どうか一緒に
あやね視点です。
「久しぶり、あやね。元気だった?」
「あ、あやねちゃん……!」
何年ぶりに会うだろうか。高校以来会っていなかったカナデだが、大人になりぐっと色気が増したように思う。そんな顔で、私にうっとりとした顔で、笑う。
手に持ったナイフをりこの首筋につきつけながら。
りこに何てことしてんの……!?
私は激高して、カナデに掴みかかりたい衝動をなんとか抑える。ここで私が飛び出して、りこに怪我をさせる訳には絶対にいかなかった。
カナデのどんな行動も見逃がさないように、私はカナデを睨み付ける。そんな私をカナデは問題を解けた子を褒めるように、語りかけた。
「よくこの場所がわかったね~。偉い偉い。この場所を選んだ私もセンスあるよね~。まぁ私達にとって因縁のある場所だから、わかるっちゃーわかるか」
「……」
カナデの言葉に私は無言で返した。確かにここは私達にとっての因縁の場所だ。
なぜならここは、私とりこ、そしてカナデが三人で遊ぶ約束をしたショッピングモールだからだ。
あの時、男に襲われかけたカナデを私が助け、その光景をカナデに騙されたりこが見ていた場所。
今ではこのショッピングモールは閉鎖されており、取り壊される予定もないまま、半ば廃墟と化していた。
あの時、私がカナデの正体に気付いていれば、何か変わっていたのだろうか……?
私の胸に、じくりと痛みが走った時、
カナデはスイッチが壊れたように笑い出した。
「あはははははははははは!!!ふ、ふふふふふふふふ!!」
「!!?」
いきなり笑い出したカナデに戸惑っていると、カナデは心底嬉しそうに私に語り掛けた。
「ふふふ、あやねが私を見てくれた! すごい、何年ぶりだろう!? 嬉しいな嬉しいな! この場所も懐かしいよね! 小っちゃいころから私達二人でここに一杯遊びに来たもんね!? あははははははははははははは!!!」
「カナデ……」
狂ったように笑い出したカナデに、私は無性に泣きたくなった。
なぜ、なぜこんな風になってしまったんだろう。小さい頃、確かに私達は親友だった。カナデの事が大切で、カナデの為に何でもしてあげたかった。それがどうしてこんな事に……?
「カナデ……なんで、こんなふうになってしまったの? 昔はあんなに、優しかったのに……!」
絞り出すように問いかけた声に、今まで笑っていたカナデは、すぅっと声のトーンを落とした。
「あんたのせいよ。あやね……あんたが私をこんなふうにしたんだよ」
「わ、私……?」
思いがけない返事に私が呆然としていると、今まで私に見せた事のない表情で、カナデは私を睨みつけた。それは憎しみのような、焦がれるような、そんな表情だった。
「私の両親が離婚した時の事覚えてる? あれは世間じゃ母親が男と浮気して出て行った事になってるけど、実は女と浮気して出て行ったの。それで父親が怒り狂ってさぁ~……私その時にレズがすっごい許せなくなってね。あんな母親みたいになるものかって心に誓ったの。そしたらさぁ~……」
淡々と話していたカナデは、次の瞬間私を睨みつけ叫んだ。
「私、あやねにキスしちゃったんだよ!! 覚えてるあやね!? あの時だよ、私に漫画を見せに家に呼んでくれた時! あやね寝ちゃうんだもん! 何で寝たの!? そりゃキスもするよ! だってあやねは優しかったから!! 私が苦しくて死にそうな時、あやねだけが私に優しかったから!!」
カナデは片方の手で、自分の頭をガシガシと引っ掻いた。瞳からボロボロと涙がこぼれている。
「あやねのせいだよ! なんで私に優しくしたの!? あの事がなければ私は母親と同じにはならなかった! 私は綺麗でいられた! それなのに結局は私を捨てるんだ! あの女みたいに私を捨てるんだ! あやねも自分の好きな女の為に、私を捨てるんだぁああああ!!」
それはカナデの魂の叫びだった。カナデは子供みたいに泣きじゃくっている。もう声には出していないけれど、助けてと、私には聞こえた。
「カナデ……どうしたらいい? どうしたらあんたを救えるの……? どうしたらあんたは泣き止むの……?」
気付けば私も泣いていた。そして心から後悔した。小さい時からカナデは私の親友だった。親友だったのに、カナデの苦しみに全然気が付いていなかった。私がカナデの辛さを少しでも癒してあげるべきだった。そうしたら、もっと違う未来が待っていたかもしれない。
私とカナデ、りこと三人で笑っていたかもしれない。そんな未来が――。
カナデは私を睨みつけたまま、しばらく黙っていたが、やがてぼそりと呟いた。
「……あやね、私と一緒に逝ってくれる? もう、終わらせたいの……そうしたら、この女だけは、見逃してあげる」
「っ!? だ、だめ! 絶対だめ! やめてあやねちゃん!」
カナデの言葉を聞いた途端、りこの顔色が青ざめた。必死に私を止めようと、言葉を投げかけてくる。
けれど、私の気持ちはすでに決まっていた。
「いいよ、カナデ……。一緒に逝ってあげる。りこだけは……絶対に助けてね……」
「あやねちゃん!!?」
りこの悲痛な叫び声が聞こえた。でも私には、もうこれしかりこを助け出す方法がわからなかった。
カナデはりこの喉元にナイフを突きつけていたし、私はカナデに対しての罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
「……わかってる。もう春川さんには手を出さないよ」
カナデはりこを屋上の端に連れていき、りこと手すりを縄で繋いだ。そして私の元へやってきて、私の手を取った。
私達は手を繋いだまま、手すりを越えた。もう私達を遮るものはなく、一歩足を踏み出せば、地上へ叩き落されるだろう。
足を踏み出そうとした時
「いやぁ! やだぁ! 水嶋さん、連れて行かないで! お願いあやねちゃん行かないでぇ!!」
「っ――――! りこ!!」
りこの渾身の叫び声が聞こえた。私は胸を打たれたような感覚を味わい、後ろを振り返り手すりを掴もうとした。
しかし手すりに伸ばそうとした手を、カナデが掴んだ。哀願するような、恨むような目で私に言った。
「……私を助けてくれるって言ったよね?」
「カナデ……!」
カナデは私から先に屋上から落そうと、手を引っ張った。
私は踏ん張ろうとしたが、既に片足は宙を蹴っていて、体は重力に逆らえず、そのまま落下する感覚が体を支配した。
すべての感覚が、ゆっくりとスローモーションになっている。
カナデも私の後に続こうと、手すりを離そうとしている。りこが縄を引きちぎろうと、我武者羅に暴れている。
ダメだよ、りこ……そんなふうにしたら怪我しちゃうよ……。
一瞬、りこと目が合った。まるでこの世の終わりという表情で、涙で顔をボロボロにしたりこが、大きく口を開いた。
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!」




