表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/42

声を聞かせて

前半あやね視点。後半りこ視点です。

 狂気をにじませた笑い声に、私は震える声で答えた。


「カ、ナ ……デ ……?」


 私がこの声に思い当たる人物の名前を呟くと、電話の主は嬉しそうに笑った。


「あははっ! そうだよカナデだよ! 久しぶりだね~あやね。元気だった?」


 まるで何事もなかったかのように話し出すカナデに、私は発狂しそうになりながら、カナデに怒鳴った。


「なんでカナデがりこのケータイから電話してくるの!? りこに何をしたの!」


「……何よ。親友が久しぶりに電話したってのに、開口一番がそれ? あの女の事がそれほど大事なんだ~へ~ほ~ふ~ん」


 りこの話になった時、カナデはあきらかに先ほどと違うテンションになった。ブツブツ電話口で文句を垂れていたが、気を取り直したように話し始めた。


「ま、別にいーんだけどね。私だってそう簡単にあやねの心を取り戻せるとは思ってないし。あの女は私が預かっているよ。つまり私の気分次第であの女をどうこうできちゃうわけ。おわかり? あはは!」


「はぁ……!?」


 笑いながら何とんでもない事を言っているんだこいつは!? 私は一瞬絶句するが、再び声を荒げようとした時、


「明日まで待つ」


 今まで出していた笑い声をぴたりと止め、カナデは驚くほど冷静な声で私に告げた。


「明日まで待つ。明日の日没までに、私たちがいる場所を突き止めてみなさいよ。私たちはこの街にいるからさ。もし日没までに間に合わなければ、この女を殺す。警察に話をしてもこの女を殺す。街には私が雇った奴がたくさんいるから、何か異変があればすぐにわかる。これはね……」


 カナデがすぅ、と深呼吸をした。


「これは私とあやねの命を懸けた勝負だよ。あやねとあの女との愛が本物だって言うのなら、それを証明してみなさいよ。……まぁ勝負は既についているような物だけどね! あはははは! じゃあね~」

「ちょ、待って! やめてりこにひどい事しないで! カナデ!!」

 

 ブツリと電話は切れてしまった。後に残ったのはツーツーと鳴っている機械音だけだ。


 私はゆっくりとケータイを下した。冷や汗をかいているのが自分でもわかる。その時ロバートさんが、

青白い顔で私を見つめていた事に気が付いた。


「あやねさん……! りこの身に何かあったのですか?」


 ロバートさんの言葉を聞いた途端、今さっきカナデが話していた内容が頭の中でフラッシュバックし、私は次の瞬間喫茶店を飛び出した。


「あやねさん! 待ってください! あやねさん!!」


 後ろからロバートさんの叫び声が聞こえる。けれどそれにかまっている暇はなかった。私は喫茶店の前にある大通りに飛び出し、がむしゃらに叫びながら走り出した。


「りこー! どこにいるの!? 返事してー! りこー!!」


 周りが奇異な目で私を見ている。けれどそんな事気にしている余裕はなかった。


 なんで、どうしてこんな目に会うの? どうしてカナデは私たちの幸せを邪魔するの? りこは無事なの?


 頭の中はその事で一杯で、とても冷静な判断なんてできなかった。


「きゃっ!?」

「わあ!?」


 よそ見しながら走っていたから、前方にいた人とぶつかってしまった。ぶつかってしまった拍子に私は道路に転んでしまった。相手は大丈夫だろうか? 私が相手を見上げた時、そこには見慣れた人物が二人いた。


「か、片岡!? 芝崎?」

「あいたた……あやねさんってば、いきなりタックルしてくるんだもん。どうしたんですか?」

「あやねさんと勢いよくぶつかって倒れないお前って、すごいな……。あやねさん大丈夫ですか?」


 いきなり目の前に現れた後輩二人に、私は呆然としながら二人を見上げていた。心配そうに手を差し伸べてきた二人の手をとった時、後ろから私の名前を叫びながらロバートさんが走って近づいてきた。

 その声を聞いた瞬間、私は今までの緊張が溶けたように、目から大粒の涙がこぼれ出した。私は二人の手にすがりながら、大きな声で泣き始めた。

 二人がぎょっとしながら私に声をかける。ロバートさんは息を切らせて私の傍にやってきた。私は神様に祈った。


 神様、お願いです。りこがどうか無事でありますように。カナデに何もされていませんように。その代りに私がどんな目に会ってもいいですから……!


 嘆く私を関係ないと言うように、空には宵闇が迫ろうとしていた――――。










「っ――こ、こはどこ……?」


 目を開けると、そこはどこかの倉庫のようだった。目の前には段ボール箱や埃かぶった雑貨品等が乱雑に置かれている。

 今は夜なのだろうか。一つしかない窓からは闇が広がっていた。しかし部屋の中にはキャンプで使うようなランタンが置いてあり、部屋の中はそこまで暗くはない。


「――な、何これ!?」


 横たわった自分の体を動かそうとした時、両手と両足が縛られている事に気が付いた。両手は前に固めに縛られており、自力でほどくのは困難に思えた。


 そうか……私、あの時誘拐されたんだった……。


 という事は、私は朝から気を失っていた事になる。犯人達の目的は何だろうか。あやねちゃんは大丈夫だろうか。私はどこに連れて行かれたんだろうか。

 混乱している頭で必死に現状を整理しようとしていると、コツ、コツと足音が聞こえてきた。私はビクッと体を震わせた後、扉に目を向けた。

 扉の前で足音は止まり、ゆっくりと扉が開いた。


「っ――――!?!?!?」


「ひ、さ、し、ぶ、りぃ~……元気だった? りこちゃん……」


 扉を開けてニヤニヤ笑いながら入ってきた人物は、忘れもしない、水嶋カナデだった。


 なぜ、なぜこの人がここにいるのか。二度と会いたくないと思っていた人。私のトラウマ。


 私が恐怖のあまり、言葉を発せずにいると、水嶋さんは笑いながら私の前に座り、私を見下げてきた。


「あはは……相変わらず、卑屈な目をしているね~うざったいなぁ……」


「な、なんで水嶋さんがここにいるの!? これはあなたの仕業なの!?」


 私が反射的に水嶋さんに問いかけると、次の瞬間水嶋さんは私の髪の毛を掴んできた。


「い、痛――!」


「そうだよ~あの男たちは私が雇ったアルバイトだよ。さすがに私のか弱い腕じゃあんたを浚えないからね。ってゆーか今もあやねと付き合っているってどういう事よ。本当にあんた達って……。むかつくから雇った男達にあんたを襲わせようかな~? あやねを諦めるならやめてあげるよ。心の弱いあんたはそうした方がいいんじゃない? さぁどうする?」



「…………ふざけるな」


「は?」


「ふざけるなって言ったのよ!! いい加減にして!」


「!?」


 私は自分の頭を思いっきり振って、水嶋さんの手を振り払った。そして自分の体勢を立て直し、水嶋さんを睨み付けた。


「私はもう昔の私じゃない! 私は絶対にあやねちゃんを諦めたりなんかしない! 二人で絶対幸せになって見せる! 例えそれで私がどんな目にあっても!」


 こんな事を言って、どういう事をされるかわからない。けれど私はあの頃のように、水嶋さんにあやねちゃんを取られるのだけは我慢ならなかった。

 

 高校生の時からずっと言いたかった事が、この時初めて相手に告げられた気がした。


 水嶋さんはしばらく私と睨み合ったが、ふと、興味を失ったように目線を逸らした。


「……まぁ、どうでもいいや。雇った男たちはもう捨てちゃったから、そうしたくてもできないしね」


 そう言って水嶋さんは扉の前まで歩き、扉を開ける時に、振り向かずにこう言った。


「あ、そうそう。あんたのバックは私が預かってるから。外部との連絡はできないよ。ここには私とあんたしかいないし。明日の日没までに、あやねが助けに来てくれるといいね。そうじゃないとあんた死ぬから。まぁ最終的には私が勝つけどね……じゃあまた後で」


 そう言い残し、水嶋さんは去って行った。


 水嶋さんの気配が完全に消えてから、私はどっと大きく息を吐いた。


 体中から嫌な汗をかいている。今にも気絶してしまいそうだ。しかも最後の言葉には私に対する殺意があった。早くなんとかしなければ。


 私はスカートのポケットに手を入れた。目当ての物の手触りがあり、私は大きく安堵した。


 よかった……これは取られなかったみたい。


 私はポケットの中から薄型の仕事用のケータイを取り出した。私は仕事用とプライベート用とケータイを使い分けており、いつも仕事用のケータイは身に着けるようにしていた。


 不自由な手を使い、何とかケータイを操る。今ではソラで言える、あの番号を押した。


 プルルル……プルルル……。


「もしもし……?」


 その声を聞いた瞬間、緊張の糸が途切れ、ぶわっと涙が溢れ出した。愛しい愛しい彼女の声。私は嗚咽交じりに、彼女の名前を叫んだ。


「あやねちゃん……! あやねちゃんあやねちゃんあやねちゃん!!」


「っ! りこ!? りこなの!? 大丈夫なの!?」


 電話の向こうから、あやねちゃんの切羽詰まった声が聞こえる。おそらくあやねちゃんにも、水嶋さんから連絡があったのだろう。あやねちゃんの声を聞きながら私はボロボロと涙を流す。けれど、それは悲しい涙ではなかった。


 ――――大丈夫。


 大丈夫。私は大丈夫。この声がある限り、どんな状況でも耐えてみせる。


 絶対この場所から逃げ出し、あやねちゃんをもう一度抱きしめるために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ