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積み重なるあなたへの想い

あやね視点に戻ります

「よし、校正も済んでるな……お疲れ、藤川班はもう上がっていいぞ」

「ありがとうございます。お疲れ様でした」


 騒がしいオフィスの中、私は編集長に原稿データを渡し、自分のデスクに戻った。イスに腰掛けながら、仕事を終えた解放感を味わうように、大きく伸びをする。そしてイスにもたれながら、大きくため息を吐いた。



 りこがいなくなって、あれから八年の月日が経過した。



 私は今、都内の出版社で編集者として仕事をしている。


  


 りこがいなくなってから、私はカナデとは一切話をしなかった。カナデは泣きそうな目で、ずっと私の事を見続けていた。

 カナデはクラスの中心人物だったから、私は周りの生徒からはカナデが可哀想だと、ずいぶん批判された。しかし、そんな事どうでもよかった。りこを苦しめたカナデを、私は絶対に許せなかった。

 大学進学の時も、どこの大学に行くかはギリギリになるまで決めなかった。情報が漏れれば、カナデが私と同じ大学を受験する危険があったからだ。私が受験する大学と、カナデが受験する大学が違うと判明した時、カナデはそこで初めて、何もかも諦めたような表情をした。


 風の噂によると、カナデは大学を卒業してからすぐに結婚したらしい。相手は親の紹介で知り合った大手企業の御曹司だとか。カナデと結婚するとはその御曹司は大丈夫だろうか。私はそっと同情した。



「あやねさん、お疲れさまでした。だいぶ気力がそげ落ちているみたいですね」

「っ!? あ、ごめんごめん、ちょっと昔の事思い出してた……お疲れ柴崎、何か用?」


 ぼーっと天井を眺めていた私の目の前に、端正な顔立ちの男が覗きこんでいた。私は慌てて起き上がり、姿勢を正しながら彼と向き合う。


 大学を卒業して、この会社に就職してから三年が経った。入社したての頃は色々と大変な思いをしたが、今では企画の班長として後輩を指導する立場だ。

 後輩にだらしない格好を見られてしまい、少し顔が赤くなってしまう。そんな私の様子を見て、柴崎はおかしそうに微笑んだ。


「ねぇあやねさん、仕事も終わったし今日飲みに行きません? ……俺と二人で」

「……あ~今日はごめん、用事があるからまた今度ね?」

「……そうですか、残念です。でも俺諦めませんから、また誘いますね」

 

 柴崎は微笑んだままそう言うと、自分のデスクに戻った。私はため息を吐きながら、帰る準備を整えると、その場にいる人達に挨拶をしてオフィスを出た。


 会社から出ようとした時、入口付近でにやにやと笑いながら立っている女性がいた。同じ班の後輩の一人、片岡だった。私は呆れた顔で片岡に言った。


「……あんた、私より後にオフィスから出なかった? 何で私より先に入口にいるの。てゆーかさっさと帰りなさいよ」

「やっだ、私あやねさんといっしょに帰りたくて、先回りして待ち伏せしてたんですよぉ。いっしょに帰りましょ? 駅までいっしょの帰り道なんだし」


 片岡はそう言って、私と腕を組んできた。一瞬この腕を振り払って逃走しようかと考えたが、そこまでの体力は残っていないと諦めた。


「わかったから腕を離しなさい……駅までだからね?」

「もちろんです! ちょっと聞きたい事があるだけなんで」


 片岡は笑いながら私から腕を外した。私は嫌な予感をひしひしと感じながら、そのまま片岡と駅までの道のりを二人で歩いた。


 私の勤めている会社は街の中心部にあるせいか、夜だというのに人通りはかなり多い。人にぶつからないように気をつけながら歩いていると、片岡が口を開いた。


「あやねさん、何で柴崎と付き合わないんですか? さっきも柴崎がアプローチしているのに、さらりとかわしちゃうし。あいつ絶対あやねさんの事好きなのにな~」


 片岡の言葉を聞いて、逃げときゃよかったと後悔した。悪い子ではないんだが、恋愛に関して好奇心が強く、なおかつ空気を読まないのがこの子のダメな所だ。私はため息を吐きながら片岡に反論した。


「あんたね……何でもかんでも恋愛に置き換えないでよ。柴崎はそんなつもりないかも知れないじゃない」

「あやねさん、その割には柴崎と二人きりにはならないように気を使ってますよね? 今回の飲みの誘いも柴崎だけじゃなくて、私もいっしょだったら飲みに行ってたんじゃないですか?」

「……」


 本当に逃げときゃよかったと更に後悔した。柴崎の気持ちには実は気付いている。子供じゃあるまいし、相手が自分を好きか嫌いか雰囲気で察するぐらいはできるようになっていた。

 しかし彼の気持ちに答えるつもりはまったく無かった。黙っている私に焦れたのか、片岡はさらに話しかけてくる。


「柴崎イケメンなほうだと思うんですけどね~同期の中では一番仕事できるし、頼りがいあるし、他の女性社員から人気も結構あるし、文句ないじゃないですか」

「……私だって柴崎はかっこいいと思うよ。高校一年生ぐらいの時だったら、絶対恋人同士になりたいと思うぐらいね」

「……? ずいぶん中途半端な年代ですね。その時期に何かあったとか?」


 私は苦笑しながら、どう言い訳しようか考えながら歩いていると



「っ!?」


 

 交差点の向こう側、その人ごみのすき間に信じられない人の姿を見た。


 私は目を見開き、思わず片岡に叫んだ。


「ごめん片岡! 先帰ってて!」

「え、あ、ちょっあやねさん!?」


 驚く片岡を背に、私は人ごみの中を走りだした。


 走って走って彼女の姿を追い求めた。人にぶつかりそうになり、慌てて体を避けながら、走り続けた。

 

 小柄な体、肩より少し長いゆるいウェーブの髪、なにより守ってあげたくなるその瞳。


 けっこう距離があったし、横顔しか見れなかった。けれどその姿を忘れた日など、一日たりともなかった。



 しかし交差点近くはただでさえ人が多い。私は交差点を渡り、彼女の姿を見失わないように追いかけたが、こちらに歩いてくる人にぶつかってしまった。ぶつかった相手に謝り、すぐに彼女がいた方向に目を向けるが、そこに彼女の姿は確認できなかった。

 久しぶりに走ったせいで胸が苦しい。私は荒い息を吐きながら、自嘲した。



 ……あれから何年たったと思ってるの。いくらなんでも容姿が変わっているはずなのに。人違いに決まっている。だって彼女はアメリカにいるのだから。



 私は人の邪魔にならない所まで移動し、首元の服の下に隠してあるネックレスをひっぱりあげる。ネックレスについているアクアマリンを両手で包みながら、私の想い人の事を考える。



 いくら月日を重ねても、彼女の事を忘れられない。むしろ想いは地層のように積み重なり、深く私の心を支配している。心だけでは想いがあふれかえりそうで、私はそっと呟いた。




「会いたいよ、りこ……」

 


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