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番外編 カナデ

カナデ過去視点です。

 私があやねを人生の中で一番大切な人だと自覚した日の事をよく覚えている。

 あやねは私の家の近所に住んでいて、趣味の合う私達は、小さい頃からよく二人で遊んでいた。幼稚園、小学校と歳を重ねるにつれ、お互い他の友達もできたが、いつも同じグループの中で遊んでいた。

 遊び疲れて家に帰ると、優しい母と父が私を迎えてくれた。私の父は大企業の社長で、欲しいものは何でも買ってもらえた。母は専業主婦で、子供の私から見ても美しい人だった。二人は私の自慢だったし、友達も多い私は何不自由なく暮らしていた。 

 幸せな毎日がいつまでも続くと信じていた。あの日までは。




 小学校5年生の時、放課後いつも行っている塾を休んだ事があった。その日は午後から少し熱が出ていて、塾の先生から顔色を心配された私は、授業を受けずにそのまま家に帰る事にした。


「あ、カナデだ~! 塾どうしたの?」


 家に帰る途中、公園であやねに会った。ブランコで遊んでいたあやねは私を見つけると、子犬のように私の所に駆けてきた。


「やっほ~あやね……。ちょっと熱があるみたいで、今日は塾を休んじゃった。今家に帰るところ」


「え、大丈夫!? 私カナデの家まで送ろうか?」


「……じゃあお願いしようかな」


 本当は送ってもらうほど、体調が悪いわけではない。しかし心配そうに私を見つめるあやねが、あまりにも可愛かったので、私はあやねに甘える事にした。


 あやねに私の家の玄関先まで送ってもらい、その時あやねからイチゴ味の飴をもらった。


「それ食べて早く元気になって、また遊ぼうねカナデ。」


「うん、ありがとう。あやね。また遊ぼうね」


 あやねは私の返事を聞くと、満足そうに頷いて、再び公園の方に駆けて行った。私はあやねからもらった飴を口に含みながら、その後ろ姿を見送った。


 家の鍵を使い、扉を開ける。すると玄関先に見知らぬ女性物の靴があった。


 お客様でも来てるのかな? ママのお友達? 


 私はそう思い、客間の方まで歩いて行ったが誰もいない。他の部屋も覗いてみたが、一階には誰もいなかった。私は首を傾げながら二階に続く階段を昇った。

 二階で母の姿を探そうとした時、父と母の寝室の扉が少し開いているのに気がついた。私は吸い寄せられるように扉に近づき、そのすき間から中を覗いた。


 寝室のベッドの上で、探していた母の姿を見つけた。そしてその母の隣で、見知らぬ女性もいた。二人とも衣服を身に着けておらず、お互いを抱きしめながら眠っていた。


「――――っ!?」


 その異様な光景に、私は思わず口を押さえる。そのまま後ろに後ずさりをし、音を立てないようにして、自分の部屋に向かった。


 私は自分の部屋のベッドにもぐりこみながら、先程見た光景をぐるぐる頭の中で思い浮かべた。


 なんで、なんでママは裸で知らない女の人と寝てるの? 何を今までしていたの? どうして二人は抱き合っているの?


 そんな事を考えながら、私はあやねから貰った飴を、いつのまにか口の中でガリガリと噛み砕いていた。口の中で甘ったるいイチゴ味がいつまでも残っていた。



 何時間経ったのだろう。窓から見える外の様子はすっかり日が暮れてしまっていた。いつのまにか私は眠ってしまっていたようだった。私はベッドから起き上がろうとした時、部屋の扉が開いた。


「……カナデちゃん。いつのまに帰っていたの?」


「っ――――! マ、ママ……」


 思わず私は声が上ずってしまった。早く言わなければ、ついさっき帰って来たよ。私は何も見てないよ。って。けれど口に出た言葉は――――



「ママ、あの女の人と裸で何をしていたの?」



 その言葉を言った瞬間、母の目がこぼれそうなほど大きく見開いた。私のベッドまで近づき、私を抱きしめる。その体は可哀想になるぐらい震えていた。


「何でもない、何でもないのよ。カナデちゃん……。お願い、忘れて。そしてパパには言わないで。絶対に、パパにだけは……!」


 私は初めて見る母の姿に、何も考えられずそのまま頷いてしまった。母は私が頷くと、心底安心したように大きく息を吐いた。



 その日から、数か月が経った。母は何もなかったかのように、私と父に接している。私も何もなかったかのように二人に接した。


 けれど私の中の黒い爆弾は、日に日に成長を続け、私を飲みこもうとしていた……。


 ある日、父が私を誘って、ドライブに連れて行ってくれた。最初は他愛ない会話をしていたが、しばらくして父は駐車場に車を止めた。そして私に向き合うと、心配そうに私の両手を握った。


「カナデ……、何か悩んでいるね?」


「っ! な、何も悩んでなんか……!」


「パパを見くびってもらっちゃ困るな。大事な愛娘が悩んでいる事ぐらいわかるさ。言ってごらん。きっとすっきりするよ。」


「パ、パ……」


 正直もう限界だった。誰かにこの事を話して楽になりたかった。私は俯き、涙を流しながら、あの日自分が見た事を全て父に話した。


 私は全て話し終えると、父はしばらく黙ったままだった。私はその沈黙が怖くて、顔を上げられずにいると、父は私の両手を思いっきり強く握った。


「っ痛い痛い痛いっ!!」


 私は思わず叫び、父の顔を見た。


 その時見た父の顔を、私は一生忘れないと思う。


 


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