったんだ。わたしの存在が抑制になるのなら、魔王というのもいいかもしれないと自分を納得させようとしていた。逆を言えば、わたしが魔王にならなかった場合の被害がどれほどになるのか怖かった。

 わたしは幼馴染にその言葉は嬉しいけれど、村には帰れないと告げた。争うつもりも人を傷つけるつもりもないが、魔王になろうと思うと。幼馴染の言葉はわたしを吹っ切れさせてくれた。その言葉があればいいと思ったんだ。どうしても帰りたいなら、わたしには帰ることのできる場所があるんだと。

 だったらどうして今、魔王城ではなくこんな幌馬車にいるんだって? 別に魔王の仕事が面倒になったとかじゃないからな。

 さっき異常さに気付けなかったと言っただろう。わたしが決意を告げた時、幼馴染はにっこり笑ったんだ。それはもう綺麗な笑みだったけど、わたしはぞっとした。笑いながらそいつはわたしの腕を痛いぐらい強い力で摑まえていたんだ。

 その時のことを思い出したら、今でも鳥肌が立つよ。ほら、見てくれ。にっこり笑った顔であいつ、なんて言ったと思う? 「だめだよ、逃がさない」って言ったんだ。その時わたしはようやく幼馴染の恐ろしさに気付いたわけだが、情けないことに怖ろしすぎて動けなかった。魔族襲来時の非じゃない恐ろしさだったよ。ずっと一緒にいるんだからなんて、小さい頃に約束したことを今更引きずり出されてもって感じだが、その時わたしはこいつは病んでると確信した。幼馴染としての情はその時底をつきかけたね。

 動けないわたしを助けてくれたのは、魔王の側近の三人衆だった。何か目の前で死闘が繰り広げられていたけれど、心の中で全力で側近達を応援したよ。

 それで、さっきの質問の答えになるわけだが、わたしが今魔王城ではなくここにいる理由は……まあなんというか、あいつから逃げてきたんだ。そうだよ、絶賛逃亡中だ。それの何が悪い。あんたもあいつに狂気じみた笑みを向けられたら裸足で逃げ出すだろうよ。

 頭巾を被ってるのはその為かって、そうだよご名答。あいつとあいつの仲間の情報収集能力と目の良さはそら怖ろしいものなんでね。一応目と髪の色も変えてるし、側近たちにも違う姿をとらせている。それに頭巾に関してはそう珍しくないだろう。現にあんたもそうなのだし。口元まで隠してさ。

 魔王の癖にびびりすぎ? 放っといてくれ。情けないのを承知で、それでも人に話したいくらい鬱憤が溜まってるんだよ。人間に話すとあいつにすぐ見つかるから、あんたみたいな魔族の血が混じってるやつや魔族相手じゃないと話せないんだ。ああ、隣にいる銀髪の男は冷たくてわたしの話なんかこれっぽちも聞く気がないし、もう一人はすぐ寝てしまう。足元に寝てる犬がもっぱらわたしの話相手な訳さ。

 おおい、そんな切なそうな目で見るなよ。これでも旅は案外楽しくやってるんだからさ……。

 おっと、この先勇者に万が一話を訊かれるようなことがあっても、頼むからわたしの話はしてくれるなよ。最近ここら辺で勇者が現れたと耳にしたから、急いで移動している最中なんだ。魔族だから飛べばいいって言うなよ。知ってると思うが、わたしが魔王になってから魔族の持久力は凄い減ってるんだ。そんな移動をしたあとであいつとばったり会ってみろ。対応のしようがない。というか逃げられない。

 うん? 勇者が変装している可能性を考えたことはないのか? そんなことする必要はないだろう。わたしはあいつから逃げる必要に迫られているから変装もするが、あいつはただわたしを捜しているだけなんだから。なに笑ってるんだ。なんか嫌な笑い方だな。

 あ、鳥肌。なんだ、どうして手なんか繋いでくる。離せ痛いぞ。……あ。


 






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