幸せの後で
水嶋さんはあやねちゃんの前では、以前と変わらず私に優しくしてくれた。しかし人目のつかない所では、私の事はまるで存在していないように無視をする。同じグループの鈴木カヨさんは全面的に水嶋さんの味方らしい。私が話しかけようとすると、嫌な顔をしながら私から離れて行く。そんな日々がしばらく続いた。
最近夜中に目を覚ます事が多くなった。夢に過去のイジメ場面や水嶋さんがでてくるからだ。
……大丈夫、あやねちゃんがいてくれるなら耐えられる……大丈夫……。
そう自分で強く思いながら、何とか学校生活を送っていた。
「ねぇ……りこ何か悩みでもあるの?」
ある日の帰り道、あやねちゃんが心配そうに言った。自分でも気付かないうちに沈んだ表情をしていたのだろう。私はアクセサリー作りで寝不足だと嘘を言った。
眠れない本当の理由は言えないよ……。
私が水嶋さんに無視されている事を、あやねちゃんが知ってしまったら、あやねちゃんはきっと傷つくだろう。あやねちゃんに悲しい思いはさせたくなかった。
「そっか……アクセサリーはいつでもいいんだから、ちゃんと眠りなさいね? それにして欲しい事があったら何でも言ってね?」
「……何でも?」
あやねちゃんの言葉に私はある考えが頭をよぎった。言おうか言わないか迷ったが、勇気を出してある事をお願いした。
「じゃあ……今度の休みにあやねちゃんの家に泊まりに行ってもいい?」
「え゛っっっ!!!?」
我ながらよく、恋人の家に泊まりに行きたいと言えたものだと感心する。けれど学校では水嶋さんがいるので、二人きりにはなかなかなれない。水嶋さんのいない所で、あやねちゃんと二人きりになりたかった。
あやねちゃんの家に行くと、あやねちゃんとお兄さんが出迎えてくれた。お兄さんはあやねちゃんによく似ていて、少しドキドキしてしまった。二人は仲がとても良さそうで、一人っ子の私は羨ましく感じてしまった。
皆でご飯を食べて、お風呂を済ませて、私とあやねちゃんは寝る準備をした。この時私は一生分の勇気を使い果たしたと思う。あやねちゃんにいっしょのベッドで寝たいと誘った。私だけがあやねちゃんの恋人だと実感が欲しかったから。
私があやねちゃんのベッドにもぐりこむと、あやねちゃんは顔を真っ赤にして驚いていた。けれどすぐに私を押し倒して、キスをしてくれた。あやねちゃんの唇の温かさを感じながら、私は思わず涙がでてしまった。
幸せだと思った。このまま死んでもいいぐらいだった。
私達は何度もキスをした後、お互い抱き合うように眠った。あやねちゃんの腕の中は暖かくて、今まで悩んでいたものが、溶けてなくなっていくようだった。
私はその日久しぶりに、夢も見ずに安心して夜を過ごす事ができた。
次の日朝食をすませた後、あやねちゃんが今日はどこに遊びに行こうかと嬉しそうに提案してきた。しかし今日は単身赴任していた父がアメリカから帰ってくる日で、すでに家族と外出する約束をしていた。その事を伝えるとあやねちゃんは寂しそうな表情をしたが、じゃあ駅まで送ると言ってくれた。
あやねちゃんと手を繋ぎながら朝の住宅街を歩く。お互い話が尽きなくて、このままずっと二人で歩いていたいと思った。
「昨日はすごく楽しかった……ありがとね、あやねちゃん」
「私もすごく楽しかったよ~! 誰かが泊まりにくるなんて久しぶりだったから。」
その言葉を聞いて、私は一瞬息が止まってしまった。しかし友達同士で泊まる事は自然な事だと自分に言い聞かせる。あの人以外は。
「………………他に誰が泊まりに来た事あるの?」
恐る恐る私はあやねちゃんに問いかける。あやねちゃんは残酷なほどあっさり言った。
「あ~うん、カナデは少し前までしょっちゅう泊まりに来たよ。」
一番聞きたくない人の名前を、一番言って欲しくない人から言われてしまった。急激に体が重くなったような感じがする。私は前を向いていられず、その場から動けなくなった。
「りこ……?」
急に動かなくなった私を心配してあやねちゃんが声をかけてくる。私はすぐに、何でもないよと言うべきなのだ。けれど私は違う言葉を口にしていた。
「水嶋さんもあやねちゃんのベッドで寝たの?」
「え……?」
「っ答えてよ!!」
違うと言って欲しい。ベッドでいっしょに寝るのは私だけだと言って欲しい。
私はあやねちゃんの手を強く握りしめる。痛いのだろう、あやねちゃんは顔を歪め、戸惑いながら言った。
「いっ!? カ、カナデはいつも私と一緒にベッドで寝るけど、深い意味とか全然なくてっ……!」
「っっっっ!!!」
私はその言葉を聞いた瞬間、握りしめていた手を振り払うように外した。どうしてこの人はこうなんだろう。あんなにあやねちゃんの事を見ている水嶋さんの気持ちに気付かないのか。こんな事を平気で言って、私が嫉妬しないとでも思っているのか。赤黒い気持ちが私の中でどんどん膨らんでいくのを感じた。
私はじりじりと後ずさる。今はあやねちゃんの顔を見れなかった。きっと私はひどい顔をしているから。
私は体の向きを変えると、あやねちゃんから逃げるように思い切り走り出した。
「りこっ!? 待って! りこ!!」
私を呼びとめるあやねちゃんの声がする。しかし走り続ける私には、その声はだんだん小さくなって、そして何も聞こえなくなった。
「はぁ……はぁ……っはぁ……」
どれくらい走っただろう。口の中に血の味が広がる。住宅街は道が入り組んでいて、どのように走ってきたかわからない。しかし走ったおかげで、気持ちは大分落ち着いてきた。
はぁ……、あやねちゃん驚いてたな……悪い事しちゃった。早く謝ろう……。
あやねちゃんに電話しようと思い、私はバッグからケータイを取り出した。するとケータイには何度もあやねちゃんからの着信や、私を心配するメールがはいっていた。私は申し訳なく思う反面、心配してくれた事がすごく嬉しかった。その時
後 ろ か ら 身 に 覚 え の あ る 視 線 を 感 じ た
「っ!?」
私はすぐに後ろを振り返ると、10メートルぐらい先に女の子が立っていた。私はその子を見た瞬間、体中に鳥肌がたった。
「あ……う、あぁ……」
意味のない言葉が口からあふれ出る。今すぐこの場から逃げだしたいが、足が地面に張り付いたように動かない。
水 嶋 カ ナ デ はそんな私を睨みつけたまま
私の方にゆっくりと歩き出した――――




