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やっと会えた

 私は高校を卒業してから一人暮らしをしている。街の中心部から少し離れた緑が多い所で、一人暮らしの人が多く住む1LDKマンションに住んでいる。

 自分の部屋の扉を開け、鞄を無造作に放り投げ、着ていた服やストッキングを脱ぎ捨てながら、自分の寝室のベッドにそのままダイブした。ほぼ下着姿の格好だから、今誰か来たら死ねる。

 そのまましばらく枕に顔を埋めていると、ケータイのメール着信音が部屋に鳴り響いた。


 このまま無視してしまおうか悩んだが、緊急の連絡だったらまずい。

 私は毛虫のようにのそのそと床を這いながら、鞄の中からケータイを取り出し、またベッドに戻った。


 布団をかぶりながらケータイを開くと、片岡からのメールだった。


『もう、あやねさん今日は私を置いて行くなんてひどいじゃないですか~この埋め合わせはちゃんとしてもらいますからね! 今度あやねさんの恋バナ教えてくださいね~v』


 そのメールを見た瞬間、ケータイを放り投げようかなと思ったが、私のケータイが傷つくだけなのでやめた。しかしろくな説明もせず、片岡を置いて走り出したのは悪いと感じていたので、謝罪メールを送った。

 

 ケータイを枕元に置き、私は天井を見上げながら、りこがいなくなってからの事を振り返った。


 高校を卒業して大学に入学してから一年たった時、りこの事を想い続ける自分が辛くて苦しくて仕方がない時期があった。そんな時に同じサークルの同い年の男の子から告白された。話も合うし、優しくていい人だった。

 私はこの人に恋をすれば、気持ちも楽になるかもしれないと思い、彼の告白を受け入れた。交際は順調だった。彼とデートするのは楽しかったし、手だって繋いだ。


 けれど、交際してから三カ月ほどたったある夜、ケータイに彼から電話がかかってきた。電話に出ると、彼は今から自分の家に来てくれないかと誘ってきた。私は夜も遅いし遠慮しようとしたら、風邪をひいているので看病してほしい、一人暮らしで心細いからと頼んできた。

 そんな事情があるなら断るわけにはいかない。私はすぐに行くからとケータイを切り、家を出た。

 

 ゼリーやスポーツ飲料などを買い物して、以前もらっていた合いかぎを使い、彼の家の扉を開けると、彼は部屋のベッドで眠っていた。

 熱を測ろうと起こさないように彼の額に手を伸ばした時、急に彼が目を開け、私の腕をつかんでベッドの中に引きずり込んだ。

 急に視界が反転して、私のすぐ目の前には彼の顔。混乱する私を、彼は余裕のない表情で見つめる。そしてゆっくりと、私にキスをしようと顔を近づけてきた。

 その瞬間、私は彼に対して押さえきれない嫌悪感を感じた。両腕を使って必死に抵抗し、なんとか彼を引き剥がすと、私は彼の部屋から一目散に逃げ出した。彼にキスをされるのがどうしても嫌だった。


 夜道を泣きながら走り続け、彼が追いかけてこない事を確認すると、私は力なく道路に座り込んだ。

 

 息苦しく声を喘がせながら、その時私は思い知った。


 りこが触れてくれたこの唇に、他の誰かが触れるなんて死んでも嫌だ。と――――



 その後彼は私に謝ってきたが、私はこれ以上彼と付き合う気になれず、別れてしまった。

 今になって思えば彼にはひどい事をしてしまった。キスをさせてくれない私に、不安になってあんな事をしてしまったんだろう。

 けれど自分の気持ちを殺してまで、キスやそれ以上の事などできなかった。今の私でもできないだろう。


 だから私は恋人を作らない。後輩の柴崎の気持ちも気付かないフリをする。たまに寂しくて、心が捩じ切れそうに痛くなる時もあるが、これはりこを信じきれなかった罰だと思って耐えている。


「……あ、だめだ。これ以上色々な事考えると心がハンパないダメージを受ける。もう寝よう」


 独り言を言ってなんとか気持ちを切り替え、そのまま布団を深くかぶり、目を閉じた。



 

 



「はい、じゃあ次の企画を考えます。次の雑誌の特集はティーン向けの女性ファッション関連です。何か意見のある人いますか?」

 

 会社の会議室で、次の特集のアイディアを出すために、柴崎や片岡に話しかけた。

 いくら落ち込んでも、仕事は何事もなかったように遂行しなくてはいけない。寝不足で充血気味の目をこすっていると、片岡が元気よく手を上げた。


「はいはい! 次は天然石を使ったアクセサリー特集がいいと思いまーす! あやねさんの今つけているネックレス可愛いし」

 

 私は片岡に言われて思わず自分の首元に手を向ける。ネックレスはいつも服の下に隠しているのに、今日は服の上にあった。


 しまった……寝不足だからボーっとして服の下に隠すの忘れてた。


 会社の規定で装飾品はシンプルな物だったら、つけてもかまわない事になっている。りこからもらったこのネックレスはシンプルな物だから、つけていても問題はない。けれどこれをあまり人目にさらしたくはなかった。私の大事な宝物だから。

 しかし話題に出たなら仕方がない。ネックレスを外して、二人に見せる。


「……これは手作りでもらったんだ。きれいで、暖かい感じがして、私の宝物なの」

「うわ~ほんとうにきれいですね……石の色も素敵だし、なんかあやねさんのイメージに合ってますよ。さすが手作り」


 片岡は目を輝かせながらネックレスを見ている。同じくネックレスを見ていた柴崎が思い出したように言った。


「そういえばこの街に、オーダーメイド限定で天然石のアクセサリーを作る工房があるらしいですよ。アメリカ出身の有名デザイナー、ロバート・ウィルマンがデザインしているらしく、かなり評判がいいみたいです」

「あ、それ私も聞いた事があります! 確か工房名は『ストーン・シー』ですよ。じゃあ次の特集は天然石のアクセサリー特集はどうですか? その工房で取材させてもらいましょうよ」


 片岡は笑顔で提案してきた。柴崎も頷いている。私もアクセサリー関係はいい線いくと思った。


「じゃあ次の特集は天然石のアクセサリー特集で。その工房に取材許可をとってみるので、詳細はまた後日」


 そう言って、その日の会議は終わった。私はすぐにその工房に連絡し、取材をしてもいいか尋ねると、快く了承してくれた。すぐに二人に取材日程を伝え、その日までに資料をまとめた。




 取材日当日、私達は街の中心部の少し外れにある工房に来ていた。工房といっても普通の会社みたいなビルだ。五階建てになっていて、外観がきれいで清潔感がある。

 私は柴崎と片岡の方を振り変えり、笑顔で言った。


「今日は最初の挨拶や指示は私がするけど、取材のほうは二人で進めてみようか。だいぶ取材の数もこなしてきたし、何かあったら私がフォローするから」


 柴崎と片岡は少し緊張を見せたが、すぐに表情を引き締め、頷いた。

 初々しい二人の反応に、自分もこんなだったなぁと懐かしい気持ちを感じながら、私達はビルの中に入った。

 

 受付を済ませると、五階の応接室に案内された。そこにはこの工房の責任者、ロバート・ウィルマンが笑顔で出迎えてくれた。プラチナベージュの髪に、優しそうな青い瞳が特徴的な、三十代後半の男性だ。身長が高く、細身な体をしていて、まるでモデルのようだった。


 お互い握手をし、私が英語で挨拶しようとすると、彼は綺麗な日本語で挨拶をしてくれた。


「日本語で大丈夫ですよ。僕には日本語の先生がいて、彼女に丁寧に教えてもらいましたから」

「ありがとうございます。素晴らしい先生に教えて頂いたんですね。発音がとてもお上手です」


 そう言うと彼は照れたように笑った。その笑顔を見て、恋人に教わったのかな。と私は思わず微笑んだ。

 挨拶を済ませてお互いソファーに座り、さっそく取材を始めようと片岡達に指示をだそうとした時、ロバートさんが私に声をかけた。


「あ、すみません。取材は僕一人じゃなくて、もう一人来ますから少々お待ち下さい。彼女は僕の助手で日本語の先生でもあるんです。もうそろそろ来るはずですから……」


 ロバートさんが言い終わらないうちに、応接室の扉が開き、一人の女性が入ってきた。


「はぁ、はぁ、ロバート遅れてごめんなさい。今仕上がって……っ!?」


 女性は慌てて来たのか少し息が上がっていた。そして私と目が合うと、その女性は息を飲んだ。


 ロバートさんはソファーから立ち上がり、その女性の肩を抱いて私達に紹介しようとした。


「紹介します。この人が私の助手の――――」



「……大丈夫です」


「え?」


 私の言葉に、ロバートさんは不思議そうに私の顔を見た。 


「大丈夫です。知っているんです。彼女の事――――」 


 私の言葉は震えているだろう。目頭が熱くなるのを必死にこらえる。


 ゆるいウェーブがかかった髪は一つにまとめ、高校生の時より少し大人びた顔立ちになっていた。しかしその面影は変わりなく、ますます美しさに磨きがかかっている。


 何度も何度も記憶が擦り切れるくらいに思い返していた。私の愛しい人。


 私はその女性の目を見て、ゆっくりと口を開いた。


「久しぶり……りこ」


 

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