変わってしまう想い
「久しぶり……りこ」
「……あ、やねちゃん……」
私の目の前にりこがいる。ずっとずっと会いたいって思ってた。もしも再び会えたなら、色々伝えたい事が山ほどあった。けれど本人を前にして、言えた言葉はこんな挨拶だけだ。これ以上話そうとすると、喉が詰まったみたいに声が出せなくなった。
私はりこを見つめながら、声の代わりに服の下に隠しているネックレスを見せようと胸元に手をやった。今でもりこからもらったネックレスは、大事に持っている事を伝えたかった。
けれどそこで、りこの様子がおかしい事に気付いた。
りこは私と目を合わせたまま、まるで見たくない物を見てしまったような、そんな表情をしていた。
顔色は真っ青で、体は小刻みに震えている。
「……りこ?」
私がりこの名前を呼ぶと、りこはビクッと体を震わせ、目線を下に向けてしまった。
それは明らかに、私に対する拒絶だった。
私はりこのそんな様子を見て、今まで感じた事のない衝撃を味わった。
なんで、なんでそんな顔をするの? 私はずっとりこに会いたかったのに。りこは私に会いたくなかったの?
私がぼう然とりこを見つめていた時
「りこ、仕事中だぞ」
りこを安心させるような優しい声で、ロバートさんはりこの傍まで近寄ってきた。そしてそっとりこの肩を抱いた。
「りこ、大丈夫だ。何も怖い事なんてないから」
「ロバート……」
ロバートさんの柔らかい頬笑みを見て、りこは力が抜けたみたいに緊張を解いた。そして何かを振り切るみたいに私を見つめ、微笑みながら私に握手をするために手を伸ばしてきた。
「あやねちゃん久しぶり……元気だった?」
「え、あ、うん……」
りこがやっと笑ってくれたのに、嬉しくない。だってりこは私を見た時怯えてた。りこを微笑ませる事ができたのはロバートさんだ。
私は曖昧な返事をしながら、それでも何とか笑顔でりこの手を握ろうとした時、ある事に気がついた。
「りこ……そのブレスレットどうしたの?」
りこは腕にブレスレットをつけていた。しかしそれは私は以前プレゼントしたムーンストーンのやつではない。深く蒼い石がついていて、シルバー部分が複雑なデザインが特徴的なブレスレットだった。そのブレスレットを見ながら、私の心の中で例えようのない焦りが渦巻いているのを感じた。
ねぇ、私のブレスレットはどうしたの? もうつけてくれないの? 私は今でもりこのネックレスを大事にしているのに。自分で買ったものならまだいいけど、もしそうじゃなかったら――――!
「おや、気付かれました? それは私がりこのために作ったカイヤナイトのブレスレットです」
ロバートさんはりこの肩を抱いたまま、少し照れながらそう言って、りこに目線を合わせた。その目線を受けて、りこも照れたように微笑んだ。その光景は信頼し合う男女の、二人だけの世界だった。
「…………そ、うなんですね。」
そんな二人の様子を見ながら、やっとの思いでそう答えた。一番聞きたくない返事を言われてしまった。
私は今すぐにでも二人の間に割って入りたかった。それに二人の関係の事を考えると頭が割れるように痛い。息まで苦しくなってきたその時
「あやねさん、そろそろ取材始めても大丈夫ですか?」
「指示を頂けるとありがたいのですが……」
片岡と柴崎が、少し不安げな表情で私に声をかけてきた。
そんな二人の様子を見て、私の中で少しずつ冷静さが戻ってきた。
初めて自分達だけで取材を進める二人だ。私がしっかりしてないと彼らにまで害が及んでしまう。私は気持ちを切り替えるように深呼吸をし、何とか二人に笑って見せた。
「二人とも、取材の準備を始めて。まずは最初にカメラの用意を――――」
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ふぁ~……取材ちゃんと出来てよかった~でもすっごい疲れちゃいましたよ! 肩凝った~」
取材が終わり、工房を出てから日の暮れた街を三人で歩く。片岡は私達より少し先を歩きながら、大きく息を吐いて、そして安心したように伸びをした。それを柴崎は渋い顔でたしなめる。
「おい片岡、お前気を緩めすぎだぞ。だらしない。ねぇあやねさん……あやねさん?」
「……え! あ、ごめんボーっとしちゃってた。何の話をしてたの?」
りこの事を考えてて二人の会話を聞きもらしてしまっていた。私は慌てて返事をしたが、柴崎も片岡も心配そうに私を見つめた。二人とも立ち止まり、先を歩いていた片岡は私の前まで戻ってきて、そっと口を開いた。
「あやねさん……ロバートさんの助手さんが現れた時からなんか様子がおかしいですよ? 知り合いだったんでしょ? ケンカでもしてたんですか?」
ケンカという単語を聞いて、高校時代のあの出来事が頭をよぎる。しかし私は顔を横に振った。
「ケンカすら出来なかったよ……ただ一方的に、私が傷つけてしまったの。大事な人だったのに、信じてあげられなくて……」
ここまで話して私はハッとした。この事を二人に話した所で、困らせるだけだ。私は慌てて話題を変えようとした時、柴崎が私を慰めるように言った。
「でも俺は助手さんはロバートさんと一緒に話している時、幸せそうに見えましたよ。過去はどうあれ、今が幸せそうならあやねさんがそこまで気に病む必要はないと思いますよ」
「…………」
柴崎の言葉に、私は思わず黙り込んでしまった。恋人同士のような二人の様子を思いだし、心の中で嫉妬と自己嫌悪が混ざった気持ちの悪いものが膨らんでいくのを感じた。
黙っている私に困ったような顔を見せる柴崎だったが、そこで片岡が呆れたように言った。
「あやねさんって、けっこう自分で自己完結しちゃいますよね~まだ何かが決まったわけでもないのに、自分で結論出しちゃうの」
「え……?」
片岡の言葉に、思わず呆けた声で返事をした。それが気に食わなかったのか、片岡は私の肩を掴んで揺さぶった。
「もう! しっかりして下さいよ。自分で相手の心を想像する事は出来ますけど、それが正解だなんて自分じゃわかりっこないんです。ちゃんと相手に聞かなくちゃ! 言いたい事は言わなくちゃ! そうしないと前に進めないじゃないですか!」
片岡の真剣な目を見つめながら、私は体に電流が流れたような衝撃を感じた。
そうだ……私、前もこんなふうに自分でりこが犯人だと決めつけた。本当は違っていたのに、りこに事情を聞きもしないで自分で自己完結していた。それにりこともう一度会えた時、言いたい事があったのに……!
「ごめん二人とも! 先に帰ってて!」
そう言って、私は来た道を走りながら引き返した。後ろから片岡の応援する声と、柴崎の困惑した声が聞こえた気がした。
工房に辿りつき、受付にりこはどこにいるのか尋ねたところ、まだ応接室にいると言われた。直接会って話したい事があると伝えると、そのまま通してくれた。
五階の応接室に向かうエレベーターの中で、私は走ったせいで乱れた息を整えようと、大きく深呼吸をした。そして服の下からネックレスを取り出し、両手で包みながらりこの事を想った。
まだロバートさんとりこが恋人同士だって決まったわけじゃない。何より私にはりこに言いたい事がある。それはりこに心から謝ることだ。あの日信じきれなくてごめん。悲しい思いをさせてごめん。そして今でも私はりこの事が大好きだって事を――――
エレベーターが五階でとまり、扉が開いた。焦る気持ちを押さえ、応接室へと向かう。
応接室の前に着き、ノックをしようとした時、扉が少し開いている事に気付いた。私は無意識にドアノブに手をかけ、そっと扉を開いた。
するとそこには、愛しそうにお互いを抱きしめ合っているりことロバートさんの姿があった。
「――――――――っ!」
私は悲鳴を上げそうになる口をとっさに押さえたが、その時扉にぶつかり、音をたててしまった。
「っ!? あやねちゃん……」
二人とも私の存在に気付き、すぐに体を離したが、今見たあの光景はまるでナイフのように、私の心に深く突き刺さった。りことロバートさんが驚いた表情で私を見つめる。
「あの、すみません……ち、ちょっと忘れ物をしてしまって……でももういいんです。すみません、お邪魔しました!」
私はどもるようにそう言うと、この場から逃げ出した。もうこれ以上二人の前にいたくなかった。
応接室から遠いエレベーターではなく、階段を使って私は下まで駆け下りていた。二階の踊り場付近で思わず転びそうになって、私は慌てて手すりをつかむ。無様に転んでしまう事は免れたが、そこで気がゆるんだのか、私はそこで両膝を床につけてしまった。
「っ……うううっ!」
泣き声を上げそうになるのを必死に堪えるが、目からはボタボタと涙がこぼれ落ちた。悲しくて苦しくて、気が狂いそうだった。
確定だ。二人は恋人同士だ。抱き合っているあの二人を見たら、誰もが恋人同士だと思うだろう。私は失恋してしまったのだ。どこかで期待していた。私がりこを想い続けているように、りこも私の事を想い続けているのではないかと。
しかしあれから八年が経ってしまった。思春期なんてとっくに過ぎている。同性なんかより異性に心を惹かれるのは当然の事だ。現に私だって以前彼氏がいたではないか。でも、でも――――!
「でも私は、男性でも、女性でも、この世界の誰よりも、ずっとりこの事が大好きだったんだよ……」
そう力なく呟き、私はりこからもらったネックレスを、外してしまった――――




