宣戦布告
水嶋さんと遊ぶ日になり、私は約束していた待ち合わせ場所の、ショッピングモール二階のカフェの窓際の席に座って、紅茶を飲みながら水嶋さんが来るのを待っていた。時計を見ると、もう待ち合わせの時刻を過ぎようとしていた。
どうしたんだろう水嶋さん……何かあったのかな? もしかして私待ち合わせ場所間違えてる?
そう思い始めた時、ケータイのメール着信の音がなった。バックからケータイを取り出し、メールを確認すると、水嶋さんからだった。
『そこから広場を見て』
……あれ? いつもの水嶋さんのメールじゃないみたい……。
水嶋さんから何回かメールのやり取りをした事はあるが、いつも彼女はデコメを使ったりして華やかなメールを送ってくる。その簡素で短い文面に違和感を感じたが、書いてあるとおりに窓の下の広場を見下ろした。
広場の中央を見ると、そこに水嶋さんとガラの悪そうな男の人が親しげに話している様子が見えた。どういう事だろう、二人は友達かな? と不思議に思いながら二人を見ていると、次の瞬間いきなり二人は言い争いを始め、男の人が水嶋さんの腕をつかみ上げた。
っ!? ど、どうしよう、早く助けに行かないと……!
私が席から立ち上がろうとした時、広場の隅からすごい速さで水嶋さん達のもとへ走ってくる女の子の姿が見えた。見間違いかと思ったが、私が彼女を間違えるはずがない。
あやねちゃん!? 何で、今日は用事が出来たから来れないって……
私が混乱しながら見ていると、あやねちゃんは男の人の手を払い、その人を追い払った。まるでお姫様を悪者から守る王子様みたいだった。あやねちゃんは男の人が見えなくなると、ほっとした顔になって後ろに隠れていた水嶋さんのほうに振り返る。すると水嶋さんがいきなりあやねちゃんに抱きついた。あやねちゃんは最初驚いた様子だったが、すぐに水嶋さんの背中に両腕をまわし、優しく抱きしめ返した。
やめてよ! 二人で抱き合ったりしないでよ!! あやねちゃんには私がいるのに!
嫉妬で体が焼かれるような感じがした。あやねちゃんは水嶋さんを落ちつけるために、そうしているのだろうと頭ではわかっている。けれど心の中では今すぐ二人の所に走って行って、二人を引き離してしまいたかった。
その時、水嶋さんがあやねちゃんの背中越しに私を見た。そして勝ち誇ったようにニヤリと顔を歪めた。
私はこの時思い知った。水嶋さんは私と仲良くする気なんてさらさら無かった事を。この場面を見せつけるために、私を誘った事を。
――――――そして水嶋さんも、あやねちゃんを愛しているという事を。
私は自分の部屋で、今日の出来事を考えていた。二人が抱き合っている姿を思い返すと、ひどく自分がみじめな気分になってくる。
その時いきなりケータイの着信音が鳴り響いた。驚きながら急いでケータイのディスプレイを見ると、水嶋さんからの電話だった。正直言うと、今は水嶋さんと話をしたくなかった。しかし着信音はいつまでたっても鳴りやまない。 覚悟を決めてケータイの通話ボタンを押した。
『……もしもし』
『はぁ~……電話取るの遅い。マジでグズだよね…まぁでも仕方ないか。あんたの事だから私とあやねの抱き合っている姿を思い出して落ち込んでいたんじゃない?ふふっあんたのあのマヌケ顔、思い出すだけで笑えてくる』
聞いた事のない水嶋さんの心底バカにするような声。私は図星を言われて、顔が赤くなるのを感じた。
『……っ! 用件は何!?』
『宣戦布告』
『え……』
『宣戦布告よ。あんたまさか明日からまたいつもの学校生活をおくれると思ってるの? 言っとくけど同じグループのカヨちゃんは私の味方だからね。それに私が本気だせばクラスの皆も私の思うように動かせるから。怖いよね~女子のいじめって陰湿だしさぁ~』
私はその言葉を聞いて、前の学校の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
春川さんさ~男子に女の子らしくて可愛いって人気あるけど、わけわかんない。あれは大人しいんじゃなくて、ただ根暗なだけじゃん
わかるわかる。しかも春川さんって男子と話してる時だけ色目使ってるし、マジむかつく。
ねぇ……春川さんの事、明日から女子全員で無視しない? 男子もさ、女子全員が春川さんを無視してるってわかるとドン引きして男子も目ぇ覚ますよね。
だよねだよね~じゃあ明日から全員春川さんの事は無視でけって~い! 私達は悪くないよね~だって春川さんがムカつくのがいけないんだしぃ~。
放課後の教室に響く彼女たちの笑い声、それを廊下で聞く私。
やめてやめてそんな事しないで、私男子に色目なんて使ってない、お願いもう男子とは喋ったりしないから、私の事無視しないで、私の言ってる事聞こえないの?お願いだからお願いだから――――!!
『……や、やめて……そんな事しないで!』
やっとの思いでそう答えた。体中から嫌な汗がでている。あんな思いはもう二度としたくなかった。
私の絞り出したような声がおかしかったのだろう。水嶋さんはおかしそうに笑った。
『あははっ何その声マジうける。やめてもいいよ~? ただしあんたがあやねから離れたらね』
『………っ!』
『あ~言っておくけどあやねに相談しようとしても無駄だから。あやねは私の小さい頃からの親友なんだもん。高校から知り合ったあんたと私、どっちをあやねが信じるかわかるでしょう? それどころか私の事を悪く言うと嫌われちゃうかもね!』
水嶋さんと抱き合っていたあやねちゃんの姿が脳裏をよぎる。もしあやねちゃんが信じてくれなかったら、もし嫌われてしまったら、そう思うと体の震えが止まらなかった。
『まぁ~私もそこまで鬼じゃないし? いきなりあんたがあやねから離れて行くと、あやねが悲しむかも知れないから、私がいいシナリオ考えるまでとりあえず執行猶予って事にしてあげる。でも今以上にあやねに近づこうとするなら――』
『マジで殺すから』
聞いた人を震え上がらせるような低い声。今まで話していた声のトーンとはまったく違った。
『じゃあそういう事だから、明日から楽しみだねりこちゃん。じゃあまた学校でね、バイバ~イ』
しかしすぐに、以前の水嶋さんみたいに明るい口調でそう言って、電話を切った。
どのくらいそうしていただろうか。私はベッドにうずくまったまま、両手であやねちゃんからもらったブレスレットを握りしめながら泣いていた。明日からの事を考えると吐き気がする。でもあやねちゃんの傍を離れる事のほうが、もっと苦痛だった。
神様お願いします。私からあやねちゃんを取らないで下さい。そのためなら私はどんな事をされても耐えますから……!
そう祈りながら、私は一晩中ブレスレットを握りしめていた。まるでそれが、私を守ってくれるお守りになるように――――。




