声を聞かせて
前半あやね視点。後半りこ視点です。
狂気をにじませた笑い声に、私は震える声で答えた。
「カ、ナ ……デ ……?」
私がこの声に思い当たる人物の名前を呟くと、電話の主は嬉しそうに笑った。
「あははっ! そうだよカナデだよ! 久しぶりだね~あやね。元気だった?」
まるで何事もなかったかのように話し出すカナデに、私は発狂しそうになりながら、カナデに怒鳴った。
「なんでカナデがりこのケータイから電話してくるの!? りこに何をしたの!」
「……何よ。親友が久しぶりに電話したってのに、開口一番がそれ? あの女の事がそれほど大事なんだ~へ~ほ~ふ~ん」
りこの話になった時、カナデはあきらかに先ほどと違うテンションになった。ブツブツ電話口で文句を垂れていたが、気を取り直したように話し始めた。
「ま、別にいーんだけどね。私だってそう簡単にあやねの心を取り戻せるとは思ってないし。あの女は私が預かっているよ。つまり私の気分次第であの女をどうこうできちゃうわけ。おわかり? あはは!」
「はぁ……!?」
笑いながら何とんでもない事を言っているんだこいつは!? 私は一瞬絶句するが、再び声を荒げようとした時、
「明日まで待つ」
今まで出していた笑い声をぴたりと止め、カナデは驚くほど冷静な声で私に告げた。
「明日まで待つ。明日の日没までに、私たちがいる場所を突き止めてみなさいよ。私たちはこの街にいるからさ。もし日没までに間に合わなければ、この女を殺す。警察に話をしてもこの女を殺す。街には私が雇った奴がたくさんいるから、何か異変があればすぐにわかる。これはね……」
カナデがすぅ、と深呼吸をした。
「これは私とあやねの命を懸けた勝負だよ。あやねとあの女との愛が本物だって言うのなら、それを証明してみなさいよ。……まぁ勝負は既についているような物だけどね! あはははは! じゃあね~」
「ちょ、待って! やめてりこにひどい事しないで! カナデ!!」
ブツリと電話は切れてしまった。後に残ったのはツーツーと鳴っている機械音だけだ。
私はゆっくりとケータイを下した。冷や汗をかいているのが自分でもわかる。その時ロバートさんが、
青白い顔で私を見つめていた事に気が付いた。
「あやねさん……! りこの身に何かあったのですか?」
ロバートさんの言葉を聞いた途端、今さっきカナデが話していた内容が頭の中でフラッシュバックし、私は次の瞬間喫茶店を飛び出した。
「あやねさん! 待ってください! あやねさん!!」
後ろからロバートさんの叫び声が聞こえる。けれどそれにかまっている暇はなかった。私は喫茶店の前にある大通りに飛び出し、がむしゃらに叫びながら走り出した。
「りこー! どこにいるの!? 返事してー! りこー!!」
周りが奇異な目で私を見ている。けれどそんな事気にしている余裕はなかった。
なんで、どうしてこんな目に会うの? どうしてカナデは私たちの幸せを邪魔するの? りこは無事なの?
頭の中はその事で一杯で、とても冷静な判断なんてできなかった。
「きゃっ!?」
「わあ!?」
よそ見しながら走っていたから、前方にいた人とぶつかってしまった。ぶつかってしまった拍子に私は道路に転んでしまった。相手は大丈夫だろうか? 私が相手を見上げた時、そこには見慣れた人物が二人いた。
「か、片岡!? 芝崎?」
「あいたた……あやねさんってば、いきなりタックルしてくるんだもん。どうしたんですか?」
「あやねさんと勢いよくぶつかって倒れないお前って、すごいな……。あやねさん大丈夫ですか?」
いきなり目の前に現れた後輩二人に、私は呆然としながら二人を見上げていた。心配そうに手を差し伸べてきた二人の手をとった時、後ろから私の名前を叫びながらロバートさんが走って近づいてきた。
その声を聞いた瞬間、私は今までの緊張が溶けたように、目から大粒の涙がこぼれ出した。私は二人の手にすがりながら、大きな声で泣き始めた。
二人がぎょっとしながら私に声をかける。ロバートさんは息を切らせて私の傍にやってきた。私は神様に祈った。
神様、お願いです。りこがどうか無事でありますように。カナデに何もされていませんように。その代りに私がどんな目に会ってもいいですから……!
嘆く私を関係ないと言うように、空には宵闇が迫ろうとしていた――――。
「っ――こ、こはどこ……?」
目を開けると、そこはどこかの倉庫のようだった。目の前には段ボール箱や埃かぶった雑貨品等が乱雑に置かれている。
今は夜なのだろうか。一つしかない窓からは闇が広がっていた。しかし部屋の中にはキャンプで使うようなランタンが置いてあり、部屋の中はそこまで暗くはない。
「――な、何これ!?」
横たわった自分の体を動かそうとした時、両手と両足が縛られている事に気が付いた。両手は前に固めに縛られており、自力でほどくのは困難に思えた。
そうか……私、あの時誘拐されたんだった……。
という事は、私は朝から気を失っていた事になる。犯人達の目的は何だろうか。あやねちゃんは大丈夫だろうか。私はどこに連れて行かれたんだろうか。
混乱している頭で必死に現状を整理しようとしていると、コツ、コツと足音が聞こえてきた。私はビクッと体を震わせた後、扉に目を向けた。
扉の前で足音は止まり、ゆっくりと扉が開いた。
「っ――――!?!?!?」
「ひ、さ、し、ぶ、りぃ~……元気だった? りこちゃん……」
扉を開けてニヤニヤ笑いながら入ってきた人物は、忘れもしない、水嶋カナデだった。
なぜ、なぜこの人がここにいるのか。二度と会いたくないと思っていた人。私のトラウマ。
私が恐怖のあまり、言葉を発せずにいると、水嶋さんは笑いながら私の前に座り、私を見下げてきた。
「あはは……相変わらず、卑屈な目をしているね~うざったいなぁ……」
「な、なんで水嶋さんがここにいるの!? これはあなたの仕業なの!?」
私が反射的に水嶋さんに問いかけると、次の瞬間水嶋さんは私の髪の毛を掴んできた。
「い、痛――!」
「そうだよ~あの男たちは私が雇ったアルバイトだよ。さすがに私のか弱い腕じゃあんたを浚えないからね。ってゆーか今もあやねと付き合っているってどういう事よ。本当にあんた達って……。むかつくから雇った男達にあんたを襲わせようかな~? あやねを諦めるならやめてあげるよ。心の弱いあんたはそうした方がいいんじゃない? さぁどうする?」
「…………ふざけるな」
「は?」
「ふざけるなって言ったのよ!! いい加減にして!」
「!?」
私は自分の頭を思いっきり振って、水嶋さんの手を振り払った。そして自分の体勢を立て直し、水嶋さんを睨み付けた。
「私はもう昔の私じゃない! 私は絶対にあやねちゃんを諦めたりなんかしない! 二人で絶対幸せになって見せる! 例えそれで私がどんな目にあっても!」
こんな事を言って、どういう事をされるかわからない。けれど私はあの頃のように、水嶋さんにあやねちゃんを取られるのだけは我慢ならなかった。
高校生の時からずっと言いたかった事が、この時初めて相手に告げられた気がした。
水嶋さんはしばらく私と睨み合ったが、ふと、興味を失ったように目線を逸らした。
「……まぁ、どうでもいいや。雇った男たちはもう捨てちゃったから、そうしたくてもできないしね」
そう言って水嶋さんは扉の前まで歩き、扉を開ける時に、振り向かずにこう言った。
「あ、そうそう。あんたのバックは私が預かってるから。外部との連絡はできないよ。ここには私とあんたしかいないし。明日の日没までに、あやねが助けに来てくれるといいね。そうじゃないとあんた死ぬから。まぁ最終的には私が勝つけどね……じゃあまた後で」
そう言い残し、水嶋さんは去って行った。
水嶋さんの気配が完全に消えてから、私はどっと大きく息を吐いた。
体中から嫌な汗をかいている。今にも気絶してしまいそうだ。しかも最後の言葉には私に対する殺意があった。早くなんとかしなければ。
私はスカートのポケットに手を入れた。目当ての物の手触りがあり、私は大きく安堵した。
よかった……これは取られなかったみたい。
私はポケットの中から薄型の仕事用のケータイを取り出した。私は仕事用とプライベート用とケータイを使い分けており、いつも仕事用のケータイは身に着けるようにしていた。
不自由な手を使い、何とかケータイを操る。今ではソラで言える、あの番号を押した。
プルルル……プルルル……。
「もしもし……?」
その声を聞いた瞬間、緊張の糸が途切れ、ぶわっと涙が溢れ出した。愛しい愛しい彼女の声。私は嗚咽交じりに、彼女の名前を叫んだ。
「あやねちゃん……! あやねちゃんあやねちゃんあやねちゃん!!」
「っ! りこ!? りこなの!? 大丈夫なの!?」
電話の向こうから、あやねちゃんの切羽詰まった声が聞こえる。おそらくあやねちゃんにも、水嶋さんから連絡があったのだろう。あやねちゃんの声を聞きながら私はボロボロと涙を流す。けれど、それは悲しい涙ではなかった。
――――大丈夫。
大丈夫。私は大丈夫。この声がある限り、どんな状況でも耐えてみせる。
絶対この場所から逃げ出し、あやねちゃんをもう一度抱きしめるために。




