想い
夕食は、少しぎこちなく終わった。人型になったチュマは手が掛かるので、それは舞にも今回は助かっていた。なぜなら、マーキスとシュレーが尋常でないオーラを出してお互いを見ていたし、そんな中まともに会話も出来なかったからだ。チュマに気を取られていて、それに気まずさを感じることは避けられたのだった。
舞は、恒例になった、命の気が無い所での命の気の玉の補充をしていた。
「はい、マーキス。」
命の気の玉に、ストローを挿して渡す。マーキスは、チュマの相手をしながらそれを片手で受け取った。そして、マイは次にキールにもそれを渡した。
「はい、キールの分。」
キールはそれを受け取りながら、不思議そうに舞の指を見た。
「マイ…どうして、主はこれを渡す時、小指が立っておる。」
え?!と舞は思わず手を退いた。私、小指立ててる?
「え、立ってた?ごめん、気付かなかった。」
キールは頷いた。
「いつもぞ。何というか…本当に小さいの。」と、キールは自分の手を見た。「我らはこんなに大きいのに。」
舞は、苦笑しながらキールの手に自分の手を合わせて見た。
「ね?見て、私の指って、キールの小指の太さだわ。」
キールはまじまじと見た。
「ほんとよ。それで良く骨を折らぬの。感心するわ。」
変な所に目が留まるグーラに、舞は苦笑いするしかなかった。ふと見ると、マーキスがひたすらチュマに纏わりつかれてその相手をしている。チュマは、すっかり公の場で息子のふりをすることが板に付き、マーキスに抱き付いて言った。
「ボクはパパと寝る~!パパとママと一緒がいいの!」
マーキスは、困ったように言った。
「こらこら、無理を言うでないぞ。部屋が3つしかないのに、そのようには分けられぬだろうが。大人には大人の事情というものがある。わきまえよ。」
しかしチュマは、何か気に食わぬらしくて、首を振った。
「いや!ママ~!」
チュマは、舞に抱き付いた。舞は、困ったようにマーキスを見上げた。
「どうしたのかしら。困ったわ。」
マーキスは小声で言った。
「恐らくアディアよ。あの気と一緒に寝るのが嫌なのだろう。」
舞は、小さく頷いた。確かに、気が見えない自分でも、傍に居ると何か胸騒ぎがするのだ。どうしたものかと思って、フロント前のソファに居た皆に、フロントの男性が寄って来た。
「あの、もしお困りでしたら、もう一つお部屋をご準備させましょうか。追加の料金が発生致しますが。」
マーキスとマイは顔を見合わせた。マーキスが答えた。
「助かるの。頼めるか。」
男性は頷いた。
「では、こちらへ。キャンセルになったお部屋が出ましたので。」
舞が、手続きのためにカウンターへと歩いて行く。マーキスは、舞に巾着を渡した。
「これであやつを一人にして我らで一部屋使えるの。困ったことよ…これより宿屋に泊まるとなると、ずっとこうか。」
舞は、苦笑しながら言われるままに追加料金を支払い、カードキーをもらった。戻って来た舞に、圭悟が言った。
「じゃあ、いつもの通りか。レンシャルでも舞とマーキスは一緒だったしな。」
シュレーが言った。
「そんな…結婚もしていないのに。」
圭悟は首を振った。
「心配ないさ。マーキスはこの旅の重要性を理解しているし、舞に何かあるのはいけないと思っている。チュマも一緒だ。お前はマーキスを知らないからな、シュレー。すごく紳士的なんだぞ、あれで。」
シュレーは、気遣わしげに二人を見た。マーキスは、チュマを抱き上げて高い高いしている。それを、舞が笑って見ていた。そんな二人の様子が、既に本当の子連れの夫婦のようで、シュレーは落ち着かず、僅かの間でも舞の傍を離れた自分を、心の底から後悔していた。
マーキスが、チュマを腕に振り返った。
「では、空いた部屋というのは一階の端のようだ。我らはそこへ移るの。」
圭悟が頷いた。
「ああ。明日は早く出発するつもりだから、6時にここで待ち合わせよう。」
マーキスは頷いた。
「わかった。」と、舞を見た。「さあ、参ろうぞ、マイ。」
舞は頷いて、カードキーを手にマーキスの後について歩き出した。途中、シュレーの視線を感じてそちらを見ると、シュレーは悲しげに見ていた。何をする訳でもないのに…。舞は、心の中でそう思った。だが、シュレーのことは思い切ったのだ。シュレーは自分を捨てて行ったのだから…。
舞は、何とか自分の気持ちを楽にしようと、シュレーを憎もうとしたが、出来なかった。恋人らしいことは何もなく、ただ手を繋いで一緒にいただけのシュレーだが、それでも、舞の心の片隅にはまだシュレーが居るようだった。
部屋に入って少し、チュマをお風呂に入れて着替えさせ、大きなベッドに寝かしつけていると、マーキスが横に入って来て、舞を背中から抱き寄せた。
「マーキス?お風呂の使い方はわかった?」
マーキスは頷いた。
「ああ。もう慣れたものよ。」と、舞の髪に頬を擦り寄せた。「マイ…話したいことがある。」
舞は、そっとチュマの布団を掛け直してやると、マーキスの方を見た。
「なあに?」
マーキスは舞を抱き締めたまま、しばらくじっと黙っていたが、言った。
「主は、まだシュレーを想うておるか?」
舞は、驚いてマーキスを見上げた。マーキスは、真剣な目で舞を見返している。
「シュレーのこと…私は、今はお兄さんのように思っているのだと思うの。この世界に来てから、ずっと一緒に居てくれて、私の世話をしてくれていたわ。確かに大好きだったけど…シュレーは、私よりアディアさんを選んだの。だから、忘れてしまわなきゃと思っていたわ。」
マーキスは、表情を緩めなかった。
「だが、あれは戻って来たであろう。あの女ではなく、マイを愛していたことに気付いたとか申して。主は、シュレーが去った後暗い気を発して、それは寂しげだった。オレが傍に居ることで、主が元の気に戻るのならと、オレは…。」
マーキスは、言葉を止めた。最初は、愛情などというものは知らず、ただ舞を傍に置いていると心地いいと思っただけだった。なのでその存在を失いたくない一心で、気が付くと体を張って守っていた。自分のこの体より、ずっと大切なものが世にあるなどと、思いもせずに…。立ち直るために、利用すればいいと言ったのは、自分。シュレーが戻って、舞がそちらへ戻りたいと言うのなら、手離さねばならぬのに。
マーキスの腕が、小刻みに震えているのを感じた舞は、慌ててマーキスの方へ体を向けて、マーキスを抱き締めた。
「マーキス、ごめんなさい。私がはっきりしなければならないのに。私はマーキスを利用なんてしていないわ。とても愛してる…結婚しようと言ってくれたでしょう?私、とっても嬉しかったんだから。」
マーキスは、舞を見た。
「だが…主は、シュレーのことをはっきりと突き放さなかっただろう?」
舞は、下を向いた。
「…ええ。でも、マーキスに嫌な思いをさせてしまうのなら、ちゃんと断るわ。シュレーにあんなふうに言われて、今までのこととかが浮かんで、揺らいでしまったの。でも、今私が愛しているのは、マーキスよ。そんなに、つらそうな目をしないで…。」
マーキスは、本当にすがるような瞳で舞を見ていたのだ。マーキスは、頷いた。
「信じようぞ。マイ、オレはもう、主無しでは戦うことも出来ぬ。失った時のことを思うと、心が裂かれるようだ。」
舞は、マーキスの頬を両手で包んだ。そんなにも、私のことを想ってくれるの…。
「心配させてごめんなさい。愛してるわ、マーキス。」
舞は、自分からマーキスに唇を寄せた。マーキスは言った。
「オレも愛している。本当に、こんな強い気持ちがあるのだとは…。」
マーキスは舞の唇を受けて、そのままずっと腕に抱いて離さなかった。
次の日の朝、早くにマーキスに起こされて、チュマを抱いて二人でフロント前のロビーのソファの所へ向かった。そこには、既にシュレーと圭悟、玲樹が来ていた。玲樹が言う。
「よお、もうキールとアークも来るだろうと思う。あ、アディアだ。」振り返ると、アディアが一人で歩いて来た。「じゃ、早めに朝飯食って、さっさと行こう。遊びに来たんじゃないからな。面倒なことはさっさと済ませちまいたいよ。」
圭悟が、小声で言った。
「ここらには玲樹も知ってる女が居ないから、退屈なんだよ。」
マーキスが呆れたように玲樹を見る。玲樹は、ふんと鼻を鳴らした。
「なんだよ?自分は連れて歩いてる癖に。」
マーキスはため息を付いた。
「少しは落ち着かぬか、レイキ。オレよりも年上なのだろうが。いろいろとせねばならぬことがあるのだから、女はそれが済んでからにせよ。ほんにまあ、人とは皆こんな感じか。」
圭悟が慌てて言った。
「違う違う!一緒にしないでくれよ!」
舞は、それを聞きながら苦笑していた。すると、アークとキールが意外にも外から帰って来た。舞がびっくりしていると、アークは言った。
「出発の段どりは整えて来た。キールにも手伝ってもらったんだ。さあ、飯を済ませて出発しようぞ。」
皆は頷いて、レストランへと入って行った。