ハンデンツ
アディアは、身を震わせたが、アークやマーキス、キールには、明らかにその気がの色が変わって行くのが見て取れた。舞は、しばらくそのままじっと手を翳していたが、やがて手を降ろした。フッと息を付く。
「…ここまでね。目を閉じて見ていたら、黒い所が中心にあって…そこが、回りを侵食していく感じなの。真ん中の根源らしき黒いものは、どうしても消せないんだけど、そこまでは浄化出来たみたい。きっと、また回りへ浸食して行くから、根本的にそれが取り除かれるまでは、定期的に浄化しなきゃならないんじゃないかしら。」
アディアは、目に見えて穏やかな顔をした。ホッと肩で息を付くと、自分の手を見た。
「不思議な感じ…胸の中にあった、汚い感情が洗い流されるみたいな。怖くて自分のことばかり考えてしまって、自分がその恐怖から逃れられるなら他は何でもいいなんて考えが湧きあがって来るのよ。私…あの変なものに、憑りつかれてしまっているのね。」
シュレーは、頷いた。
「これから、皆でその根源を取り除くために、リシマを調べに行こう。全てはそいつの仕業だろう…マイが居れば、浸食も進まなくて済む。」
アディアは、舞に微笑み掛けた。
「ありがとう、マイ。なんだか、今初めてあなたに会ったような気分よ。」
舞も微笑み返した。
「本当ね。よろしく、アディアさん。一緒に解決して行こう。」
すると、チュマが舞の隣へ走って来て、足にしがみついた。舞がそちらを見て、問いかけるような視線を向けると、チュマはアディアを見つめて言った。
「お姉ちゃんの気、綺麗になったねー。」
舞はふふと笑った。
「そうでしょ?これからも毎日綺麗にするわね。」
アディアが、チュマに微笑み掛けて、手を差し出した。
「抱っこさせてくれる?」
チュマは頷いて、アディアに手を差し出した。
「いいよー。」
アディアは、チュマを抱き上げた。舞は微笑んで、それを見ていた。
船は、ハン山脈から流れ込む河の合流地点まで来た。そこへ来て初めて、キーク湖へ向かうのではなく、ハンデンツから回り込んでいることを舞は知った。なるべく、皆が通らないルートを…。アークは、そう言っていた。
「もう数時間したら、ハンデンツにほど近い港に着く。このまま河に沿って走って行けば、デシア南という港に着くんだが…まっすぐ行っても、明日の夜ぐらいだろうな。」
シュレーが、眉を寄せた。
「おそらく、リシマの手の者が探しているぞ。気を探るしか方法はないが、舞が結界を張っているからその心配はない。だが、もしも河を片っ端から探していたら、途中で出くわす可能性がある。」
玲樹が、首を振った。
「まさかこの世界には人工衛星なんかないだろう。空でも飛ばない限り、この広い国土を探し出すのは無理だ。河沿いでも、どの河なのかあいつらにはわからないんだからな。」
シュレーが、玲樹を見た。
「確かに人工衛星とかいうものはないが、こちらの国にはヘリコプターという飛ぶ機械がある。スピードはないが、上空から探すことは可能だ。こっちのルートを通るのは、ハンデンツの工業地へ向かう労働者ぐらいのもので、オレ達のようにこんな高速船で走り抜けているのは珍しくて目立ってしまう。」
圭悟が、シュレーを見た。
「ラキが乗っていたあの、ヘリコプターのことか。飛行機はあるか?」
シュレーが、眉をひそめた。
「なんだって、飛行機?」
玲樹は首を振った。
「ないよ、圭悟。オレは興味があってこっちの機械はしこたま調べてあるが、飛行機はない。なので、ここでの最速の移動手段は、船、高速船だ。だが、一番のスピードを持っているのはグーラだな。」
マーキスとキールが眉を上げた。しかし、何も言わなかった。アークが言った。
「やはり、ハンデンツでこの船を乗り捨てよう。ハンデンツか、南デシアかどちらかで返すことが可能でな。ハンデンツからは、普通の船に乗って、一般の乗客と共に西へ行こう。それで、少しは時間が稼げるだろう。」
皆は頷いた。そして、もう一度皆の役割を確認した。
マーキスと舞が夫婦で、チュマはその息子。アークはマーキスの兄、キールはマーキスの弟。圭悟と玲樹は舞の兄、アディアは舞の姉。シュレーは、護衛の部下ということになった。
「しっかり演じろよ。」圭悟が、皆に言った。「ばれちゃいけないんだから。」
舞が顔をしかめた。
「お兄ちゃんって言えばいいのかしら。でも、マーキスがこんな感じだから、お兄様かしら。」
玲樹が首を傾げた。
「お兄様がいいじゃないか。でも、オレはお兄様って柄じゃねぇけどなあ。」
圭悟は笑った。
「確かにそうだ。ぼろを出すなよ。」
「黙ってるよ。」
玲樹は言って、肩を竦めた。船の窓からは、カンデ高原の美しい景色が見えている。これが観光で来たのなら良かったのに…。舞も、玲樹もそれは思っていた。
日も暮れる頃、ハンデンツの港に到着した。一般用の小さな桟橋へその船を乗り付けると、皆はそこを降りて、船を返す手続きをした。
そして、港から少しにあるハンデンツの街の入り口にある、ホテルへと入って行った。そこは、大きかったがビジネスホテルの様相だった。確かにこの辺りにリゾートに来る人は居ないだろうと舞が思っていると、案外とハン山脈に登山に行く旅行客が、立ち寄るらしく、その時も客室は満室に近かった。
フロントも忙しく動いていて、舞達もその流れ作業の列に並び、特に怪しまれることもなく、詮索もされずに部屋を割り当てられた。先払いシステムはやはり同じで、慣れたように金貨を支払うと、すぐにカードキーを四枚くれた。
「ただ今、大きなお部屋は満室でございますので、シングルルームを三つと、一つには簡易ベッドを一台入れてお使いいただくことになります。」
パソコンに映し出された部屋の写真には、ハリウッドツイン(セミダブルベッドとシングルベッドが繋がって配置されている部屋)が一つ、普通のツインが三つあった。説明を終えると、さっさと去って欲しいような感じだったので、後ろに並ぶ人に追われるように、舞とマーキスはそのキーを持って皆の所へ戻った。
「あのね、微妙な感じなのよ。」舞は、説明した。「部屋は四つで、皆二人部屋で、一つに簡易ベッドを入れるって。」
玲樹が、眉を寄せた。
「ほんと、微妙だな~。」と、カードキーを受け取った。「組み合わせとしては、圭悟とオレ、アークとシュレー、マーキスとキール、で、舞とアディアとチュマって感じか?」
舞は言った。
「チュマは、一人でベットで寝た事ないの。プーの時はあったけど。だから、三人部屋でなくてもいいわ。この、ハリウッドツインで寝る。セミダブルの方に、私とチュマが寝れるから。」
マーキスが、舞に手を差し出した。
「オレは…共にと約してからマイと離れて寝たことがない。」と、舞の手を握った。「なので、共が良い。」
圭悟が困ったように玲樹の方を見た。
「うーん、どうするかな…。じゃあ、アディアにツインに一人で入ってもらって、キールはオレ達と三人部屋へ入るか?」
シュレーが、首を振った。
「アディア一人にするのは良くないだろう。眠るだけなのだから、無理を言うべきじゃない。」
アディアは、息を付いて舞を見た。
「そうね。舞に浄化してもらわなきゃならないし、一緒のほうが心強いかな。」
舞は、マーキスを見た。
「マーキス…。」
マーキスはため息を付いて、頷いた。
「仕方のない。では、オレはキールと。」
舞は、部屋へと歩き出しながら、マーキスにそっと言った。
「大丈夫よ、マーキス。隣りの部屋に入るから。」
マーキスは頷いた。
「ああ。」
舞には、マーキスが神経質になっているのが分かっていた。シュレーが合流してから、マーキスは舞を離したがらない。きっと、まだとても不安でいるのだ…そう思うと、舞は居た堪れなかった。マーキスを不安にさせないためには、どうしたらいいのかしら…。
そんなことを考えているうちに、部屋の前に到着した。一番手前から、圭悟達、アーク達と順に部屋を開けて行く。マーキスがドアを開けている横で、舞もカードキーを使ってその部屋のドアを開けた。
すると、それをじっと見ていたマーキスが、突然に舞を引き寄せると、口付けた。舞もびっくりしたが、それを見ていたアディアも顔を赤くした。舞は、頬を赤くしてマーキスを見上げた。
「マーキス、人前なのに…」
マーキスは、何でもないように言った。
「知っておる。また、明日の。」
舞は頷いた。
「おやすみなさい。」
チュマが、舞の足元で言った。
「パパおやすみ~。」
マーキスは微笑んでチュマの頭を撫でると、キールと共に隣の部屋へ入って行った。舞も、赤くなって上気した顔を冷ましながら、アディアと一緒に部屋へと入って行った。
それを、離れたドアからシュレーが見ていたのは、二人も気付かなかった。