露見
食事を済ませた9人は、早々とホテルを後にして、日が昇って来る中、河の方へと歩いて行った。圭悟が、舞に言った。
「リーマサンデは、とても大きな河が多い国でね。」と、地図を思い出すように空を見た。「山から二本の河が出て、それが枝分かれしている。東側にもう一つハン山脈というのがあるんだが、そこからの河もあってね、こっち側の河と合流して、ハンデンツっていう工業地の街を回って海の方へ向かうルートも出来てるんだ。ライアディータより、リーマサンデの方が、水の面では恵まれてるんじゃないかな。」
舞は、二度ほど見た地図を思い出していた。あの時はライアディータのほうばっかり見ていたから…覚えられないなあ。
アークが先頭を行くので、それについて歩いて行くと、目の前に大きな河が合流している地点が見えて来た。大きな橋が架かっていて、向こう側へ渡れるようになっている。その横には、河港があって、船が幾つか停泊していた。アークが、皆を振り返った。
「さあ、ここから船で下るぞ。」
アディアが、驚いた顔をした。
「え、船は止めると言っていなかった?ベイクまで行って、鉄道を使うのでしょう。」
アークは、首を振った。
「いいや。皆と話し合った結果、やはり河を行くことにしたのだ。朝からキールと一緒に高速船のチャーターに出掛けていたのだ。」
圭悟が、頷いた。
「やっぱりその方が早いしね。さ、あれだろう?アーク。」
圭悟が、端に停まっている小さな船を指した。それしか、高速船の形をしているのがなかったからだ。アークは頷いた。
「そうだ。あれで、一気に行くぞ。乗り込め。」
アディアは、シュレーに言った。
「でも、船では逃げ場がないと言っていなかった?私、もう二度と捕まるのは嫌よ!」
シュレーは、アディアをなだめた。
「無理を言うんじゃない、アディア。もう皆で決めたことだ。高速船なら大丈夫だろう。」
アディアは、首を振った。
「だったら、本当に大丈夫だって証明してよ、シュレー!でないと、私は一緒に行けないわ!」
シュレーは顔をしかめた。
「証明?どうすればいいのだ。ここでは、絶対に安全な場所などないだろう。」
キールが、振り返った。
「放って置け。別にここへ置いて行けばよかろう。あちらよりは安全であろうからの。食い扶持が減れば、その分旅も楽であるぞ。」
シュレーは、アディアを見た。
「ここに居るか?王城のことは、オレがある程度なら知っているし、お前に無理をさせてまではいい。」
アディアはキッとシュレーを睨んだ。
「どうしてそんなことが言えるの、シュレー!こんな所に置いて行かれたら、敵が来れば…。とにかく、これからどう行くのか、行程を教えて。こんな、思い付きみたいな旅は怖くて仕方がないわ。」
船の前まで来て、皆が乗り込んで行くのを横目に見ながら、アディアはシュレーに言った。シュレーは、首を振った。
「オレだって任せているから、先のことまでは分からない。こんな旅は、途中思いも掛けず狂ったりするだろうが。」
アディアは、皆が乗り込んで、シュレーと二人だけになったので、落ち着かない様子でそちらをチラチラと見た。
「別にいいのよ、分かっている所だけで。」
「シュレー」アークが、船の上から言った。「行くぞ。時が惜しい。」
シュレーが頷いて船に足を掛けると、アディアが急いでその腕を掴んだ。
「待って!私を置いて行くの?!」
アークが、シュレーの手を取って、グイと船に引っ張って乗せた。アディアは、呆然としてアークを見た。
「アディア…オレは朝、ベイクのセイン河鉄道の駅へ様子を見に行って来た。」
アディアは、驚いた顔をした。ここからベイクまで、どう歩いても半日は掛かるのに?
「え…そんな距離を、どうやって行ったと言うの?」
アークはニッと笑った。
「ちょっと、変わった足があってね。」と、キールをちらと見た。「キールと二人で、偵察に行って来た。どうした訳か、敵はオレ達が鉄道を使うと知っていたよ。」
アディアは顔色を無くした。アークは続けた。
「なので、急遽ここへ戻って、船をチャーターしたのさ。敵の裏をかいて、オレ達はこっちから行く。どのルートから行くなんて話せる訳がないじゃないか。どこから漏れるか分からないのに。」
アディアは、冷や汗をかきながら、服のポケットに手を入れた。
「そう…そうね。誰に聞かれているか、分からないものね。」
「おっと!」と、アディアの背後から、船に乗り込んだと思っていた玲樹がアディアの手を掴んだ。「発信するのは無しだ。ま、位置を知らせたところで、オレ達が移動中としか思わないだろうがな。ここは、鉄道を使うにしても、通り道だからよ。」
玲樹に掴まれたアディアの手から、腕輪が一つ、コロンと落ちて転がった。シュレーは、険しい顔でアディアを見た。
「罠だったのか。お前、だから洞窟でも落ち着いた風で居たんだな。あの洞窟で迷って出られた者は居ないのに、やけに落ち着いているなとは思っていたんだ。」
アディアは、涙を流した。
「仕方が無かったのよ!また、あの拷問を受けると聞いて…!きっと助けに来るだろう仲間に紛れて、こちらの動きを知らせるように言われたの!」
圭悟が、船の上から険しい顔で見て言った。
「王城から出たなら、どうして逃げようと思わなかった。敵の手先になるなんて。」
アディアは、首を振った。
「どうやって?一度目の拷問で心に食い込んだ恐怖の感情が、ずっと私を離してくれないの!今も、それを取り去られたのではないわ。術で抑えられているだけ。その術を解かれたら、私はまたあの恐怖の中へ堕ちてしまう!正気を保っていられなくなる!だから…こうして、いう事を聞くしかないのよ!」
アークが、頷いた。
「とにかく、中へ。」アークは、キャビンの方へ足を向けた。「進みながら話を聞こう。」
玲樹がアディアの腕輪を拾い上げ、乗るように後ろから小突いた。アディアは、打ちひしがれたまま、船のキャビンへと入って行った。
中では、もうマーキスと舞が座っていた。アークが、舵を握ってエンジンをかける。この船は、船長も居らず、本当に船だけを借りたようだった。
「さあ、行こう。オレはこの型の船は操縦したことがあるのだ。安心していい。」
船がしずしずと進み出し、広い場所まで出ると一気に加速した。
「下りだし、速いぞ~!」
玲樹は言う。アークは舵を握ったまま言った。
「それで、知っていることは全て話してもらおうか。」と、小さくなって座っているアディアに言った。「見るからに以前のお前とは気が違うのだ。我らの中には気が見える者も数人居る。最初から、何かおかしいと気付いておった。」
アディアは驚いた顔をした。
「え、気…私の気、おかしいの?」
マーキスが頷いた。
「オレにも見えるのだが、あまりにおぞましくて顔を直視することも、同席することも辛いほどぞ。おそらく、その術の気配であるだろうが、主の本来の気も、それに浸食されつつあるであろうの。それを除かなくては、そのうちに己が己でなくなる可能性がある。食われてしまうということだ。」
アディアは、自分を抱き締めるようにして小刻みに震えた。舞が言った。
「私の知っている術に、気を浄化するものがあるわ。命の気を使わない術だから、皆には知られていないのだけれど。それを、あなたに掛けて、しばらく様子を見てみましょう。」
アディアは、頷いた。次に圭悟が言った。
「だが、それをするなら、まずは知っていることを教えてもらおう。」圭悟は、いつもは穏やかな表情を険しくした。「そいつの呪縛から外れさえすれば、あんたはオレ達に協力するか?」
アディアは、恐る恐る圭悟を見て、頷いた。
「何を話せばいい?」
「まずは、捕まった経緯からだ。」シュレーが言った。「どうして捕まって、どんな拷問を受けて、そして何をそんなに恐れているのか。」
アディアは、頷いて下を向いた。
「…私は、リーディス陛下の命を受けて、リシマ王が何を企んでいるのか知るために、秘書の一人として王城へもぐりこんだの。腕輪がいちいちチェックされているなんて知らずに、その日の終わりには電波が届くぎりぎりのシアの仲間へ向けて、報告を送っていたわ。」アディアは、思い出すように床の一点を見つめていた。「ある日、リシマ王から直々に秘書官を傍に置きたいからと、声が掛かったの。私はラッキーだと思った…これで、なかなか近づけなかったリシマに近付けると思って。」
皆は、じっと聞いていた。アディアは、続けた。
「でも、王の秘書官と言っても、まったくリシマ王に会うことが出来なかった。秘書官になって三日目、王がお呼びだと言われて、私は地下の奥にある、見たことのなかった部屋へと呼ばれた。」アディアは、顔色を青くして、ガタガタと震えた。「中は、思ったより広くてがらんとして何も無かったわ。誰も居ないので、おかしいなと思って回りを見ていると、突然に天上の板が一枚下へとずれて来て…その上には、玉座に座ったリシマ王が居た。でも、私の知っているリシマ王ではなかった…私は精神的なことは長けているので、真っ黒い何かを纏っているのが一瞬確かに見えたの。そして、私を見て笑ったかと思うと、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。」
アディアは、冷や汗を流し始めた。舞が、気遣って傍へ行こうとしたが、マーキスがそれを留めて首を振った。仕方がないので、舞はそのままナディアを見ていた。
「言いようのない恐怖が、心の中に迫って来たわ。心の中には、誰かの声があざ笑うように流れて来て、それがまた私の恐怖を膨らませるようだった。それから、ずっとその恐怖のただ中に居て、自分がどうなったのかも分からなかった。長く続く恐怖に、耐えられないと…」アディアは、涙を流した。「次に気が付いた時には、ラキが傍に立っていた。そして、こう言ったの…『お前の恐怖は、オレが術で押さえ付けている。だが、この術が解ければまたあの中へ戻る。』と、ラキは他の捕まった仲間達を指した。皆、牢の中で絶叫したり、ただうずくまって震えていたりした。私はラキに、どうか術を解かないでと懇願したの。そうしたら、こう言ったわ。『ならば、恐らく助けに来るヤツと共に逃げて、その仲間が合流したら、逐一その行動をこちらへ知らせよ』と。そして、私は腕輪を持たされて、牢へ戻された。シュレーとシーマが迎えに来るまでの間、私は回りでのたうち回って無限の恐怖に苦しむ仲間達を見続けたわ。決して、それに戻りたくないと思った…そして、言う通りにしたの。」
アディアは、息を付いた。体は固まってかちこちになってしまっている。圭悟が、傍のコップを取って、水を入れてアディアに渡した。アディアは、驚いたような顔をしたが、それを受け取った。
「ありがとう。」
アークが、眉を寄せて言った。
「それで、何か分かったことはあるか?」
アディアは、首を振った。
「何も。一日起こったことは陛下にお知らせしていたけれど、きちんと掴めるまでにあんなことになってしまったから…。ただ、リシマ王が以前の状態ではないことは確かだったわ。真っ黒いもので顔は定かではなかったけれど、目だけが金色に光っていた。」
玲樹が首を傾げた。
「確か、オレは肖像を見たことがあるが、リシマは目が緑色だったろう。アークのような。」
アークは頷いた。
「ああ。物静かな感じではあったが、決して根暗ではなかったし、しっかりとした物言いの、賢い王だという印象だったがな。何かがあったのか…ラキなら、知っておるのだろうか。」
シュレーが、首を振った。
「もし捕えられたとしても、ラキは決して口を割らぬ。そういう訓練を受けているのだ。オレ達が受けたようにな。」
圭悟が口を挟んだ。
「だが、同じパーティのシーマは何も知らされていなかったと言っていた。ラキだけが全て知っているとしたら、おかしな話ではあるがな。」
玲樹が言った。
「ラキのことだ、教えてくれなくても、自分で探ってしまってるかもしれねぇぜ?だから、敵さんのボスが知らない間に、ラキは相当なことを調べているかもしれない。」
シュレーは、ため息を付いた。
「確かにその通りだ。ラキは、腹が立つぐらい優秀な奴だ。黒幕がラキだったと言われても、オレは驚かないぐらいだからな。しかし、ラキがこんなことをしても何の得にもならないから、有りえないと思う。あいつは、金では動かない。」
舞が、震え続けるアディアを見兼ねて言った。
「とにかく、先に浄化がどこまで出来るかわからないけど、やってみる。このままじゃアディアさんがつらいでしょう?」と、手を上げた。「痛みはないと思うけど。気を楽にしていてね。」
舞は、術を念じて意識を集中させた。
アディアに向けて、舞から出た光が降り注いだ。