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番外編 カナデ2

番外編。カナデ主点です。

 顔を上げると、そこには悪魔のように顔を歪めた男がいた。怒りのせいか顔に血管が浮き出ている。

 この人は本当に私の父だろうか? 始めて見る父の表情に、思わず手の痛みを忘れて父の顔を凝視した。

 父はしばらく黙っていたが、いきなり私の手を離したかと思うと、ハンドルを握り車を発進させた。駐車場から道路に車を出して、急加速させる。


「パ、パパ!?」


 私は車のスピードに恐怖を感じ、父を何とか落ち着かせようと話しかけた。

 しかし父はそんな私を見えていないかのように、ブツブツと独り言を言い始めた。


「ちくしょう……! あのアマなめやがって……どこまで俺をコケにすれば気が済むんだ……!」


 血走った目、初めて聞く父の暴言。その全てが恐ろしく、私はなす術もなく、ただ強く目をつむった。




「おい!! 出てこい! どこにいるんだ!?」

「あ、あなた……どうしたの? きゃあ!」

 

 家に付くと、父は私を引きずりながら、大きな声を出して母を探した。リビングに行くと、母は何事かと姿を現した。

 父は母を見つけると、いきなり母の胸元を掴み、床に引き倒した。母はガクガクと怯えながら父を見上げる。


「お前まだあの女と切れていなかったのか!? 女同士で気持ち悪いんだよ! 結婚する前に別れろってあれだけ言ったのに……! お前には俺しかいないんだ! それなのによくも俺をだまし続けていたな!」


「ごめんなさい! ごめんなさい! 許して下さい! ごめんなさい!」


 絶叫しながら謝る母を、父は悪魔のような形相で睨みつけ、次の瞬間母のお腹を蹴りつけた。何度も何度も母の身体を蹴りつける。

 母はくぐもった声を出しながら、嵐がすぎるのを待つように、ひたすら床に這いつくばった。


 なんだろうこれ……。今何がおきているんだろう……。


 私は豹変した父と、泣きながら許しを斯う母の姿を見ながら、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。


 ふと、蹴られ続けている母と目が合った。母は濁った目で私を見ていた。それは恨むような、助けを求めるような、今まで見た事のない母の表情だった。


 私は頭の中の何かがブチブチと、切れていく感覚を味わっていた……。


 

 ある日、母が家からいなくなった。

 置手紙には「こんな所にはもういたくない。私は私が本当に愛する人と一緒にいたい」そう書いてあった。


 「ぐぁああああああ! あのクソ女あぁぁ! 逃げやがった! ちくしょうがあぁぁぁぁ!」

 

 それを見た父は激怒し、テーブルをひっくり返したり、皿を床に叩きつけたり、壁に拳を殴りつけたりと破壊の限りを尽くした。

 父が暴れている間、私は部屋の隅で、ガタガタと震えていた。父の暴力が私に向かわないように、ひたすら息を殺し続けた。

 

 少し気分が治まったのだろうか。父はぜぇぜぇと息を吐きながら、その場に座り込んでしまった。そして部屋の隅に視線をやった。


「っ!?」


「カナデ……ちょっとこっちに来なさい」


 私と目が合った父は、手招きをして私を呼んだ。

 私は父の隙をついて、逃げてしまおうかと考えたが、つかまってしまったらどんな目にあうかわからない。私は大人しく父の傍に座った。

 大人しく言う事を聞いた私に満足したのか、父は私の顔を両手で包み、以前のような優しい声で話し始めた。


「カナデ……すまなかったね。パパが怖かっただろう。でもママが悪いんだよ……」


 そう言うと、父はまた母を思い出したのだろう。私の顔を包んでいる手に力が入り、ゆっくりと、ギリギリギリ万力のようにしめつけてきた。

 私はその痛みに、今にも叫びだしそうになる心を押さえ、父の目を見続けた。

 父は私を見つめながら、何かにとりつかれたように話しだした。


「パパとママが知り合ったのは大学生の時でね……美しいママを見て、パパは一目で恋に落ちたよ。でもママはその時、気持ち悪い事に女と付き合っていてね。おかしいだろう? だからパパはママの為にもその女と別れさせてやったのに……! あろうことか、その女と出て行きやがった……!」


 パパの表情が怒りに変わろうとした時、怯えている私に気が付いたのだろう。パパは急に優しい声になって私を抱きしめた。


「おおっと、ごめんよカナデ……でもカナデは違う。カナデはパパを裏切ったりはしない。あんな女みたいになったりはしない。ママが出て行ったのはカナデのせいではないからね。悪いのは全部ママなんだから……」


「パパ……」


 父の言葉を聞いて、私の中の怯えにある変化がおこった。


 

 そう、私が悪いわけではないのだ。母が浮気をしていたのが全ての元凶だ。私が父に話したからこうなったのではない。そもそも女と付き合っていたとはどういう事だ。気持が悪い。娘を捨てるような母親だ。


 絶 対 に 私 が 悪 い ん じ ゃ な い 。


「パパ、大丈夫……私は母親がいなくても平気。だってパパがいるもの。私は絶対にあの女みたいにはならないよ。大好きよ……パパ」


 そう言って、私は父を抱きしめた。父は娘の抱擁を受けて、心底嬉しそうに笑った。


「カナデ……! パパは嬉しいよ。そうだ、パパにはカナデがいる。カナデはいるからパパは大丈夫だ! ハハハハハハハハ……!」

 

 タガが外れたように笑いだした父を、心底哀れに思いながら、私は私の中の宝石が、どす黒く濁っていくのを感じた――――。






 母が出て行ってから数週間が経った。私は平然と学校に行き、何事もなかったかのように暮らしていた。父もあれから大分落ち着いて、もう何かを壊したりはしない。安心できる日々を取り戻した。

 しかし空気の読めないバカはどこにでもいるものだ。


「あんた、母親から捨てられたんだってぇ~?」


 放課後、教室で帰り支度をしている時、同じクラスの仲の良くない女子から、声をかけられた。こいつは何かと私につっかかってきて、いつも迷惑をしていた。


「……何の事?」


「とぼけないでよね~噂になってるよ。あんたの所の母親が出て行ったって話。母親から捨てられるってどんな気持ち? ねぇどんな気持ち? 」


 あまりのウザさに私がそいつを無視して帰ろうとすると、その女は相手にされないのに怒ったのか声を荒げてきた。


「何無視してんのよ! 母親が出て行ったのって、絶対あんたにも原因があると思うよ!」


「――――――っ!!」


 言ってほしくない言葉を突きつけられ、私は思わずその女に手をあげそうになった時、


「カナデをいじめるなー!!」


 あやねがいきなり教室の扉を開け、中に入ってきて、その女にタックルをした。


「痛っ……! あんたには関係ないじゃん!」


「関係あるもん! 私はカナデの友達だもん! カナデをいじめる奴は容赦しないんだからー!」


「ちっ……あんた達に付き合ってらんないわ。私帰る!」


 そう言うとその女は逃げるように教室から出て行った。



「あやね……ごめんね。ありがとう……」


「何言ってんの! カナデは私の親友でしょ? 助けるのは当たり前だよ」


 私が申し訳なさそうに謝ると、カナデはニッと笑って私を抱きしめてきた。あやねの暖かい体温を感じながら、私は自分の心がゆっくりと解きほぐされていくのを感じた。あやねはしばらく私を抱きしめてくれた後、私にある提案をした。


「カナデ、よかったら明日の休みに私の家に遊びにこない? 面白い漫画買ったんだ~一緒に読も?」


「うん、遊びに行く! お菓子持っていくね。じゃあまた明日……」


 私がそう言って、帰ろうとすると、あやねが私の腕を掴んだ。私は少し戸惑いながらあやねの顔を見ると、あやねはとても真剣な顔をしていた。


「カナデ……さっきの子みたいに、色々な人たちが、カナデの家の事を言うかもしれない。でも私はカナデが悪いなんて絶対思わないし、私はずっとカナデの味方だからね!」


 あやねはそう言うと、私の腕を離し、教室から走って行ってしまった。


 その場に一人残された私は、あやねが掴んでいた腕を見つめながら、目から暖かい物が流れてくるのを感じた。


「~~~っ!! っあぐ、ひっくっ……!」


 ぼろぼろと涙を流しながら、私は自分の腕を顔に押し当てた。

 それは母親が出て行って以来、初めて流した涙だった……。


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