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想い続けるということ

 どうしてこんな事になってしまったのか。カナデはいつからあんなふうになってしまったのか。カナデはりこに他に何をしたのか。なぜりこは私に相談してくれなかったのか。自分はそんなに頼りなかったか。

 

 そんな事をぐるぐると考えながら帰っていたら、いつのまにか家に着いてしまっていた。私は家族に、悩んでいる事を悟られないように、大きく深呼吸してドアをあけた。


「……ただいま~」


「おう、おかえり~。そう言えばお前に……」


 ドアを開けると兄が玄関で自分の靴を磨いていた。兄は下をむいていたが、私の声の調子がいつもと違うのに気がついたのだろう。怪訝そうに顔を上げ、私を見つめた。


「……お前どうしたの。学校で何かあった?」


「え、何でもないよ。大丈夫」


 私は兄になるべく顔を見せないようにしながら、急いで自分の部屋に行こうとした時、兄に腕を掴まれた。

「お前、何年俺たちが家族やってると思ってんだよ。何かあった事くらいすぐにわかるんだよ」


 兄のその言葉を聞いた途端、今まで我慢していた涙がボロリとこぼれ落ちた。なぜいつも兄はわかってしまうのだろう。昔から私が隠し事をするといつも気付いてしまう。

 いきなり泣き出した私に、兄はギョッとしたようだが、兄は自分の肩に私の頭をもたれさせ、わんわん泣きじゃくる私の背中を優しく撫でてくれていた。





「そんな事があったんだな……」


 私は玄関で思う存分泣いた後、リビングのソファーまで移動し、りこが転校してしまった事、カナデがりこをいじめていた事すべてを兄に話した。その間兄は黙って私の話を聞いてくれていた。


「カナデちゃんがそんな事するなんてな……りこちゃんの件は本当に残念だな。辛かったろう?」


 兄の言葉に再び泣きそうになる。兄に状況を説明している途中、何度も脳裏にりこの顔が浮かんだ。後悔してもしきれない波が私を襲う。


「りこはきっと私を許してくれないと思う……。信じるなんて大層な言葉を吐いておきながら、結局裏切ってしまったから……私の事憎んでるよ」


「…………あの子はお前を憎むような子じゃないと思うぞ」


 そう言いながら、兄はソファーから立ちあがり、棚の上に置いてあった封筒を私に差し出した。


「郵便でさっき届いたんだ。宛名の名前見てみろ」



 私は兄から受け取った封筒を裏返すと、そこには忘れたくても忘れられない名前、春川りこと書いてあった。


「っ!?」


 私は驚きながら、急いで封を開け、手紙を広げた。そこには以前もらった手紙のように、繊細な字でりこの想いがつづられていた。



『あやねちゃんへ

 あやねちゃんがこの手紙を読んでいる頃は、私はもう日本にいません。いきなりこんな事になって驚いていると思います。何も言わずにごめんね。でも私はあやねちゃんの顔を見たら、声を聞いたら、きっとあやねちゃんの傍から離れがたく思ってしまう。

 今だから言えるけど、私は水嶋さんにイジメられていました。辛くて辛くて、何度もあやねちゃんに相談しようと思いました。けれど水嶋さんはあやねちゃんの親友です。私が本当の事を話してあやねちゃんが傷ついてしまったら、水嶋さんの事を悪く言う私を嫌いになってしまったらと思うと、どうしても言えませんでした。臆病な私でごめんなさい』


 私はそこまで読んで、激しい後悔で体が焼かれるような感覚を味わった。


 なんでっなんで私はりこを信用しなかった!? りこがそんな事する子じゃないって私が一番よくわかっていたはずなのに! りこは私の事を考えて、本当の事を言う訳にもいかず、ただひたすら自分の潔白を言い続けるしかなかったんだ……!


 私は顔をあげて、涙でにじんだ目をこする。ふと、私は封筒の中にまだ何か入っている事に気付いた。 封筒を逆さにすると、きれいなアクアマリンのネックレスがでてきた。既製品ではない、どこかあたたかさを感じる物だった。


 これってもしかして私がりこに贈ったブレスレットのお返しのやつ……?


 再び手紙に目を走らせる。


『封筒の中に入っているネックレスは、この間のプレゼントのお礼です。手作りなので少し形がおかしいかもしれないけど、心をこめて作りました。

 本当はもっと早くできていたのですが、あやねちゃんと私の間に“約束”がなくなるのが嫌で、なかなか渡せませんでした。

 あやねちゃん、最後にもうひとつだけ私と“約束”してくれますか?』



『幸せになって下さい。私の事は忘れて、どうか幸せになって下さい。こんな別れになってしまって、あやねちゃんはきっと自分を責めると思うけど、私はあやねちゃんを憎む気持ちは全然ありません。

 私は幸せです。少しの間だったけど、大好きな人と恋人になれたから。それだけで、充分です。それだけで、私は生きて行けます。あやねちゃんはきっと、私なんかより素敵な恋人が現れます。その人を、どうか大切にして下さい。その人と、幸せになって下さい』



『ありがとう、大好きでした。どうかお元気で――――――さようなら。』





「っ……あぁ……ぅあぁあああああっっ!!」


 もう手紙になんて書いてあるかわからなかった。涙で目がにじんで読めなかったから。

 私は泣き叫びながら兄にすがりついた。兄に、私のりこへの想いを告白した。誰かに覚えていて欲しかった。私達が恋人同士だった事を。


 やめてよ、過去形にしないでよ、私は今でもりこが好きだよ、忘れられる訳ないでしょ、りこより好きな人なんて現れる訳ないでしょ、りこがいないのに、幸せになんてなれないよ。憎んでくれたほうがマシだった。許されたくなんてなかった。私を許して、私を忘れてしまうならば。



 私は想いのすべてを兄にぶつけると、兄は私の頭を撫でた。


「お前が誰かと付き合っていたのは、実は知っていた。顔つきがある日突然いい感じに変わったからな……そうかりこちゃんだったか……いい恋をしたな、お前」


「お兄ちゃん……私とりこが付き合っていた事、何も言わないの?」


「ん~……そりゃ何も思わなかったわけじゃないが……でもりこちゃんと話しているお前は幸せそうだったよ。俺はお前が幸せなら誰と付き合ってもいいと思ってる」


 兄は私の顔を見つめる。そして大事な事を伝えるように、口を開いた。


「お前はさ、この恋が終わってしまったと思っているだろうけど、お前がりこちゃんを想っている限り、お前の恋は終わらない。

 いつかお前がりこちゃん以外の人を好きになる時が来るかもしれない。その時初めて、この恋が終わった事になるんだ。この恋を終わらせる事ができるのは、自分自身だという事を忘れるな」


「じぶん……じしん……」


「ああそうだ。それに一度繋いだ縁というのは、そう簡単に離れたりはしない。いつかきっと出会える日が来ると、信じ続けろ」



 会えるだろうか、もう一度、彼女に



 兄の言葉を聞きながら、りこからもらったアクアマリンのネックレスを強く握りしめる。



 もしも彼女にもう一度会えるなら、それまで私は強く生きて行こう。自分に恥ずかしくない生き方をしよう。りこに再び会った時、彼女に誇れる自分であるために。



 そう心に誓った時、手の中のアクアマリンが、美しく光ったような気がした――。


 

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