カナデ 番外編完結 証明して見せて
カナデ視点です。
「カナデ、どうしたんだ? なんだかボーっとしているけど……」
「…………え?」
気が付くと、私は自宅に戻っていて食卓の席にいた。貴斗さんもいつの間にか席についていて、私の様子を伺っている。食卓にはいつの間にか料理が並べられていた。
私……あれからどうやって帰ってきたんだろう。貴斗さんはいつ帰ってきたんだろう。そもそも私料理したかしら……。
鈍く頭痛がする頭で、なんとか記憶を思い返そうとしていると、貴斗さんが心配そうに尋ねてきた。
「僕が帰ってきた時から君は心ここにあらずって感じだよ。料理を作っている時も無意識に体を動かしているみたいで……何かあったのか?」
「あ、だいじょ……っ――――!」
大丈夫、と貴斗さんに返事をしようとした時、今日見た光景が頭の中をフラッシュバックした。
大切な人に早く会いたいというような表情で、待ち合わせをしていたあやね。待ち人が来てとろけるような優しい表情をしたあやね。きれい。かわいい。私にあの笑顔を向けてくれたなら。どうしてあの笑顔が私に向けられないの。あの女だ。あの女のせいだ。春川りこ。私とあやねを引き裂いた。なのになんで春川りこがあそこにいたの。なんであいつとあやねが幸せそうに笑っているの。どうして二人で歩いているの。私が二人の仲を引き裂いてやったのに。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…………………。
「う、うぉえ……! げふ……!」
「っ! カナデ大丈夫か!? カナデ!!」
凄まじい嫌悪感が私の体を支配した。胃の底から這いあがってくる感覚に耐え切れず、思わず私は吐いてしまった。驚いた貴斗さんが席から立ち上がり、私の元に行こうとしている。
頭が鉛のように重く感じ、私はそのまま意識を手放した――――。
気が付くと病院のベッドの中にいた。部屋には貴斗さんとお医者さんらしき人がいて、何故か楽しそうに談笑していた。
私がゆっくりとベッドから起き上がると、それに気づいた貴斗さんが私の側にやってきて私を抱きしめた。
「よかった! 気が付いたんだねカナデ。本当に心配したよ」
「た、貴斗さん……私一体どうしたの……?」
混乱する頭で、何とかそれだけを呟くと、お医者さんがニコニコ笑った顔で私に告げた。
「あなたは倒れて病院に運ばれたんですよ。でも大丈夫、病気ではありません。あ な た は 妊 娠 し て い る ん で す よ 」
「……………………………………は?」
妊……娠……? 私が……?
黙り込んでしまった私を、貴斗さんは更に抱きしめてきた。そしてゆっくりと私のお腹を撫でた。
「君の様子がおかしかったのはそのせいだったんだね。ありがとう、カナデ……。僕の子を宿してくれて。幸せな家族になろう」
「今日は念のためこのまま入院しましょう。出産まで私達がきちんとサポートしますので安心して下さい」
「ありがとうございます、先生。カナデをどうぞよろしくお願いします……」
貴斗さんと先生が今後の事を話し合っている。私もそれに参加しなければいけないのに、喉が焼け焦げてしまったかのように声が出せない。さっきから頭痛がする。まるで鉛をしこまれたみたいだ。
再び倒れないようにするのが精一杯で、先生と貴斗さんの会話を、虚ろな表情で聞くことしかできなかった…………。
夜、病院のベッドで私は横になりながらお腹を触っていた。この中に、私とは違う命が入っている。私が母親になる。
私が……お母さんに……?
私の母親の顔が脳裏によぎった。次の瞬間強烈な、物凄い痛みが下腹部を襲った。
「あああああああああああ! 痛い痛い痛い痛い! 痛いいいいいいい!!」
突如襲ったあまりの痛みに意識が飛びそうになる。足を広げるとメリメリと何かが股から這い出して来た。血がドボドボと流れ、その流れに押されずるりと何かが押し出された。
「ひ、ひぃ……!」
その何かは人の形をしていた。それは私の方を振り返り、ぎょろっと目を開けた。目からはボロボロと涙をこぼしていた。
「おガあざん……ナんデ……わ゛だじを捨でダのォオオオ……」
血まみれの赤ん坊が私に手を伸ばす。いや、違う。これは赤ん坊じゃない。こ れ は 小 さ い 頃の 私 だ 。
「い、いや……いやああああああああ!! 違う違う私じゃない!!」
その赤ん坊から逃れようと部屋を飛び出そうとしたが、体中の痛みが邪魔をして、ただベッドから転がり落ちただけだった。それでも何とかベッドから離れようと、這いずろうとした時、頭上から声が聞こえた。
「なーにが違うってーの?」
「!!?」
顔を上げるとそこには高校時代の私がいた。高校時代の私はニヤニヤと笑いながら、私の髪の毛を掴み、無理やり私の上半身を上げた。あまりの痛みに涙を流すと、おかしそうに高校時代の私が笑い出した。
「あっはははは! 何泣いてるの? こんなのあんたがぜーんぶ、嫌いな人間にやってきた事じゃない。それに何が違うって? あの赤ん坊が自分自身な事? それともあんたが赤ん坊を捨てる事?」
「ち、違ううぅ……!」
嗚咽交じりの声でなんとかそれだけを言うと、すっと高校時代の私の目が座った。そして私と顔を近づけながら、お腹の底から響くような低い声で呟いた。
「何も違わねーんだよ。今日久しぶりに見たあやねで思い知ったろ。あんたはあんたのは母親と同じようにレズなんだよ。今日久しぶりに見たあやねで思い知ったろ。そしてあの母親と同じように子供を捨てるんだよ。あ~あ、可哀想にね~」
高校時代の私は、私の髪の毛を離し、ベッドで泣いている赤ん坊を掴み上げ、私の元へ赤ん坊を突き出した。
「幸せになれるとでも思ったの? 過去にあれだけの事をしておいて? 自分の過去をなかった事にして? でもあんたはあの母親と同じなんだよ? この子の為にも生まれてくる前に殺してあげなよ。ほら、こういうふうに、さっ……!」
高校時代の私はポケットからナイフを取り出し、そのナイフを赤ん坊と私に突き立てた。喉元から血がせりあがってくる。赤ん坊は泣くのをやめた。
「ふふふふ、あっははははは!! きゃーはっはっはっは!!!」
高校時代の私が狂ったように笑っているのを最後に見て、私の意識は闇へと沈んでいった。
私の宝石は綺麗にならない。ずっとずっと赤黒く汚れたままだ。ずっと血と錆の色をしているのだ――――。
「っ!ハァ、ハァ、ハァ……!」
急浮上した意識に視界が混乱する。ここが病院の部屋だという事を確認して、荒い息を吐きながら体を起こす。ベッドは血で汚れておらず、綺麗に保たれており、ようやくあれが夢である事を知った。
しかし私はお腹をさすりながら、泣きながら、自分の子供に詫びた。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね。こんなお母さんでごめんなさい。私、あなたを幸せにする資格なんてない……。 ごめんね、あなた一人で逝かせない。お母さんも一緒に逝くからね……」
私はお腹をさすりながら、ひたすら子供に詫び続けた。
私はこの子と共に自殺をする。そう決意したが、私にはある疑問があった。あやねと春川りこの愛は本物なのかという事だ。
もう認める。私はあやねの事が恋愛として好きだ。しかし女同士の恋愛で、幸せになる将来が私にはどうしても想像できなかった。だから私はある賭けをする事にした。
春川りこを誘拐して、あやねが時間指定までに助けにくれば、私は一人で自殺する。もしも間に合わなければ、あやねに誘拐場所を教え、春川りこの命と引き換えに、あやねと共に自殺をする。あやねがそれに応じなかった場合は、春川りこを道連れに自殺をする。
どの状況になっても、私の死は変わらない。二人の愛が本物ではなかった時には、代償として二人の命のどちらかを頂く。
その方があやねにとっても幸せなはずだ。間違った愛を続けて、いつかあやねが傷ついてしまうよりは。
そうして私は行動を起こした。
私は自宅の机に探さないでほしいと書置きを残し、離婚届を置いて家を出た。そして金を使って男達を雇い、春川りこを誘拐した。
誘拐した事を、春川りこのケータイを使ってあやねに知らせた。あやねの声が私に向かっていたのが嬉しかった。
監禁場所で、春川りこと会った。最初は以前のように私の顔色をびくびく伺っていたが、あやねの話題になると一変し、凛々しい表情で、私に啖呵をきった。以前の私なら激昂して、相手に暴力を振るったかもしれない。けれど春川りこの想いが眩しすぎて、私は何もできなかった。
春川りこからムーンストーンのブレスレットを貸してもらった。ブレスレットを両手で包み込み、胸に押し当てると、清らかな力が私の中に入ってくるような感じがした。まだ私に家族がいて、あやねと親友だった頃の事を思い出し、泣いた。
タイムリミットが近づいてきた。私と春川りこは屋上に移動し、一緒に日没間近の空を仰いだ。私は春川りこに「汚れてしまった宝石は再びきれいになれるのか」と質問をした。
もし、もし私の中の宝石も、きれいになれるとしたら。こんな私でも幸せもなれるとしたら。お腹の子と貴斗さんと生きていけるとしたら……。しかしそんな淡い希望は打ち消された。
あやねが来た。王子様のように、春川りこを救いに来た。
ああ、それなら私は悪い魔女だ。悪い魔女が救われる訳がない。私はお姫様の腕を捻りあげ、持っていたナイフで身動きがとれないようにした。
さぁ、そろそろ王子様がこの場所にやってくる。王子様とお姫様の愛が本物である事を証明しにやってくる。
どうか思い知らせてほしい。私が間違っていた事を。そして私を、悪い魔女を殺してほしい。
屋上の扉が大きな音を立てて開いた。あやねは全速力で走ってきたのだろう。空気を取り込むように大きく喘ぎながら、私を睨み付けた。
「はぁ、はぁ、っカナデぇ……! あんた……!!」
あやねが私を見てくれている。せめてこの一瞬だけでも、私はお姫様のようになりたくて、華のような笑顔をあやねに向けた。
「久しぶり、あやね。元気だった?」




