月光石
前半あやね視点。後半りこ視点です。
カナデから電話があって数時間が経過した。ロバートさんと片岡と芝崎は今私の実家に来ている。憔悴している私を心配して、その場から一番近い私の実家まで送ってくれたのだ。
突然の大人数の来訪に、兄は最初驚いていたが、私の顔色を見るとすぐに私たちを家の中に入れてくれた。
兄の奥さんは出産のため里帰り中で、両親も海外に仕事に行っているので、家の中は兄一人だけだった。
私たちはリビングのソファーに座り、兄が入れてくれたお茶を飲んだ。久しぶりに兄のお茶を飲んで、いくらか落ち着いた私は、戸惑う兄や片岡達に事情を説明した。
「そんな事があったんだな……。カナデちゃんか……」
「信じらんない! 何その人サイッテー! 逆恨みじゃん!」
「落ち着けって片岡! お前が憤ってもしょうがないだろ!」
事情を知った兄は考え込み、片岡は立ち上がって怒りを露わにし、芝崎はそんな片岡をなだめようと必死だ。
すると今まで黙っていたロバートさんが口を開いた。
「あやねさん……これからどうしますか。警察に通報しますか?」
「……警察に通報して、それを知ったカナデがりこに何をするのか……考えると怖いです……」
本来ならこれは立派な誘拐事件だ。警察に任せるのが一番いい。しかし相手はあのカナデだ。警察に気付いたカナデがりこに危害を加える可能性は十分にあるだろう。私はそれが一番恐ろしかった。
私たちが黙り込むと、次の瞬間私のケータイの着信音が鳴った。
「「「!!?」」」
私が慌ててケータイを取り出し、画面を見ると、知らない番号の表示が出た。カナデからだろうか。
恐る恐る電話に出ると、一番聞きたい声が耳に飛び込んできた。
「あやねちゃん……! あやねちゃんあやねちゃんあやねちゃん!!」
「っ! りこ!? りこなの!? 大丈夫なの!?」
私の言葉に、皆が前のめりになった。私は嬉しさのあまりに涙声になった、
「電話……! 今電話できるの!? どこにいるの!?」
落ち着いて話さなければ。しかし一度高ぶった感情はなかなか抑えられない。
私の情けない声を聞いて逆に冷静になったのだろうか。りこが落ち着いた声で私に話しかけてきた。
「私は大丈夫だよ。荷物は水嶋さんに取られちゃったけど、仕事用のケータイには気付かなかったみたい。今から私がいる場所を伝えるね?」
私は急いで通話を皆に聞こえるように、ケータイの機能を入れ替えた。緊張が張り詰める空気の中、りこが話し始めた。
「えっと……ここは多分廃ビルだと思う。人の気配がまったくしないし、部屋は段ボールがいっぱいあるけど……埃が大分積もっているから。窓はあるけど、ごめん縛られてて動けないの。多分五階あたりかな。でも今工事があってるみたい。外がライトの光で明るいし、機材の音も聞こえるから……」
次の瞬間、警告音が聞こえた。この音は相手側のケータイが電池切れを示す音だった。
「りこ!? ケータイが……!」
「……うん。ごめん電池切れみたい。でも私が今伝えることのできる情報は全部伝えることができたよ……!」
「りこ! 絶対私、りこを見つけてみせるから! だからお願い待ってて……待ってて!」
「うん。あやねちゃんを信じている。待ってるから……!」
そこで通話は途切れてしまった。ツーツーとなるケータイをそっとしまいながら、私は覚悟を決めた。
りこ、本当は辛いのに、怖いはずなのに。私に心配かけないように気丈にふるまっていた。私だって頑張らなきゃ……! 今すぐ探しに行こう!
「スマホのアプリでこの街の地図出しました!」
「俺はこの時間帯で工事をやっている所を調べます!」
「僕はこの街の廃ビルの場所を調べます……!」
「私は友達からそれらの情報を集めます!」
気付くと芝崎、兄、ロバートさん、片岡がそれぞれパソコンやケータイを使い、行動を始めていた。私が呆気にとられていると、片岡が私を叱った。
「何ですかその意外そうな顔! あやねさんの大事な人が捕まっているんでしょ? 力になりますよ私だって!」
「そうですよ! 俺も協力します!……データある程度絞りこめました! 皆さんにも送りますね……俺ちょっと行って確認してきます!」
芝崎がその場から立ち上がり、玄関の方に向かう。兄とロバートさんが芝崎の後に続いた。
「あ、待って! 私も行く……!」
私も慌てて立ち上がり、三人の後を追うとするが、ロバートさんに遮られてしまった。
「だめです。今はもう夜遅くて女性は危ない。僕たち男性陣が捜索に行きます」
「でも……!」
「ロバートさんの言う通りだな。あやね、大丈夫だ。お前は一人じゃない。俺たちだって、協力できる。だからここで、情報を集めていてくれ」
言い募ろうとしている私を、兄は優しく頭を撫でた。ロバートさんも芝崎も、暖かい目で私を見ていた。
「……お兄ちゃん……皆……」
後ろから、片岡がそっと私の肩を抱いてくれた。
「そうですよ、あやねさん。あやねさんの大事な人だもの。私たちも協力します。夜の間は私とあやねさんで情報を集めて、外が明るくなったら探しに行きましょう? あやねさん一人で抱え込まなくていいんです」
片岡のその言葉を聞いた時、思わず目から涙があふれた。今まで冷え切っていた心に、温かいお湯が流れ込んできたみたいだ。
両手で顔を包み、私は心の中でりこに話しかけた。
りこ、大丈夫。こんなにも私たちを助けてくれる人たちがいる。私たちは二人ぼっちじゃない。すぐに助けるから――!
ケータイの充電が切れたのを確認し、私はため息を吐きながら、ケータイをポケットの中に直した。
あやねちゃんの声が聞けて大分冷静になれた。この場所の情報も、正確に伝えることができたと思う。
その時、またコツコツと足音が聞こえたかと思うと、扉が空き、水嶋さんが部屋に入ってきた。
「……っ!」
「いい加減私を見るたびにビビるのやめてくんない? うざいんだけど」
「な、何をしに……っきゃ!?」
私が文句を言おうと口を開こうとした時、水嶋さんが私に向かって何かを放り投げた。顔にかかったそれを外すと、毛布だった。
「!!??」
「何その今までで一番驚いた顔。風邪ひかれるとめんどくさいし、あんたは人質だからね。私の要求が叶うまで、丁重にもてなしてあげるわよ。それ以降の事はしらないけどね」
そう言って、水嶋さんは私の足元にサンドイッチとペットボトルの水が入った袋を置いた。予想もしなかった事態に私は混乱した。
「……ありがとう?」
「は、何お礼言ってんの? 本当バカよね。これは最後の晩餐みたいなもんよ」
水嶋さんは蔑むような目で私を見たが、高校時代の彼女だったら絶対に私に対してこんな事はしないだろう。むしろ凍え、飢えに苦しむ私を嬉しそうに見ているに違いない。
もしかしたらと、私にある考えが芽生えた。
「……ねぇ水嶋さん。私の手元にムーンストーンのブレスレットあるでしょ? これを見て」
「っ――! それ高校の時、あやねがあんたにあげたブレスレットね!? まだ付けてるとか、どれだけ私をバカにすんのよ……引きちぎってやる!」
水嶋さんは怒りの表情で私の腕からブレスレットを引き抜き、ちぎろうとブレスレットの両端を掴んだ。
「待って水嶋さん! そのブレスレットはあなたが持ってて!」
「!?」
私の言葉に水嶋さんが動揺した。私がこんな事を言うなんて考えてもいなかったのだろう。私だって驚きの発言だよなと自分でも思う。
「ブレスレットは壊そうと思えばいつでもできるわ。だからその時まであなたが持っていて。私はね、この職業をしていて実感しているの。確かに石には力があるって。」
「……わけのわからないこと言ってんじゃないわよ。まぁいいわ。あやねが選んだ物だしね。あんたじゃなくて私の物にしてあげるわ。あやねが知ったらなんて思うかしらこれ? じゃあ私は帰るわ」
そう言って、笑いながら水嶋さんは部屋から出て行った。
大事なブレスレットを渡した事で、心にさざ波が起きている。けどこれでよかったはずだ。私の考えが正しいのなら、きっと石の力が働いてくれるだろう。
私は不自由な手でサンドイッチと水を飲み、毛布にくるまれながら夜明けを待った。
ムーンストーンは愛を伝える石。恋人たちを繋ぐ石。そしてもう一つの力を持っている。それは――
狂気を浄化する力。
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