私の決意
次の日、父が車で学校の校門まで送ってくれた。いつもより早い時間についたので、登校している生徒の数は少ない。そんな光景が少し珍しかったので、周りを見渡していると、少し後ろに鈴木さんの姿を確認した。
鈴木さんは水嶋さんと仲がいい。もしかしたら昨日の事で水嶋さんに何か言われているかもしれない。私は怖くなって、急いで教室に向かった。
教室に鞄を置いて、しばらく屋上にいる事にした。教室で鈴木さんと二人だけでいるのは気まずい。それに水嶋さんと会うのはもっと恐ろしい。ホームルームが始まる時間ぎりぎりまで、私はそこで気持ちを落ちつかせていた。
時計を見ると、もうそろそろホームルームが始まる時間だ。この時間だと他のクラスメイト達も教室にいるだろう。私は自分の教室に向かった。
扉を開けると、いっせいにクラスメイト達がこちらを振り返った。大量の視線を一身に受けて、思わず私は身をすくませた。
「ど、どうしたの……何かあった……?」
私は戸惑いながら尋ねると、クラスメイトの一人が前に出た。心なしか私を見つめる視線が怖い。
「……春川さん今日いつ登校した? 今までどこにいたの?」
「え、私は今日早く登校して、教室に鞄を置いてからそのまま屋上にいたけど……」
「へぇ~……ねぇ、カナデの机がひどい事になってるんだけど……これ春川さんがやったの?」
私は水嶋さんの机を見た。そこには小さい文字で死ねとびっしり書かれていた。私は思わず悲鳴を上げそうになり、慌てて口元を押さえた。
ひどいっ……! 誰がこんな事を? 私こんな事してない!
その時、机の前にいた水嶋さんと鈴木さんが私を見て、にやりと微笑んだ。それを見て、私は急激に体温が下がったような気がした。
これは水嶋さん達が自分でやったんだ……! 私をハメようとしているんだ……!
おそらく私の後に登校した鈴木さんが細工をしたのだろう。早く私がやったんじゃないと言い返さなければ。しかしクラスメイト達の視線が痛くて、思うように声が出せない。その時
「ちょっと!! りこがそんな事する訳ないでしょ!? 言いがかりはやめて!」
あやねちゃんが私を、クラスメイトの視線からかばうように、あやねちゃんの後ろに隠してくれた。
あやねちゃんの行動に、思わず私は泣きそうになった。あやねちゃんが私を信じてくれる。それだけで充分だった。
その後先生がやってきて、その場の事はなかったように皆席についた。しかしクラスメイトの私を疑う視線は、消えはしなかった。
次の日から水嶋さん達の自作自演のイジメが始まった。体操服を汚したり、靴を隠したり……その度にクラスメイトは私に疑いの眼差しを送ってくる。中には言葉で私に対する嫌悪感を伝えてくる人もいた。
その度にあやねちゃんは私をかばってくれた。けれどこんな事が何回も続き、あやねちゃんはだんだん元気がなくなっていった。それが申し訳なくて、私は何度もあやねちゃんに謝った。
「あやねちゃん……私のせいでごめんね、でも本当に私がやっているんじゃないの」
「当り前でしょう? りこはこんな事しないよ。必ずりこの無実を証明してあげるからね!」
あやねちゃんは私を安心させるために、そう言って笑って私を抱きしめてくれたが、私はお互いが限界に近い事を感じた。
そんな日々がしばらく続いたある日、自分の部屋のベッドで体を休めていた時に、ケータイの電話着信音が鳴り響いた。
ん……知らない番号からだ……誰だろう?
電話に出ようか出まいか迷ったが、いつまで経っても電話は切れない。恐る恐る私は通話ボタンを押した。
「……はい、もしもし」
「あ、君がりこちゃん? 掲示板見て電話したんだけどさ~……君って声も可愛いね。これは当たりかな」
電話の向こうから大人の男性の声がした。私は身に覚えのない人からの電話に、戸惑いながら返事をした。
「あの……なんの事でしょうか?」
「え~とぼけないでよ。ねぇねぇ俺が大人にしてやるよ。いくら払えば最後までセックスさせてくれるの?」
「っっ!?」
下品な質問に、私は思わず通話ボタンを切り、ケータイを床に放り投げた。そして自分の耳をごしごしとこすった。
……さっきの電話何!? 気持ち悪いよ……! うぅえっ……!
知らない男性が自分を性的な目で見ている。その事実に私は思わず吐きそうになった。しかし次の瞬間電話着信、メール着信がひっきりなしに届き始めた。
私はケータイの鳴りやまない着信音に、恐怖でどうにかなってしまいそうだった。しかし、ケータイをそのままにするわけにはいかず、着信音が止んだ隙を狙い、恐る恐るメールの確認をした。
『掲示板見たよ~顔は少しぼかしてあるけど、それでも君が可愛いってわかったよ。君がいいなら、すぐにでもホテル行かない? ちゃんと気持ちよくしてあげるよ』
『女子高生とかエロすぎるだろ。制服着たままヤらせてくれるなら五万円払う』
そんな卑猥なメールが何十通と届いていた。そのメールを見るだけで、私は汚されたような気分になる。頭がおかしくなりそうだった。しかしメールの中に書いてある掲示板という単語が気になり、URLが記載されているメールを探しだし、そのサイトを開いた。
何……これ……。
そこはアダルト指定の出会い系サイトだった。私はその掲示板の書き込みを見て、絶句してしまった。
『初めまして!春川りこです。私は●●市の学校に通う女子高生です☆最近えっちな事が気になり始めてきたので、こんな私を大人の女にしてくれる人を大募集しちゃいます(*^_^*)連絡待ってま~す』
その書き込みと共に、私の電話番号と、メールアドレス、そして隠し撮りされた私の写真が掲載されていた。写真の方はうっすらとぼかされているが、見る人が見れば私とわかるだろう。
私は急いでサイトの管理人にメールを送り、この書き込みを消してもらった。そして私のケータイを両親とあやねちゃん以外の人達すべてを着信拒否にした。
しかしどれくらいの人にこの書き込みを見られてしまったかわからない。その時後ろのカーテンのすき間から誰かが覗いているような気がした。
私はすぐに後ろを振り向き、カーテンを思い切り閉めた。しかし誰かがいるはずないのだ。だってここは3階だから。そんな事も考えられなくなっている自分を自覚し、私は思わずベッドに倒れ、泣きじゃくった。
どうして……どうしてここまでされなくちゃいけないの……!?
犯人は水嶋さん達だとわかっていた。しかしまさかここまでするとは思いもしなかった。私はくやしさで胸が張り裂けそうになりながら、ひとつの決意をした。
明日、あやねちゃんに、すべて話そう。
あやねちゃんには水嶋さんにされている事は秘密にしておきたかった。しかし、あの掲示板を見た人が、私に会いに来るかもしれない。その時に私だけじゃなく、私といっしょにいるあやねちゃんにも危害を加えるかもしれない。もはや私だけが抱えていられる問題ではなかった。
大丈夫、あやねちゃんは私を信じてくれる。きっと明日はうまくいく。
私はそう願いながら、あやねちゃんにもらったブレスレットを握りしめながら、眠れない夜を過ごした。




