狂気と友愛の少女
※あるキャラが同性愛に対してひどい事を言っていますが、作者本人に同性愛に対して否定的な意見はまったく持っていません。気になる方はこのままスルーして下さい。
「どういう事よカナデ!! りこに一体何したの!!」
「っ……!」
私は二人の信じられない会話を聞いて、軽く我を忘れてしまった。カナデの胸ぐらをつかんでいる手に力を込める。そんな私の様子を見て、カヨちゃんは顔を青ざめながら私とカナデの表情を伺っていた。カナデは苦しそうに顔を歪めていたが、次の瞬間、
「あっはははははははははははははははははははははっっっ!!!!」
「っ!?」
いきなり可笑しそうに笑いだした。そのあまりの豹変ぶりに、私は思わず手を離し、後ろへ後ずさる。
「はははははっはぁ……あーあ……ばれちゃったなぁ、笑える。……カヨちゃんもう行っていいよ。私、あやねと二人きりになりたいし」
「う、うん…」
カヨちゃんもこんなカナデは初めて見るのだろう。怯えた表情で、振り返ることなく教室から逃げ去った。
カナデは私がつかんでいた胸元の服のシワを直しながら、子供がすねたような顔をした。
「ついてないなぁ~……もう、あやねったら盗み聞きなんてしちゃだめでしょう?」
「ふ、ふざけないで! 私の話はまだ――――」
「あやねとりこちゃんって付き合ってたよね?恋人同士な意味で」
あやねの言葉に、体中に雷が落ちたような衝撃がはしった。誰にも言った事がないのにどうして?
私の焦った顔が可笑しかったのだろう。カナデは微笑んだ。男子が見たら思わず顔を赤らめてしまいそうなほど、きれいで色気のある表情だった。
「ふふ……あやねってばそんなに驚かなくてもいいじゃない。あやねの事ならなんでもわかるよ私……」
そう言いながら、私に向かってゆっくりと歩いてくる。私は金縛りになったみたいに動けない。カナデから目線を外せない。
「でもさ~……あやねのその感情はさ、ニセモノなんだよ? 思春期特有の勘違い。だってあやねはレズじゃないもん。私はあやねの事が誰よりも好きだけど、それは親友としての好きであって、それは変な事じゃない……でもっ!!」
カナデは私の頬に両手を添え、微笑んでいたが、急に鬼みたいな憎悪の表情で、吐き捨てるように言った。
「あの女は違うっ!! あの女よくもあやねをたぶらかしやがって……っ最初から気に食わなかった。あやねを気持ち悪い目でずっと見てたから! 女同士で付き合うとか、そんな気持ち悪い事あやねに教えやがった! そのせいであやねが私をかまってくれなくなった! 私があやねの一番だったのに!!」
私はそんな言葉を聞きながら、自分の体があやねに対しての恐怖で震えているのを感じた。怖い、逃げ出したい。こんな子知らない。
カナデは私の恐怖を知ってか知らずか、目をすぅっと細めた。
「だから罰を与えたの。 私とあやねが遊んだ時、あいつもいっしょに呼び出して、私とあやねが仲良くしているのを見せつけた時は楽しかったなぁ……。
他にもあいつに嫌がらせしたけど、あいつ懲りないんだもん。いじめ工作はカヨちゃんに手伝ってもらったよ。クラスメイトはすぐにあいつがしたって信じてくれたのに、あやねはいつもあいつをかばったね……。すごく悲しかったよ……。
でも! 最後あやねは私を選んでくれた! あいつなんかより私を信じてくれた!」
カナデは今度は勝ち誇ったような、心底嬉しそうな顔をして、私に抱きついた。
「それってあいつなんかより、私の方が好きって事だよね?嬉しいな……。ねぇ私達、いつか男の人と結婚するだろうけど、私達の関係は変わらないよね……? だってお互い一人しかいない親友なんだもの。そしていつか相手の男が死んだ時は、二人でずっといっしょに暮らそうね……」
「…………ごめんね、カナデ……私がバカだったね……」
私はゆっくりとカナデを自分の体から離す。カナデは少し名残惜しそうだったが、私の言葉に安心したのか自分から離れてくれた。
「もう、本当にバカだよあやねってば…でも私がついてるからね。もう変な女に――――」
「カナデをずっと信じてきた私がバカだった」
「……え?」
「本当にバカだよ……私りこを信じるって言ったのに……りこを誰よりも守るって思ってたのに……カナデ、私はもう誰かを好きになったりしない。ずっとりこを想い続ける。あの子は私の女神だから」
教室を出ようとする私をカナデが慌てて私の腕をつかみ、ひきとめる。信じられないような目で私を見つめる。そしてカナデは膝を床につけ、私にすがりつくように腕に力を込めた。
「な、何言ってるのあやね……あいつはもう転校しちゃっていないんだよ……? それに女同士がくっついたって、幸せになれないんだよ? 結婚もできないし、世間体とかどうするの? それに比べて親友はずっといっしょにいられるよ? 私はずっとあやねのそばにいるよ? だって私達親友だもんね? ねぇっ!?」
「もう私はカナデを親友だとは思えない。……じゃあね、今までありがとう」
「ま、待ってよ! あやねとあいつが付き合ってた事、皆にバラしてもいいの!? 気持ち悪いって思われるよ! 私といっしょにいてくれるなら黙っておくから…!」
「言いたいなら言えばいい。みんなが私をどう思うかなんて関係ない。私はもうカナデを許すつもりなんてないから」
私はカナデの腕を振り払い、床に倒れこんだカナデを冷ややかに見下ろす。最初カナデの豹変を見た時は恐怖しか感じなかった。でもりこに危害を加えたという話になった時、自分でも驚くほど冷静な気持ちになれた。そして次に感じたのはカナデに対しての途方もない怒りだった。
私は振り返ることなく、教室を出て行った。
「あやねっ待ってよ! 怒らないでっ! 言わないから……誰にも言わないから、謝るから許してよ! 私を置いて行かないでよ! あやねえぇぇぇぇええっ!!!!」
教室からカナデの悲痛な叫び声が聞こえる。以前の私ならすぐにカナデのもとに駆け寄っただろう。
けれど私の心はもう二度と、カナデに動く事はなかった。